第18話 主従の別れ

京の都にあるとある呉服問屋の奥座敷で一人の男が傷を癒していた。


男は島清興である。


清興は関ヶ原で奮闘し、今でも島清興と戦った兵はしゃがれた大声で


「かかれぇ!かかれぇ!」


との声を夢に見る程であった。


鉄砲に撃たれ死亡したと云われていたが、死体は見つからなかった。


死の淵を彷徨っている所を甲斐の六郎が落人狩りから清興を守りながら京の都へ運んだのである。


清興は石田家ゆかりの呉服問屋に運ばれた。


主人は以前三成に恩を受け、二つ返事で清興を匿った。


清興は3週間ほど生死の淵を彷徨った。


表立って医者に診せられない清興を石田家にゆかりのある医者に足を運んでもらい治療を受けた。


峠は越え、後は目覚めるのを待つばかりであったが、清興は中々目覚める気配がなかった。


三か月目に差し掛かろうとした時である、清興はふっと目覚め、中庭に出たと思うと六郎に質問した。


「俺はどのくらい眠っていたのかね?」


六郎が答える。


「約三月」


清興は自分が昏倒している間の出来事を六郎に質問する。


「殿はまだ捕縛されておらぬのか、なかなかにしぶとい御方だ」


笑いながら清興が六郎に答える。


それから、寝たきりで体力の衰えた清興は自らを鍛え始めた。


六郎は


「殿、体に障ります」


と言っても


「三成の大将が捕縛されない理由はただ一つ、再起を図っているんだよ。そこに俺が居なかったらどうするね?」


と答え体を鍛えるのを一向にやめる気配がなかった。


清興が目覚めて一月ほどの事である。


関ヶ原よりやく4ヶ月、秋真っ盛りの10月である。


三成捕縛の報が届いた。


三成の刑罰は市中引き回しの上、六条河原での斬首であった。


清興は六郎に


「殿の最期の言葉を聞きに行く」


と六郎の制止も聞かず、京の見物人に混ざり三成と対面した。


清興は歴戦の武将である。


三成一人助け、逃亡するくらい容易な事であったが、三成がそれを昨今で言う手話で制止した。


三成と清興はいくつかの手話で会話をし、最後には三成に礼をして呉服問屋へと帰った。


六郎は清興に六条河原へ行かなくても良いのかと伺ったが、清興は別れは済ませたから良いと六郎に答えた。


六郎が


「先ほどの手の動作は何にございましょう?」


と清興に尋ねると


「あれは俺と殿が日頃より修練を重ねていた手の動作で会話をする術だ」


そう、今で云う手話をしていたのだ。


しかし、この時代に手話など確立されておらず、三成と清興の手話は二人にしか通じないものであった。


六郎が


「なんと会話したのですか?」


と清興に尋ねると


「俺が太刀を抜き暴れようとしたのを殿はまず制止された。」


六郎はあの場で清興が太刀を抜きひと暴れしようとしていたことに驚いた。


「その後、今の内府公は影武者であり、その影武者は秀頼公に好意を持たれている」


と仰っていた。


六郎はあの手の動きだけでこれだけの情報を伝達する術を修練していた清興に


「殿はこういった状態を想定し、手話を修練されたのですか?」


と質問すると


「他にも口の訊けん場合はあるだろう。」


それはそうである、病や怪我などで口が訊けない場合も想定して手話の練習をしていたのである。


「なんという主従関係か」


六郎は素直に感嘆した。


「これからどうされます?」


六郎は清興に尋ねる。


「取り敢えずは今の内府公を影より守りながら・・・」


と云うと急に倒れこみ1週間程高熱で寝込んだ。


その一週間の間、六郎は三成の言葉を裏付けようと大津の城に忍び込み内府を見極める事にした。


内府はこの時お梶の方と睦み合っていた。


「60を超えているだろうにお盛んな事だ」


六郎は心の中で毒づいたが、ふと太閤の事を思い出した。


年老いて精力が強いのは英雄の証ではないのか?あの時使い番が殺害したのは影武者で、今ここに居るのが内府公なのではないのか?


しかし、お梶との会話を聞いているとその問いに答えが出た。


「秀頼公も、不憫だな。」


お梶が


「あの御母堂様では・・・。」


次郎三郎が言う


「わしの寿命は恐らく豊臣家を滅ぼすまでであろうな。」


お梶の顔が心なしか青くなった。


六郎も暗殺の準備をした。


「しかしわしは秀頼公の御命を少しでも永らえなければならない。」


お梶が


「どうやって?」


と次郎三郎に問うと


「黄金を溜め、わしだけの腹心を作る。弥八郎はやはり徳川家の人間である故徳川の為ならわしを簡単に殺すであろう。中納言様は言わずもがなだ。」


お梶が次郎三郎の言葉に驚いていた頃には六郎の姿は無かった。


清興は1週間程で目覚めた。


その肉体は明らかに若返っている様に見えた。


「殿が、残りの命をくださったのだよ」


なんといって笑っていた。


六郎は大津での話を清興に正直に話した。


「だから三成の殿が言ったであろう?しかし、誰が影を操っているのだ?秀忠では役不足であろう、本多忠勝、榊原、井伊は武略に長けてはいるが、こういった謀には向かぬ」


六郎が


「恐らくは本多弥八郎正信殿かと」


清興もその回答にしっくりきた。


「しかし弥八郎程の男が昨日今日見つけた影武者を推薦するだろうか?」


清興はその辺の疑問を持ったが、まずは自分の立ち位置を確認した。


恐らく次郎三郎は窮地に立っているだろう。


関ヶ原で本多平八郎は味方に付いていても、肝心の弥八郎正信は徳川家の存続なら何でもする。


井伊家の婿には忠吉殿が居るはずだ。


中納言殿の後継ぎに不満があるやもしれん。


その時、榊原は何処に付くのか?


「六郎!これから面白くなるぞ!俺は内府殿に御味方する事に決めた!」


六郎もわかっているが一度決めたら、とことん働くのが清興である。


「清興という名もバツが悪い。今後は左近と呼ぶように」


この時ただの島清興は島左近清興になるのだ。


「手始めに、六郎は内府殿を影からお守りするのだ。さぁ!楽しくなってきたぞ!!」


六郎も左近も今後、生涯をかけた戦いがこれから始まるとは思いもしなかった。

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