星を見る人たち.3

階段を登り、三階へ。寧子がドアをくぐると、正面の机にすばるが座っていた。ドアのすぐ近くに、置き傘に交じって見覚えのない長い杖が立てかけてある。これが竜崎の言っていた、少女の持っていた杖だろう。強くはないが、深い、よく練られた魔力が込められている。五年は使いこんでいなければ、こうはならない。

「おかえり、ネコ。噂の人はそこに座ってる」

すばるの指した方向を見ると、来客用のソファに確かに茶髪の猫耳の少女が座っている。寧子と同じような年ごろで、茶色の髪には白い斑点が見える。背は寧子ほど高くない。話にあったとおり、黒いローブを着ている。

「……一体何をやってるんですか?」

猫耳の少女は、ルービックキューブのようなものをずっといじくり回している。聞き覚えの無い言語をぶつぶつと呟きながら。縦長の瞳孔と猫耳は、青いバラと黒いローブに良く似合っており、見る人が見れば相当な美人だと評価するだろうに、これでは明らかに不審者だ。

「これでどーだ!」

ルービックキューブを掲げるようにして何事かを叫ぶが、やはり何を言ってるか分からない。少女のルービックキューブを見ると、幾何学的な模様が刻まれているだけで、全面黒っぽい金属光沢を放つ、ソフトボール大の立方体だ。どこをどう弄っても模様が完成しそうなものなのに、一体何を弄っていたのだろうか。

そこの猫耳。あんた誰私に分かるように話せ

魔力を乗せて、寧子が鋭く言った。怒気を孕んだその声を聞いて、猫耳の少女は振り返る。

「ほぁ。やっと標準語が話せる人に出会えた」

「違う。しっかり耳を澄ましなさい」

相変わらず寧子の声は、冷たく、怒りの込められた声だ。魔力を乗せるために必要なことであるとは言え、ハラハラした様子ですばるがこっちを見ている。知ったことではないが。

「……なるほど、魔法言語。イントネーションから察するに、魅了じゃなくて命令か。私の声まで細工をかけてる辺り、超強力なやつ。すごい」

耳を動かしながら、猫耳の少女は独り言のように呟く。

「私の能力はどうでもいいの。あんたは一体どこの誰なのよ」

すばるが猫耳の少女に感嘆の声を上げる。ベテランの魔物退治人でも寧子の魔術に気がつかないことがあるため、予想外だったのだろう。寧子もわずかに身構える。

猫耳の少女は、ルービックキューブを置いて立ち上がり、寧子に一礼する。寧子の魔術に抵抗するつもりはないらしい。

「はじめまして、魔法使い。私はミオ=リッケルハイム。世界に轟くリッケルハイム家の血を引く者よ」

「リッケルハイム?そんなの私知らないわ」

それを聞いて、ミオは唖然とした。休日が十年分まとめて押し寄せてきても、こんな表情にはならないだろう。

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