彼女と会う時はいつも雨.9

その日は、冬の合間、一日だけ秋に逆戻りしたように穏やかな雨が降っていた。もしかしたら今年初めての雪になるかもしれないと天気予報は口を酸っぱくして言っていたが、少年は聞く耳を持たなかった。それよりも、都心部の大きな本屋に行けることが楽しみでならなかった。あの時の本は、そうだ。今のようにガッツリ怪奇現象について書かれた本ではなく、冒険小説だった。小学生の時に買った本で、天使が主人公を助けてくれるのだ。そういうものに興味が湧いた最初のタイミングで、本の評判自体は良くなかったが、気になっていた。

電車に乗ってからずっと、『冒険』しているという気持ちに浸り、酔いしれていた。とにかく楽しくて仕方がなくて、踊りながら歌いたい気持ちだった。心が体が飛び出るほどに躍りながら、本屋に着いた。しかし、ここまで来て、問題があった。

「高い……!」

背伸びをしても、なかなか手が届かない。困っていたところで、少年の背後から手が伸び、目当ての本を取って、少年に手渡してくれた。

「少年も、そういう本が好きなのかい?」

店員の恰好をしている、少しミステリアスな雰囲気の女性だと思った。

「いえ、別に……ただ、学校の課題で」

少年は受け取りながら、そっと目をそらす。女性は美しく、可愛らしく、直接好きです、ということが何となく憚られて、あいまいに答えた。

「ふぅん?読書感想文か何かかな?本屋できちんと買って読むとは感心感心……。そうだ。そういう時は古本屋に行くのもいいよ。私が、ここでこういう格好をしているのにそんなことをいうのもおかしな話だと思うけれどね」

女性が自嘲するような笑みを浮かべて言ったのを、少年はきょとんとした目で見ていた。

「古本屋ですか?」

「そうとも。古本屋にはその時々だけの出会いがあるものさ。あとは、そうだね。匂いがいいんだ。今日みたいな雨と一緒でさ」

その時は気にも留めていなかった。確かに店員は美人であったが、そんなことよりも早く帰って本を読むことの方が遥かに重要だった。


しかし、間違いない。

「あれは、玲さんだ」

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