第96話 魔獣女王の憂鬱と属性宝石の力

 この日、燃えるような夕闇は一面、白い霞に覆われ、涙雨が大気を濡らし、大地に冷たく降り注いでいた。普段放し飼いにされているジャッカルも、今日だけは木陰で休んでいるようだった。高い天井と大樹のように巨大な石柱が並ぶ城の廊下を、幼女が不満気な表情を顕わにして誰かを呼んでいるようだった。


「ちょっとーー、フォメットーー、フォメットーーどこーー?」


「リュージュラ様、どうかされましたか?」


 城の廊下を掃除していたフォメットと呼ばれた褐色肌のメイド。不満気なあるじの姿を見つけ、いつも通りの返答する。


「どうなってるのー? パズズ死んでんじゃん! しかもガディアスの妖気力フェアリーエナジーまで消失してるんだけど! これじゃああいつの思う壺じゃん」


 猫の着ぐるみのような格好のぬしは、今にも巨大な柱を一つか二つ壊してしまいそうな勢いだ。


「仕方がありません。それだけ人間の力を甘く見ていたという事です。ですが、計画に支障はございません。むしろ計画通りと言ってもいいでしょう」


 そう言うと、ポケットからクッキーを取り出し、リュージュラの口へと含ませるフォメット。まるで駄々をこねる子供をあやす親のようだ。クッキーを口に含んだまま、リュージュラが話を続ける。


「もうー、めんおくはーーい。これ聖魔大国ホーリクラウン滅びなかったら、僕ちん動かないといけないじゃん。僕ちん戦いたくないんだけどー? ああもうー、それになんで雨降ってる訳ーー憂鬱になるじゃんー」


 そう言うと、クッキーを呑み込み、庭を見渡す事の出来る廊下から大空へ向かって『カッ!』っと目を見開き口から強力な光弾を放つリュージュラ。雨の中、上空を闊歩していた魔獣キマイラの胴体に大穴が空き、一体が魔獣女王ビーストクイーンの犠牲となる。煙をあげたまま魔獣キマイラの姿が遠く、地上へと落下していく。


「リュージュラ様がそうおっしゃると思い、先ほど例のから面白い映像を入手致しました。こちらへどうぞ」


 廊下から城の内部へと入り、魔獣の顔が並んだかのような紋様で縁取られた巨大なスクリーンが用意された小さな部屋へと入る。やがて、そこに映し出されたのは、各国でまさに繰り広げられていた、戦いの記録だった。


 聖魔大国ホーリクラウン風の都ウイングバレー光の国ライトレシア土の国ウッドリアーノと四分割映像が同時に流れる。やがて、映し出された映像の一つから、面白いモノを見つけたリュージュラの瞳に星が出来る。


「へぇーー、面白ーーい。フォメットーー決めたーーあれ、僕ちんのモノにするー」


 一つのモニタへ映し出された妖精・・を指差し、リュージュラがキラキラと目を輝かせていた。


「そうおっしゃると思いました。こちらから動かずとも人間達はやって来るでしょう。それまで紅茶でも飲んで待つ事にしましょう」


 ようやく主の機嫌が直り、胸をなで下ろすフォメットは、今日もあるじのために紅茶を淹れる。




★★★     


 安寧の間を一旦出た一同は、十六夜いざよいからの話を聞くために巫女の間へと移動する。大事な話があるという。地下から地上へ戻ると、まだ雨が冷たく滴り落ちていた。雨が地面を打ちつける音を聞きながら、皆部屋へと入る。少し遅れて雄也とリンクも戻って来ていた。リンクの蒼色の瞳ブルーアイズが心なしか赤みがかっている気がした。


 各々起きた出来事を共有する。和馬はウインク、弥生やよいと共に風の都ウイングバレーを襲っていたパズズという鳥魔獣を倒し、利用されていたハーピーから、その陰に魔獣女王という黒幕が居る事を聞き出したという。


 優斗は光の国ライトレシア、ブリンティスの森でユニコーンと契約し、夢見の回廊で傷ついたルナティの身体を取り戻し、無事に優斗の姿へ戻った。途中クエルというガディアスの側近と対峙したが、融合ユニゾン状態の優希とブリンクの相手ではなかったという。いつでも融合出来るようになった優斗は、一歩進化した強さを得たと言える。


 最後に雄也の話。樹女王ドライアドやウルル、ゴルゴンの話、土精霊ノームの森にて戦った竜人族の知将――ガディアス。彼は利用されているだけだったという。背後に潜んでいた陰こそが、あの人間の子供達を誘拐したアリスの身体に入っていた黒幕、魔王ベルゼビアという存在だった。アリスは死んでいなかった。というより、アリスが死ぬ前に身体を入れ替えたのであろう。今回は、夢現TVのレポーター、ミュウミュウの姿だったという。


