第2話 中間試験②

 一方、英梨華は調子が良かった。

 1限目の生物から5限目の英語まで、奇をてらったような問題はなく、だいたいが素直に解けるような問題だった。普段苦手な国語の問題も、いつもよりもスムーズに解けたように思う。たった2週間の突貫工事にしては、よくできたほうだ。しかしそれは、きちんとした学力、というよりも、国谷文嘉のヤマが当たったからに過ぎない。

 そして今、6限目の数学のテスト時間である。

 大問6を解き終わり、解答用紙の上の消しゴムのカスをさらりと払って、英梨華は小さく鼻から息をはいた。簡単な大問1、3、4、6は解き終えた。これらはすべて教科書の章末問題をすこし改変したものであって、非常に素直な問題だった。

 ——さて、残りは、

 英梨華は問題冊子をペラペラとめくる。

 大問2と、大問5。

 どちらから取りかかるのが良いだろうか。大問2は英梨華の苦手な確率の問題。大問5は全く見たことのない形式の問題だ。おそらく、回転体の計算を求めたら出るのではないか、という目星はつくものの、下手をすると途中で行き詰まる可能性もある。

 英梨華は3秒ほど考えて、大問2に取りかかった。確率は苦手な分野だが、やるべきことの目安はつく。できるところをしっかり得点する、これが英梨華の信条だった。

 大問2を一通り解き終え、回答欄にいくつかの空欄を残しつつ、英梨華は大問5に取りかかった。

 英梨華は口元に手を当てて、その問題文を読む。

 二次関数、軌跡、図形、微積——ここで使える公式は何があるだろう。

 文章問題はそれぞれの文に該当する数式や公式がある。どのようにアプローチして良いのか分からないが、とりあえずペンを動かしてみることにした。条件を数式に書き直していく。

 ペンを一旦動かし始めると、思いの外すらすらとペンが走り出した。その途中で、解き方が見えた。ぱあっと視界が開けたような感覚。

 定点の軌跡を図形とみて、その面積を求めたら、おそらく答えは出る。

 そうと決まれば後は答えに向かって突っ走るだけだ。計算が特別速いというわけではないが、時間に余裕があるので落ち着いて計算ができる。一見ややこしそうな式だったが、答えは素直な値で出てきた。求めた答えに下線を強く引き、英梨華は小さく息をはいた。首を回すとボキボキと音がした。

 時計を見る。残りはまだ15分ほどある。

 英梨華は自分の解答を見直し始めた。ケアレスミスはないか。英梨華にとって試験で一番怖いのは、些細なミスで点を落とすことである。計算中にケアレスミスをしてしまうのは仕方がない。問題に取りかかっているときは、試験に対する緊張や、先に進まなくてはという焦燥感でどうしても注意力が下がってしまう。だから、こうして試験問題を一通り終えた今こそ、余裕を持った心でミスを正していかなくてはならない。取れていたはずの点を失うのは、絶対にゆるせない。

 ——ほら、

 大問3、二次関数の問題。計算の途中でマイナスを付け忘れている。

 英梨華は問題用紙の白紙部分を存分に使って、もう一度計算をし直した。回答欄に正しい答えを書き直す。

 その後も、英梨華は丁寧に自分の解答を見直した。それに満足できると、英梨華はさきほど飛ばした大問2の空欄部分を埋める作業にかかった。ここからは最後の悪あがきだ。たまたまでも何でも、1点でも多く点がとれたら丸儲けなのだ。


 解答用紙の全ての欄を埋め終えると、そこで見計らったかのようにチャイムが鳴った。


「はい、解答止め。ペンを置いて下さい」


 教壇の大貫の声で、クラス中に安堵と落胆の入り交じったため息がもれた。英梨華はペンを置いて、小さく伸びをした。


 やっと終わった、と英梨華は思った。


 椅子の堅い背もたれにおもいっきり体重をかける。ここ数週間ずっと張り詰めていた精神が、するりと体から抜け落ちていった。心地よいまどろみを感じながら、英梨華は前方にいる胡桃の後ろ姿を見た。


 胡桃も英梨華同様、背もたれに背中を預けた状態でじっとしていた。何かしらのアクションを取っているのなら胡桃の出来映えも想像ができるのだが、胡桃は放心しているかのように身動きをしなかった。それが自分と同じように開放感に浸っているのか、それとも試験の出来に打ちひしがれているのか、英梨華には分からなかった。


「これから解答を回収しますので、皆さんはそのまま座ったままでいて下さい」


 大貫が解答用紙を一人一人回収している間、英梨華は目をつむって休んでいた。


「ふう……」


 とにかく、今日は疲れた。


 勝負への熱はひとまず置いておいて、今日は帰ったらすぐに寝よう。テストの成績が帰ってくるのは1週間後の今日。勝負のはらはらした緊張感は、それまでお預けだ。

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