phase02. かわいいペットにご用心

02−01 春は思い出を連れて


午後2時30分きっかり。

暖かい風が、街中を吹き抜けていく。小寺悠真おでらゆうまは、河川敷に寝そべりながらそれを感じていた。彼は大の字になりながら目を閉じ、春を全身で感じていた。

「……」

あまりにも心地よかったのか、彼は程なくして寝息を

立て始めてしまった。


***


「の……あの……すみません……起きてますか……」

ぼやけた悠真の頭の中にそんな声がこだましたのは、近くの公園の時計が3時の鐘を打った時だった。

「ん……? 」

彼はゆっくりと目を開けて、声の主を見るなり絶叫した。

「うわああああっ⁉︎ 」

悠真は思わず起き上がった。なぜなら知らない同い歳ぐらいの女性が自分の顔を覗き込んでいたからだ。

「小寺くん……久しぶり……私のこと覚えてる……? 」

彼女は自分の顔を、やけにキラキラ光る付け爪がついた人差し指でさした。

「え……? 」

悠真は首を傾げた。彼は、自分をまるで昔から知っているかのように接するこの派手な娘ーウェーブのかかったミルクティーブラウンの長髪を両肩に滑らせていて、今時の若者らしいファッションに身を包んでいる娘ーに全く心当たりがなかった。

「誰だっけ……? 」

悠真のその反応に、娘は少し肩をすくめてみせた後にこう言った。

「私だよ、わ・た・し……あなたの同級生だった伊能沙耶いのうさや

「え……伊能さん……? 」

その名前を聞いて、彼の脳裏にある生徒の顔が浮かんだ。

「垢抜けたね……伊能さん」

「まあね……」

伊能さんとよばれた彼女は、嬉しそうにそう言った。


***


伊能沙耶が悠真を意識し始めたのは、高校2年生の秋頃だった。文化祭の実行委員で一緒になった彼を、当時おさげ髪にメガネだった沙耶は最初はただのクラスメイトとして認識していた。

「伊能さん……だっけ……よろしく」

穏やかな表情で手を差し伸べてきた目の前にいる線の細い、いわゆるもやしっ子な16歳の少年に彼女はただこちらこそとだけ言って握手した。この時、沙耶はまだ知らなかった。まさか彼に特別な感情を抱く事になるなんて。


***


沙耶は、悠真と実行委員の仕事をこなしていくうちに自分の中にある感情が芽生えてきている事に気付いた。会議に臨む時の真剣な表情。準備中に時たま見せる無邪気な笑顔。常に彼女の脳裏にはそれらが渦巻いていた。これは恋だ。完全に恋をしている。沙耶が完全にそう自覚したのは、文化祭が終わった後だった。

「……」

彼女が自分の想いに対して鈍感すぎた事を激しく後悔した。そしていつか彼に想いを伝えようと強く決心した。


***

「小寺くん……覚えてる……去年の体育祭……」

「うん、覚えてるよ……あの時はー」

沙耶は目を閉じて回想していた。去年の秋の少しほろ苦い記憶を。


(続く)


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます