第79話 宇宙からの襲来11

 できるだけ音を立てないようにして階段を降りて下の階へ。動く死体にはまだわたしの姿は見られていないはずだ。


 だが――


 あの瞬間に見つからなかった――ただそれだけである。脅威がなくなったわけじゃない。まだ動く死体はわたしを狙っている。なんとかしてあの動く死体を撃退しなければ病室にだって戻れない。


 ――あと何体いるかな?


 わたしはヒカリに質問した。


『いくら気づかないようになんらかの細工をしてあるといっても、それほど大々的には動かさないだろう。


『僕が一体、昨日の件で一体――それで今日はいまのところ二体――四体も保管してあった死体が消えたり動いていたりしたんだ。ぼくらのことが見えなくても、そんなことが起きれば不審がるからね。いたとしてもさっきいたのを除いて二体ってとこじゃないかな』


 ではあと三体――それはまだ決まったわけではないけれど――それでも絶望的な戦力差である。こちらは一人で、ヒカリに手助けしてもらっても、一般人に毛が生えた程度の能力しか使えないのだから。


 仮にあと二体であったとしても大差はない。今日、襲ってきたやつなら、挟み撃ちくらいできる知能はあるだろう。挟み撃ちされれば間違いなく詰みだ。


 下の階のにつき、曲がり角からそっと廊下を覗いてみる。

 動く死体はいないようだ。別の場所を探しているのか――それとも。


『行こう。ぐずぐずしてると後ろから来てるやつにやられる』


 ヒカリにそう言われて、わたしは廊下に飛び出した。夜の病院は静寂に包まれ、異様なくらいおどろおどろしい。まるで異界だ。昼間何度も訪れているはずなのに――同じ場所とは思えない。


 できるだけ音を立てないように廊下を小走りで進んでいく。

 時おり背後を確認し、上の階にいた動く死体が来ていないかを確認する。

 大丈夫――背後にはまだやつの姿はない。


 隠れられる場所はないだろうか――まわりを見渡しながら廊下を進んでいく。ふとそこでトイレが目に入った。


 ――ここ、隠れられるかな?


『駄目だ。昨日みたいなのだったらやり過ごせただろうが、今日のやつには通用しない。やり過ごすどころか、追い詰められることになる。やめておこう』


 ヒカリにそう言われて、わたしは納得した。


 確かに、今日の動く死体にはトイレに隠れるなんて小細工が通用するとは思えない。不意打ちをかけるにしても、トイレの個室や用具入れには警戒して入ってくるはずだ。警戒されていたら不意打ちにはならない。


 トイレをスルーして廊下を進んでいく。もう一度背後を確認してみる。まだ動く死体はやってきていない。この階をスルーしたのか、それとも階段を昇っていったのか――どちらなのかまったくわからない。


 そして、その不確かさがさらにわたしの心臓を加速させた。このままだと、過呼吸にでもなってしまいそうだ。果たして――大丈夫なのか?

 小走りで進んでいくと、また階段に辿り着いていた。


 ――来てないけど、どこにいったと思う?


『さすがにわからないな。だけど、見つけているのならこの階に来ていただろうし――判断が難しい。


『だけど――もう一体以上いるのなら、上の階にいるのは確実だ。さっき、ぼくらがやっつけたやつは下から来ていた。複数で襲って、ある程度連携が取れるのなら、上と下から挟み撃ちをかけるのが定石だからね。


『上にいるやつがどこにいるかわからないけれど――上から下に来ていると思うから、上に逃げたほうがいいと思う』


 ――わかった。


 わたしはもう一度背後を目視し、動く死体が見えないのを確認してから、できるだけ音を立てないようにして階段を上がっていく。


 上にいるやつは下に向かっている可能性が高いから、目指すは最上階。音を立てないように、なおかつできるだけ素早く階段を進んでいく。最上階まで上がり切ったとき、極度の緊張のせいか、完全に息が切れてしまった。


『無理するな。少し息を整えたほうがいい』


 ヒカリにそう言われて、わたしは膝に手を当てて呼吸を整えていく。


 だが――時間はあまりない。下まで行って見つからなかったら、また上に来るだろう。そして同じように挟み撃ちにしてくる。


 朝まで逃げる――それが昨日以上に難しいのは明らかである。なにしろ今回は複数で、しかも簡単な連携ができる程度には知能を持ち合わせているのだから。

 なにか――手段はないのか、と息を整えつつもわたしは考えた。


 ――ねえ。


『どうした?』


 ――遠距離からなにかできないかな?


『多少はできると思うが――いまできる遠距離攻撃じゃ動く死体は倒せないぞ。死体を動かしているのは、中に入れられている幽霊だ。遠距離の攻撃じゃ、そいつを引き抜けない。引き抜かずに倒すのなら、四肢を引き裂いて物理的に動けなくするかだが――そんな強い力を使ったら、きみのほうが耐えられない。


『それに、相手は死体だ。下手になにか飛ばしたところで怯まないだろう。目を狙えば怯むかもしれないが――目を狙えるくらい近づいているのなら、どう考えても分があるのはあっちだ。そこまで近づいたのなら、破れかぶれでもっと近づいて、中の幽霊を引き抜こうとしたほうがいい』


 ――それじゃあ、それで敵の気を引くのは?


『うーん。昨日みたいに知能がまるでないやつだったのなら、遠距離でなにかして気を引いて不意打ちはできたと思う。今日のはどうだろう――向こうがどれくらい知能があるのかよくわからないから判断は難しい。


『確実にできないってわかるより、できるかできないか不明ってのは結構やっかいだな』


 だいぶ息は整ったので、わたしは動き出した。この階にはまだ動く死体は来ていない。


 ――不意打ちするなら、どうしたらいいかな?


『なにかで気を逸らしたり、怯ませたりして、その隙に近づいて中身を引き抜くって感じかな?』


 ――さっきみたいに階段で突き落とすのは駄目かな?


『ああ。もしかしたら、一度受けた攻撃手段を共有しているかもしれない。そうだったら、やられるのはこっちだ。どうせやるなら別の手段を考えたほうがいい』


 ――じゃあ、あれ使えないかな?


 わたしは廊下にあったものに視線を向ける。


『うまくやればいけるかもしれない。うん。やってみよう。なにかよさそうな手段があれば遠慮なく言ってくれ。ぼくも考える』


 わたしたちは――夜の病院で次なる一手を探り始めた。

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