第4話 春、過ぎる。
カマキリに発見されてから、南側チームに見守られてきたせっかちさんは、みんなから「よっぽどのせっかちだなあ」と言われるほど、せかせかと成長を続けています。
今はもう、支柱が無いといられないぐらいの高さになりました。
お隣に居た黄色の球根゛ふつうさん゛は、まだ青白い新芽の名残が残っていて、一番右端の白い球根゛のんびりさん゛はまだ新芽を出したばかりです。
それぞれ、大きさも性格も考え方も違うフリージアの花達でしたが、明るい陽射しの中、あれこれ楽しくお話をするのでした。
「ねーねー、僕こんなに大きくなったよ、ユキちゃんはまだかなー、まだかなー!ふつうさん、のんびりさん、ユキちゃんのこと何か知らない?あ、今日の風は気持ちいいねえ、池の良い香りがする」
「せっかちさんは早口で話すのが、本当に上手だねえ。この間飛んできたモンシロチョウさんが言ってたけど、ユキちゃんは今、お出掛けしてるみたいだよ。でももうすぐ帰ってくるって」
「お出掛けってどこに?僕も行ってみたいなー!ユキちゃんに頼んだら連れていってくれるかなあ」
にこにこしながら話を聞いていたのんびりさんが、白くて小さな口をゆっくり開きました。
「お出掛けって、なんだかワクワクする響き。本当に今日の風は気持ちが良くて、眠ってしまいそう」
「ワクワクする、本当にそうだねー! ♪まだかなまだかなー、ユキちゃんまだかなあー♪」
プランター角で、少し調子の外れたせっかちさんの歌を苦笑いしながらも楽しげに聞いていたカマキリの視線が、せっかちさんの真上でピタリと止まりました。
そしてそれを目で追っていたオオクワガタの視線も、同じ位置で止まりました。
その時、せっかちさんの歌がやんだ。
「危ないっ!」
誰かの叫び声にカマキリとオオクワガタが羽を広げ同時に飛びだしてゆく。
その先には、せっかちさん目掛け真っ直ぐに落ちてくる太く重い木の枝。
その枝にカマキリとオオクワガタが体当たりし方向を変えた。
飛び散った木の皮に、艶のある黒い羽と網目の羽が混じる。
向きを変えた枝がプランターの角を掠り地面へ落ちると、朽ちた組織が砕け高い砂埃を上げ、一瞬、庭の南側から色と音が消えた。
「監督ー!カマのおやっさん!」
もうもうと立つ土煙で視界が遮られる中、南側チームの誰もが、プランター目指し駆け出してきます。
「へへ、ひでえ様だなあ」
横たわったまま、緑色の三角頭を揺らしながら、カマキリが声を絞り出しました。自慢の鎌は外れ落ち、衝撃で折れた手足が力なくぶら下がっています。
「それは俺も同じだろ」
せっかちさんの支柱に寄りかかり、黒い頬をしかめたその体もまた、外羽はもぎれ足は三本となり腹部から体液がもれだしています。
足の速い者が遅い者を担ぎ、南側チームのみんながあっと言う間に二匹を囲みました。
「ああっ! 大丈夫ですか監督っ! おやっさん!」
オオクワガタとカマキリは、お互いに合わせた眼を細めました。
「相変わらず、すげーチームワークだな」
「ああそうだな、俺たちの自慢だ」
あまりの事に、声を出せないでいたせっかちさんが口を開きかけた時、先にオオクワガタが声を出しました。
いつもの様に力強く張りのある声です。
「せっかち。いつか、役割について話したことを覚えてるか?」
せっかちさんがコクンとうなずきます。
「ならば、その口が裂けても、俺たちに謝るんじゃないぞ、俺たちの役割を全うさせてくれ。いいな。お前は、お前の役割について考えろ。まだ答えは出ちゃいないんだろう。考えろ。ちゃんと考えるんだせっかち」
せっかちさんの足元に、大粒の涙がひとつふたつ、こぼれ落ちました。
オオクワガタは、優しげな瞳をせっかちさんに向けると、その体に残った足でとても、とても愛おしそうに、支柱に結ばれ立派に成長した体をなでました。
そして、みんなの方に向き直り、細くなりつつある息を調えてから口を開きます。
「みんな、今年もまたよくやってくれた。これまで見守ってきた命をひとつも落とす事なく来られたのも、みんなのお陰だ。心より感謝する。それから、ひとつ伝達事項だ。ハサミ虫、前へ出ろ」
「はい!」
姿勢良く立ったハサミ虫の目が光っています。
「只今より、南側の監督をハサミ虫とする」
「はい、ありがとう御座います!」
その言葉は最後涙声となり、みんなが流す涙と混じり合いました。
「ミツバチ、トノサマのボスに俺たちの最後を伝えてくれ。それから、一足先にお待ちしていますとな。おいカマキリ、そろそろ行くか」
「ああそうだな。あんまり長居してると、自慢のチームの作業の妨げとなっちまうからな。みんな、ありがとうよ。それからせっかち、そんな顔して泣くんじゃねえよ。お前の足元、おもらししたみてえだぞ」
カマキリは体液の固まりつつある横顔にふっと笑みを浮かべます。
「……監督、行きやすか」
「ああ」
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