「二十数年前、和馬さんの父、シュウジ達が魔王ベルゼビアを封印した。その頃ベルゼビアは他人の身体に憑依するような能力アビリティを持ち合わせていなかった。それに、肉体が復活したのならそもそも憑依する必要がないのです。一連の妖精界に起きている異変……ベルゼビアが完全復活するためにきっと何か目論んでいる。だんだんと分かって来た事があります」


 十六夜が今後の事を思案する。


「十六夜さん、ひとついいですか?」

「直接言葉で伝える事は俺もツライので、今考えてる事……読んで・・・もらってもいいですか?」


 優斗が話を切り出した。しかも、言葉で言おうとしない。十六夜はじっと目を閉じる。心の中で優斗と会話をしたのか、ゆっくりと頷く。やがて瞼を開いた彼女の表情は、固く決意の表情それへと変わっていた。


「ちょっと、優斗!」


 心読力マインドリーダーを同じく扱えるルナティが驚いて優斗を見た。


「皆さんにもお話しなければなりませんね。優斗さんやルナティ、弥生やよいは既に知っていますが、私の能力アビリティ運命先導フォーチュンリーダーです。対象の運命を、導く能力、しかしそれは未来がえている訳ではない」


 皆、息を呑んで十六夜の告白を聞いている。夢見の巫女は続ける。


「運命を決めるのは本人次第。幾恵にも重なった運命の中から、一つを選ぶ。強い意志があれば本来の流れとは別の運命を掴み取る事が出来る。だからこそ、私は皆さんに賭けてみたいと思いました」

「あの……十六夜さん、もしかして……レイアの事、えていたんですか?」


 十六夜の言葉から、雄也も優斗が心の中でどう会話したのか分かったような気がした。優斗は拳を握りしめ、下を向いている。


「直接的な映像は視ていません。ただし、土の国ウッドリアーノへ向かった先、レイアさんの運命が途切れてしまっていた……運命がえない……それは即ち死を意味する……っ!?」


「お、おい! 雄也!」

「雄也さん!」


 普段感情を露わにするような性格でない雄也が、刹那十六夜の胸倉を掴んでいた。十六夜は避ける事もせず、そのまま座ったままだ。和馬とリンクが慌てて制止しようとする。


「土の国へ俺達は向かった。もし、そうしなければ、レイアは助かったんじゃないんですか? もっと違うやり方は……なかったんですか!? 黙ってレイアが死ぬのを貴女は見ていたんですか、十六夜さん! 皆がこうして悲しむ事も、それも運命だって言うんですか!?」

「雄也さん! もう……いいんです……」


 語気を強める雄也の横でリンクが彼の袖を掴む。切なそうにしているリンクの表情を見て、十六夜から手を離す。コホッコホッと咳き込む彼女。


「雄也君、優斗も。気持ちは分かるけれども、巫女みことは妖精界フェアリーアース全体を監視する存在よ? そんな巫女だからこそ、誰かの運命に私情を挟む事は出来ないの。だから決めるのは本人次第と言ったはずよ?」


 雄也へ声をかけたのはルナティだった。黙ったままの優斗にも声をかける。


「でもレイアが死ぬって分かっていたら、俺は……」

「雄也君は土の国へ向かっていなかった。樹女王ドライアドが作った結界。確かに素晴らしく強力だったわ。しかし、竜人族のガディアス、さらには背後に魔王ベルゼビアが居たのであれば、きっと破られていたでしょうね。敵は今雄也君が持っている大地霊衣アースローブを手に入れ、森妖精都市トレントシティが滅ぶ。そうなれば、妖精界、人間界の植物が全て朽ち果ててしまっていたでしょうね」


 雄也の発言にルナティが答えた。掴める未来は一つだけ。一度選択した運命を変える事は出来ない。十六夜はそれを分かっていた。レイアが死ぬかもしれない……そんな事実をつきつけられても尚、違う道筋を選ぶともっと過酷な運命が待っていた。命の重みは皆平等……そんな中、たくさんの妖精や人間の運命がえる。それは、形は違えど断片的にも未来がえるという事。運命とは時に残酷だ。


「千年もの間、私は争いの歴史をて来ました。何度も運命に抗おうとして、散っていった者……。何かを犠牲にして、世界を救った者。誰かの幸せが時に誰かの不幸になる事すらある。〝夢見の巫女〟として、私に何が出来るのか、いつも考えています。そして、一つの結論に至りました。皆さんが望むなら……私はもう一度運命に抗ってみたい」


