#6

第69話 宇宙からの襲来1

 ――その日、わたしはすべてを失った。


 前触れもなく現れた黒い人影によって、いつも通りのはずだった日常はそのすべてを徹底的に破壊された――そこにいたわたしと両親のなにもかもを否定するかのように。


 ざくり。


 黒い人影はわたしの身体を『なにか』で突き刺した。安っぽい音が聞こえる。なにで刺されたのかまったくわからなかったけど――刺されたところが燃えているのか、異常なほど熱い。あまりにも苦しくて声も上げられなかった。


 最初に刺された時点で、すでに動けなくなっていたのに、黒い人影はわたしに向かって先の尖った『なにか』を容赦なく突き立ててくる。何度も突き刺されているうちに、痛みも苦しみもよくわからなくなった。


 ざくり、ざくり。


 父や母がどうなったのか覚えていない。気がつくと二人ともまったく姿が見えなくなっていた。残っていたのは赤黒いどろどろとした液体だけ。あれは、父と母の変わり果てた姿なのだろう。なにがどうなってあんな姿になってしまったのかわからないけれど――わたしと同じようなことをされてああなってしまったのは確かだ。


 ざくり、ざくり、ざくり。


 黒い人影はわたしに向かって『なにか』を突き立てる。

 どうして――わたしがこんな目に遭わなければいけないのだろうか?

 悪いことをした覚えなんて――ない、のに。


 黒い人影は未だにわたしの身体を『なにか』で突き立ててくる。自分の身体がどうなっているのかまったくわからない。そのときのわたしの目にはなにも映っていなかったからだ。


 ざくり、ざくり、ざくり、ざくり。


 黒い人影は止まらない。何度も何度も執拗にわたしの身体を刺し続ける。どこか壊れた人形みたいだ。


 突き刺されて身体の中を焼かれる感覚だけは確かだった。痛みも苦しみもよくわからなくなっていたのに――何故かそれだけは、はっきりと思い出せる。


 刺されるたびに、わたしの中にあった大切なものが壊されていく――ような感覚があった。


 ざくり、ざくり、ざくり、ざくり、ざくり。


 突然、家に現れたあの黒い人影がなんだったのかまったくわからない。わからないけれど、あれはわたしが知っているものとかけ離れた存在であることだけは理解できた。あの黒い人影は――人間には永遠に理解できないものなのだろう。


 ざくり、ざくり、ざくり、ざくり、ざくり、ざくり。


 また一つ――わたしの中にあった大切なものが破壊された気がする。刺されたときに感じる、あの異様な熱さは――わたしの身体の中にあった大切なものを失うときの感覚なのかもしれない。


 あの黒い人影は――わたしの中にある大切なものをすべて壊したい――そのように感じられた。


 だから、こんなふうにまったく反応しなくなっても、あの黒い人影はわたしのことを刺し続けているのだと思う。それが、どういう理由なのかまったくわからないけれど。


 ざくり、ざくり、ざくり、ざくり、ざくり、ざくり、ざくり。


 中身を焼かれる感覚とともにまた一つ、わたしの中にある大切な『なにか』が失われた気がした。


 そういえば――

 どうしてわたしの身体は溶けていないのだろう?


 黒い人影に刺されると、とてつもない熱さを感じるのに――何故かわたしの身体はまだ原型を留めているらしい。無事かどうかわからないけれど――わたしの身体はその形だけはなんとか保っている。


 本当に――わけがわからない。


 父も母も、あの黒い人影に刺された途端、どろどろに溶けてしまったのに。それがあまりにも非現実的で――本当に起こったことなのかよくわからない。全部、夢だったらいいのに。


 ざくり、ざくり、ざくり、ざくり、ざくり、ざくり、ざくり、ざくり。


 身体のどこかに異物を刺し込まれる感覚が広がった。身体のどこを刺されたのかもわからない。苦しさが限界を超えてしまうと――感覚そのものが曖昧になってしまうことを知った。そんなこと――知らなければよかったのに。

 なにか――声が響いている。響くそれは――どこかで聞いたことがある声だった。


 ああ、そうか――と、その声が誰かわたしはすぐに思い至った。

 父と母だ。


 いまこの場所は、父と母が最期の瞬間に出した声が響き続けている。その声はあまりにも間が抜けていた。たぶん、わたしと同じように父も母も、なにが起こったのかまったく理解できなかったのだろう。父も母も、なにも悪いことをしていないはずなのに――本当に可哀想だ。


 でも――

 父も母も――こうして無様に生きているわたしよりは幸せだ。


 あんな風に溶けてしまえば――いまのわたしみたいに苦しむことはない。

 生きたまま延々と殺され続ける感覚を味わうことなく死ねたのは、少なくともわたしよりは幸せのはずだ。


 ざくり、ざくり、ざくり、ざくり、ざくり、ざくり、ざくり、ざくり、ざくり。


 わたしはまた一つ、大切な『なにか』を失った。失われたのがなんなのかはまったくわからない。わたしの中に、これほど大切な『なにか』があるのは意外だった。いままでずっと生きていたのだから――それなりの数があるのは当たり前ではあるが。


 それにしても――


 こうやって、大切な『なにか』を壊されていったら、わたしはどうなってしまうのだろう?


 死んでしまうのか――

 それとも――

 なにもかも失ったまま、生きていくことになるのか?


 よく、わからないけど――

 もし――すべてを失って、生きていくのだとしたら――それはとてつもない苦行だと思う。


 でも――

 こんなに苦しい思いをしても死ねなかったのだから――すべてを失っても生きているのではないかも。


 本当に――どうしてわたしはこんな目に遭っているのだろう?


 これが――なんの理由なく行われたのだとしたら――これ以上に理不尽なことはない。


 ――死ねばよかったのに。

 父と母と同じように、溶けてしまえばよかったのに。


 それなら――人らしく死ねなくても――これ以上苦しむことはなかった――はずだ。


 気がつくと――黒い人影も、自分の身体に異物が刺し込まれ、内部が焼かれる感覚もなくなっていた。


 たぶん――わたしの中にあったものを全部壊したからなのだろう。

 全部、壊されたのかどうかはわからないけれど。


 残ったのは、黒い人影に溶かされた赤黒い液体――父と母だったモノ。

 わたしは、得体のしれないそれに浸されたまま――永遠に続くような苦しみを味わい続けていた。

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