10 次なるヒットゲーム
「……『ブリーズボード』のゲームを作るぞ!」
ひと悶着あった散歩から戻った俺は、三人娘に向かってそう宣言した。
「「「ええええええっ!?」」」
と揃って頭上に「!?」を浮かべている少女たち。
「ぶ……『ブリーズボード』のゲームを作る……ですか?」
ウサギのように充血した瞳を、猫のようにクルクルさせ、ただただオウム返しするコリン。
俺の言ったことをひとつも理解できていないようだ。
「『ブリーズボード』はすでにあるじゃねーか! 意味わかんないこと言うな!」
グランは半分くらいは理解しているっぽい。
だが、実際にあるものをゲームにするというのが、感覚として飲み込めていないようだ。
「それであの女騎士を、雌奴隷にする……と」
イーナスはゲーム化の先の意図まで理解しているようだ。
コイツはなかなか察しがいい……だいぶ歪んで解釈してるがな。
「そう、『ブリーズボード』をゲーム化して、女王にプレイしてもらうんだ。それで女王が元気になってくれりゃ、あの女騎士も雌奴隷に……じゃなかった、あの女騎士も少しは自分の行いを反省するだろ」
「メスドレーってナニ?」とコリンとグランは顔を見合わせている。
俺はふたりの疑問を黙殺し、工房の隅にあるキャスターのついた黒板を引っ張り出してきた。
そこにカツカツとチョークを走らせる。
描いたのは、ゲーム画面のイメージ図だ。
上方見下ろしの視点で、上下の端には壁、左右の端に細長いボードがある。
「プレイヤーはこのボードを上下に操作して、画面上にあるボールを打ち合うんだ。相手に打ち返されることなく、相手側のボードの奥に打ち込めれば、得点となる」
俺は説明しながら、黒板にボールを示す白い点をひとつ書き加えた。
「……プレイヤーはどっちのボードを動かすんだ? 右か? 左か?」
左右にあるボードを交互に指さして、尋ねてくるグラン。
「1プレイヤーは左側、2プレイヤーは右側のボードだな」
これ以外に答えのようない問いだったが、グランの疑問は深くなったようだ。
「わんぷれいやー? つーぷれいやー? ってなんだ?」
それで俺は気づく。
そうか……! この世界にはひとり用の『ゴブリンストーン』しかないから、ひとつのゲームをふたりでプレイするという概念が、まだないのか……!
俺は、このゲームはふたりでプレイするものだということを付け加えた。
「「「ええええええーーーーーっ!?!?」」」
さきほどの倍くらいの驚きを見せる三人娘。
まるで地動説を初めて聞かされた、教会のヤツらのような反応だ。
「ふ……ふたりでって……人間どうしってことか!?!? どうやってふたりでプレイするんだよっ!?!?」
ひたすら取り乱しているグラン。
理解の及ばなさが、声のデカさに変換されてるみたいにやかましい。
「す……すごい……すごいですっ……! こんなの初めてです……レイジさん……!」
潤みきった瞳と上気した頬で、ハァハァと息を荒くしているコリン。
今にも鼻血を吹き出し、卒倒するんじゃないかと思うほどに興奮している。
「……!」
イーナスはひとり、押し黙っていた。
だがいつもの寝ぼけ眼がカッと見開いていたので、相当驚いているのだけは伝わってきた。
俺は、グランから問われたプレイ方法について言及する。
「これはふたりで遊ぶゲームだから、筐体にもふたつのコントローラーが必要になるってわけだ。……あ、それとコントローラーについてなんだが、このゲームのコントローラーは普通のやつじゃなくて、特別なヤツを作るつもりだ」
……すると、三人娘の……ごくりっ、と唾を飲み込む音が聞えてきた。
「そ……その……特別なコントローラーというのは、どういうものなのでしょうか……?」
三人を代表して、おそるおそるといった感じで尋ねてくるコリン。
「……それはな……」
「「「えっ……えええええええええええええええーーーーーっ!?!?!?」」」
もう失禁しててもおかしくなさそうなほどの絶叫が、工房を揺らす。
