第77話 宇宙からの襲来9
――その文明の輝きは圧巻というしかない。
東京、ニューヨーク、ロンドン、パリ、北京――名だたる世界の大都市すらそこと比べると『小さな街』と思えてしまうほど巨大だ。
街の明かりで常に暗闇はなく、まさに不夜城というに相応しい。地球には、これほどの場所はどこにもないだろう。それくらいこの場所は圧倒的だ。
その巨大な不夜の街には様々な存在が歩いている。人間と似ている種、人間と似ているけれど明らかに違うとわかる種、人間とは似ても似つかない種、そしてレトロなロボット。ユニークなアバターがたくさんあるリアルなネットゲームのロビーみたいだ。
たぶん、この街にいる存在は自分の見た目などまったく気にしていない。わたしにはそう思えた。これだけ多種多様なら、自分がどんな姿をしていても気にならなくなるのだろう。
わたしたち人間は、ちょっとした違いであれこれ争いを続けているのに――なんてことを考えた。
この場所がどこにあるのかわからない。けれど――いつかわたしも行ってみたいと思う。これだけ巨大で多種多様なら、なにもかも失ったわたしもなにか見つけられると思ったから。
ここにいけば――あの日、失ってしまったすべてに代わるものが見つかるだろうか? 見つけられたら――いいと思うけれど。
この街で見つかるかもしれない――わたしの中身を埋めてくれるものは一体なんだろうか?
感情とか、感覚とか、実感とか、そういうあやふやなものも見つかるのだろうか?
それは――行ってみないことにはわからない。
わたしはこの地球――いや、日本の限られた県のことしか知らないから。
そういうものでも埋めてもらえるのなら――行ってみたいな。
でも――どうやって行けばいいんだろう?
宇宙船なんて持ってないし――というか、人間はまだ恒星間、銀河間の距離を移動できる技術はない。それどころか、火星にだって降り立っていないのだ。
わたしが生きている間に、SF映画みたいな宇宙進出ができるかも不明である。
宇宙にいくのはそれほど難しくないけれど――宇宙で健康のままいるのは難しいという話を聞いたことがある。無重力下での各身体機能の低下と宇宙線がネックのようだ。そのあたりがなんとかできたら――いける、かもしれない。
だけど――
できたとしてもそれは遠い未来だ。その頃にはわたしはきっとおばあちゃんになっているし、とんでもないお金もかかりそうだ。
やっぱり――難しいかな。
そう思うと、少し残念だった。
それでもいつか――この街にわたしも行ってみたい。
そこにいけば、きっと――
目が覚めると、もう見慣れてしまった病室の真っ白な天井が目に入った。
身体の色々なところが痛い。そういえば昨日の夜、動く死体に襲われて――
『よかった。生きてるのはわかってたけど、なかなか目を覚まさないから心配したよ』
ヒカリの声が頭に響いた。やっぱりその声は、わたしよりも年下の――まだ声変わりをしていない少年のような声だ。
――あいつは、やっつけたの?
『うん。中に入れられていた幽霊を集めたものを引き抜いたから大丈夫――だけど、これで終わりとは思えない。
『昨日の一件で、能力を使ってしまったから、ダークにぼくがきみの身体の中にいることはバレてしまったと思う。次はもっと手の込んだことをしてくるはずだ。どうしようか……』
ヒカリは悩ましげな唸り声を響かせる。
次――確かにその通りだ。ダークとしてはなによりもヒカリを始末してここから逃げ出したいだろう。外を覆っている光の網が消えるまで粘るつもりなら、あんな襲撃はしてこないはずだ。ダークとしてもこちらがなにをしてくるのかわからない状況である。そこに付け入る隙があるかもしれない。状況は圧倒的にこちらが不利だけど。
「おや、起きたかい? 調子はどう?」
そう言って入ってきたのは小学生にしか見えない担当の鈴鹿医師である。今日は診察のある日だったことを思い出した。
検温をし、身体の状態を訊かれてそれに答えていく。ひと通りそれが終わったところで――
「そういえば昨日の夜に起こったこと知ってる? この前、亡くなって、引き取りが地下の安置室にいたはずの鷲田さんがこの階の廊下で見つかったんだけど」
わたしは首を横に振る。
「ま、そりゃそうか。それに最近物騒だよねえ。前にも死体がなくなったし。変なことが起こってなきゃいいんだけど」
もうすでに変なこと起こってますよ、なんて言えるはずもない。しかも目の前にいるわたしがそれに近いところにいます、というのも。
鈴鹿医師はわたしに視線を向けてくる。
もしかして、この件にわたしがかかわっていることがばれてしまったのかと思ってどきどきしてしまう。
「まあ、無理に言わせるつもりはないけれど――なにかあるのならちゃんと相談してね。これでも私は医者だからさ。信頼してくれると嬉しい」
それじゃ次の診察にいくからまたね、と明るく言って鈴鹿医師は病室を出て行った。病室にはわたし一人になる。
――昨日のあれ、バレてるのかな?
『どうだろうな。ただカマをかけていただけかもしれないし――判断は難しいよ。でも、あの人は信頼できる気がする』
――わかるの?
『いや、ただの勘』
勘と言われても、言ったのがヒカリだと何故か信頼できると思えた。
――そういえば、ダークって見えるの?
『いや、ぼくと同じで普通は見えない。だけど、きみなら見えると思う』
――誰に寄生してるのかとかもわかるのかな?
『寄生していると、その寄生先に隠れてしまってきみでも見えないと思う。
『しかも、ダークは寄生しているときは物質的な存在になるから、昨日みたいに無理矢理引き抜くのも難しい。
『できることは確かだけど――ダーク本体は生きてる人間に寄生しているはずだ。死体相手にやったことと同じことをやったら、引き抜いたときのショックで寄生されている人が死んでしまう可能性が高い。それはやりたくないし、なによりルール違反だ』
――そうなの?
『うん。ある一定レベルの文明の星で活動するとき、できるだけその文明にいる知的生命体に影響を与えてはいけないと決まっている。実を言えば、きみとこうやってかかわるのもNGなんだ』
――決まりを破るとどうなるの?
『今回は色々予想外の事態が起こっているから――始末書を書く程度で済むと思うよ。安心してくれ』
始末書――それはわたしにわかりやすく表現したのか、わたしたちの世界にあるものと同じなのかはわからないけど――地球よりも遥かに発展した文明の存在が『始末書』を書かされるのかと思うとなんともおかしなものがある。
『……どうかした?』
――ヒカリも、始末書とか書いたりするんだって思って。
『変かな? 地球にもあるだろ、そういうの?』
――うん。だけど、ヒカリの文明みたいに発展してても、そういうのがあるだって思うとちょっとおかしいなって。
『仕方ないよ、発展しようがなんだろうが、ルール無用の無法地帯じゃないし、仕方ないさ』
――ヒカリって真面目だね。
『そうかな?』
――うん。
そんな風にヒカリとたわいもない会話をしているうちに、昼食の時間となった。
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