 そういうと、十六夜が指をパチンとならした。何もない空間にスクリーンがあるかのように映像が浮かぶ。見覚えのある姿が映し出された。


「お、お母様!」


 リンクが映像に映し出された姿へ声をかけた。それは伝霊でんれいの巫女、エレナ王妃だった。


「リンク、さぞ辛かったでしょう。話は聞きましたよ。雄也殿、お久しぶりですね。皆さんには過酷な運命を背負わせてしまい、私からも詫びなければなりません」


 エレナ王妃自ら頭を下げ、話を始める。


「十六夜、先ほど樹女王ドライアドから〝これ〟が届きました」


 エレナ王妃の手には黄色に輝く宝石が収められていた。


「あ、あれは……」

 

 和馬が何かに気づき、ポケットから翠色の宝石を取り出す。皆、その宝石へ注目する。


「和馬殿もウインディ王から無事に受け取ったのですね。雄也殿、優斗殿もこれらの宝石には覚えがある筈です。属性宝石エレメンタルジュエル――精霊や巫女が持つ属性の強大な力を宿した宝石です。妖精界フェアリーアースでは、『世界を救う勇者が再び現れた時、七つの宝石は、生命の神秘を超えた奇跡を起こすだろう。虹の橋を渡り、勇者は世界を正しき未来へと導くだろう』と言われています」


 雄也は水の国アクアディーネで青い宝石、和馬は火の国フレイミディアで赤い宝石を、それぞれ子供を救った際手に入れていた。属性宝石エレメンタルジュエルは全部で七つ。樹女王ドライアドは土の国を救った礼と言って、エレナ王妃宛に宝石を送ったらしい。


 属性宝石は、


水――ブルーアメジスト

火――レッドサファイア

雷――ピンクダイアモンド

夢――パープルルビー

風――グリーンエメラルド

土――イエロートパーズ

聖――ホーリーパール 


の七つ。雄也達はこれで既に六つの属性宝石を手に入れた事になる。


「和馬さん、そのグリーンエメラルドは私からエレナへ渡しておきます。属性宝石には奇跡の力が宿っていると言います。夢見る力ドリーマーパワーを使って強制的に力を取り出す事も出来ますが、それでは完全な力とは言えない。エレナの巫女は、精霊と交信する事で宝石の力を引き出す事が出来る。その力を持って、魔法を創り出した聖魔せいまの巫女が神聖魔法を使ったのなら……」


 十六夜が考えている意図が見えて来たような気がした。まさか……。


「レイア! レイアが生き返るんですか! お母様、十六夜さん!」


 リンクが映像へ身を乗り出して声をあげる。


「まだ決まった訳ではありません。〝蘇生魔法リザレクション〟は生命の神秘を超えた力……。聖魔の巫女であるビクトリアでさえ、今まで成功した事がありません。以前、魔王を封印したトウドウサクヤは、魔王封印の際に肉体が消滅してしまい、復活に至りませんでした。森妖精トレントのウルルは、かつて勇者パーティの一員であったからこそ、レイアの身体を清心な状態で保とうとしたのでしょうね」


 十六夜がリンクの声を受け、返答する。そうか、そのサクヤという人も命を落としたんだった。当時もきっと、試して失敗した経緯があるんだろう。しかし、雄也の中にわずかだが、希望の灯が燈る。


「レイア起きるのかにゃー! 早く元気な姿見たいにゃー!」

「うん、僕もレイアが居てくれないと困るよ!」

「そうね、希望が見えてきたわね!」

「じゃあ残りの宝石を取りに行くしかねーな!」


 今まで静かに見守っていた妖精達も少し笑顔を取り戻す。


「じゃあ、ホーリーパールを手に入れて、そのビクトリアさんの力をお借り出来たなら、可能性があるんですね!」


 死んでしまった者を復活させる。可能性があるだけで充分だ。その一パーセントにも雄也は賭けてみたかった。優斗、和馬も決意の表情で頷き合う。


「ありがとうございます、十六夜さん。先程の非礼をお詫びします。でも私情を挟む事は出来ないんじゃないんですか?」


 雄也が代表して十六夜へと尋ねる。


「いえ、世界を救うためにはレイアさんの命が必要――それだけの事ですよ」


 夢見の巫女は、笑顔でそう答えた。


「ビクトリアには私からもお願いしましょう。ただし、聖魔大国ホーリクラウン闇夜大国ナイトルーディアと交戦状態にあると聞きます。裏で敵側が糸を引いているかもしれません。予断は許さない状況です」


 エレナ王妃が映像越しに注意喚起する。魔王ベルゼビアがいる限り、まだ妖精界は脅威から解放されていない事になる。


「ベルゼビアは絶対に許せません。あいつはレイアを殺して、その場から逃げたんです。俺は絶対ヤツを止めます」

「雄也さん、今度は私も一緒です! レイアを生き返らせて、魔王を倒すのです! シャキーンです!」


 皆の決意は固まった。

 次なる目的地は聖魔大国だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る