窓の外で、遠巻きにこちらを見ている庭師たちの姿が見えた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
……というわけで、俺たちは本物の『ブリーズボード』をやってみるために街へと繰り出した。
城内でもできなくはないんだが、あの女騎士がまた邪魔しに来ると思ってやめたんだ。
しかし、城下町でも簡単にはいかなかった。
『ブリーズボード』の野外貸しコートは、すべて営業を停止していたんだ。
どうやらあの女騎士の仕業らしい。
しょうがないので俺たちはイーナスが仕入れてきた情報を元に、隠れキリシタンのように営業している地下の貸しコートへと向かった。
俺は早々とジャージに着替え、コートで待っていると……テニスウェアみたいなミニスカートをふりふりしながら、三人娘がやって来た。
三人とも、なんだかアヒルの子みたいに歩き方がぎこちない。
「こんなに短いスカートを穿くなんて、生まれて初めてのことなので……あのっ、変じゃありませんか?」
もじもじと太ももをこすりあわせながら、上目遣いで俺を見るコリン。
『ブリーズボード』ってテニスみたいにハイソっぽいスポーツだから、お嬢様のコリンはやったことがあるのかと思っていたが……どうやら初めてのようだ。
「アタイなんて、スカートを穿くも初めてなんだ。こんなにスースーするなんて、落ち着かないぜ……」
スカートの裾をぐいぐい引っ張っているグラン。
おいおい……そんな扱いしたら、脱げちまうぞ。
「ぴらっ」
わずかなスキを見計らって、コリンとグランのスカートをめくりあげるイーナス。
コリンのフリルいっぱいの純白スコートと、グランの飾り気のないシンプルなスコートが露わになる。
「「きゃーーーっ!?」」
ふたりは悲鳴とともにスカートを抑え、その場でペタンと女の子座りしちまった。
グランの怒声を背に、俺の所にトコトコとやってきたイーナスは、
「……見せパンのスコートも、リアクションが伴えばマジパンを超える」
と名言っぽいことを述べる。
俺は、コイツなかなかわかってるな……と思った。
……まぁ、なんにしても、俺たちは『ブリーズボード』をやりにきたんだ。
恥ずかしがってちゃ先に進まないので、コリンとグランにはジャージを勧める。
「ふざけんな! ここでジャージなんて穿いたら負けたようなもんじゃねぇーか!」
でもグランはよくわからない意地を張って、ジャージを着ようとはしなかった。
「グランちゃんもイーナスちゃんもジャージを着ないのでしたら、わたしもご一緒します……!」
コリンもよくわからない連帯を主張して、ジャージを断ってくる。
「まぁ、着たくないなら別にいいけどよ……ちゃんと『ブリーズボード』はやるんだぞ?」
俺がふたりに言うと、「はいっ!」と素直に返事をしたのはコリンだけだった。
「なあ……『ブリーズボード』のゲームを作るのはわかったけど、なんで本物をやらなくちゃいけないんだ? ルールは本を読めば書いてあるんだから、やらなくても作れるだろ」
斜に構えた子供みたいに、納得できない様子のグラン。
俺はその頭に手を置いて、赤毛をくしゃくしゃと撫でた。
「……ルールブックに、『ブリーズボード』の楽しさは書いてないよな?」
「そ、そりゃ、そんなこと書いてあるわけないだろ」
「だから実際にやってみるのさ。例えば……そうだな、グランはスキーをやったことはあるか?」
するとグランは、わんぱく坊主のように顔をパッと明るくした。
「大好きだぜ! やる前は雪の上を滑るだけなんて、何が楽しいんだと思ってたんだけど……あっ!」
何かを思い出したような声をあげるグラン。
それ以上、文句を言わなくなった。
「俺の言いたいことがわかってくれたようだな……じゃ、そろそろやってみるか!」
俺がコートに向かって駆け出すと、三人娘は黙って後に続いた。
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