01−03 忍び寄る影
蘭がバーチャルアイドルの活動を始めたのは、高1の夏休みだった。最初は単なる休み中のちょっとしたバイトのつもりだったが、いつも真面目にしていなければならない学校とは違い、のびのびと本当の自分を出せるネットの世界に、彼女はのめりこんでいった。そのおかげで、そこは自室に次ぐ安らげる場所になっていた。
***
「あっ……また来てる……」
蘭のマネージャーである佳織さんが、タブレット端末の画面を見てそう声をあげたのは休憩中の時だった。
「どうしたんですか……いきなり声あげて……」
蘭がそう言うと、佳織さんは、タブレット端末の画面を彼女の鼻先に突き出した。
「また同じ人が、<saezuritterの>公式アカに変なリプライ送って来てるのよ……」
画面を見た蘭は怪訝な顔をした。
「ああ……この人か……」
それにに写っていたのは、大手SNSの一つである<saezuritter>の画面だった。近況報告のつぶやきに対するあまたの返信の中、薄気味悪いものがあった。その内容はこんなものだった。
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チャック
@ran_002
おはよう。今日は撮影現場まで会いに行くからね。
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この<チャック>なるユーザー名を蘭はよく知っていた。彼は、活動当初からranの関連snsのフォロワーの中に名を連ねているファンの一人だった。最初は普通のファンと同じく更新ののたびに当たり障りのないコメントをしていたが、これがどんどんエスカレートし初めたのが今から2ヶ月前の事だった。それ以来はそれに悩まされ続けていた。
「……」
蘭は頭を抱えた。こんな事で困るためにアイドルやってるわけないのに、と。
***
休憩を挟んで別の撮影をして、何事もなくその日の仕事は終わった。
「おつかれさまでした……」
そう挨拶した後、蘭はスタジオを出た。外へ出ると、辺りはすでに薄暗くなっていた。その中を蘭はゆっくりとした足取りで歩いていた。
***
「……」
蘭がどこか刺すような視線を背中に感じたのは、人通りの少ない道を歩いていた時だった。
彼女は一回立ち止まり、周りを見た。しかし、どれだけ視線を巡らしても人の気配はしなかった。
「……っ」
怖くなった彼女は全力で駆け出した。息を切らしながら彼女は必死に走った。夢中で走って、走って、走った末に、蘭はなにかと激突し尻餅をついた。
「いたた……」
彼女が尻をさすっていると、頭上から声が降って来た。
「大丈夫か……? 」
顔をあげると、紙袋を抱えた長身の青年がこっちを見ていた。
(続く)
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