第96話 魔獣女王の憂鬱と属性宝石の力
この日、燃えるような夕闇は一面、白い霞に覆われ、涙雨が大気を濡らし、大地に冷たく降り注いでいた。普段放し飼いにされているジャッカルも、今日だけは木陰で休んでいるようだった。高い天井と大樹のように巨大な石柱が並ぶ城の廊下を、幼女が不満気な表情を顕わにして誰かを呼んでいるようだった。
「ちょっとーー、フォメットーー、フォメットーーどこーー?」
「リュージュラ様、どうかされましたか?」
城の廊下を掃除していたフォメットと呼ばれた褐色肌のメイド。不満気な
「どうなってるのー? パズズ死んでんじゃん! しかもガディアスの
猫の着ぐるみのような格好の
「仕方がありません。それだけ人間の力を甘く見ていたという事です。ですが、計画に支障はございません。むしろ計画通りと言ってもいいでしょう」
そう言うと、ポケットからクッキーを取り出し、リュージュラの口へと含ませるフォメット。まるで駄々をこねる子供をあやす親のようだ。クッキーを口に含んだまま、リュージュラが話を続ける。
「もうー、めんおくはーーい。これ
そう言うと、クッキーを呑み込み、庭を見渡す事の出来る廊下から大空へ向かって『カッ!』っと目を見開き口から強力な光弾を放つリュージュラ。雨の中、上空を闊歩していた
「リュージュラ様がそうおっしゃると思い、先ほど例の
廊下から城の内部へと入り、魔獣の顔が並んだかのような紋様で縁取られた巨大なスクリーンが用意された小さな部屋へと入る。やがて、そこに映し出されたのは、各国でまさに繰り広げられていた、戦いの記録だった。
「へぇーー、面白ーーい。フォメットーー決めたーーあれ、僕ちんのモノにするー」
一つのモニタへ映し出された
「そうおっしゃると思いました。こちらから動かずとも人間達はやって来るでしょう。それまで紅茶でも飲んで待つ事にしましょう」
ようやく主の機嫌が直り、胸をなで下ろすフォメットは、今日も
★★★
安寧の間を一旦出た一同は、
各々起きた出来事を共有する。和馬はウインク、
優斗は
最後に雄也の話。
「二十数年前、和馬さんの父、シュウジ達が魔王ベルゼビアを封印した。その頃ベルゼビアは他人の身体に憑依するような
十六夜が今後の事を思案する。
「十六夜さん、ひとついいですか?」
「直接言葉で伝える事は俺もツライので、今考えてる事……
優斗が話を切り出した。しかも、言葉で言おうとしない。十六夜はじっと目を閉じる。心の中で優斗と会話をしたのか、ゆっくりと頷く。やがて瞼を開いた彼女の表情は、固く決意の
「ちょっと、優斗!」
「皆さんにもお話しなければなりませんね。優斗さんやルナティ、
皆、息を呑んで十六夜の告白を聞いている。夢見の巫女は続ける。
「運命を決めるのは本人次第。幾恵にも重なった運命の中から、一つを選ぶ。強い意志があれば本来の流れとは別の運命を掴み取る事が出来る。だからこそ、私は皆さんに賭けてみたいと思いました」
「あの……十六夜さん、もしかして……レイアの事、
十六夜の言葉から、雄也も優斗が心の中でどう会話したのか分かったような気がした。優斗は拳を握りしめ、下を向いている。
「直接的な映像は視ていません。ただし、
「お、おい! 雄也!」
「雄也さん!」
普段感情を露わにするような性格でない雄也が、刹那十六夜の胸倉を掴んでいた。十六夜は避ける事もせず、そのまま座ったままだ。和馬とリンクが慌てて制止しようとする。
「土の国へ俺達は向かった。もし、そうしなければ、レイアは助かったんじゃないんですか? もっと違うやり方は……なかったんですか!? 黙ってレイアが死ぬのを貴女は見ていたんですか、十六夜さん! 皆がこうして悲しむ事も、それも運命だって言うんですか!?」
「雄也さん! もう……いいんです……」
語気を強める雄也の横でリンクが彼の袖を掴む。切なそうにしているリンクの表情を見て、十六夜から手を離す。コホッコホッと咳き込む彼女。
「雄也君、優斗も。気持ちは分かるけれども、
雄也へ声をかけたのはルナティだった。黙ったままの優斗にも声をかける。
「でもレイアが死ぬって分かっていたら、俺は……」
「雄也君は土の国へ向かっていなかった。
雄也の発言にルナティが答えた。掴める未来は一つだけ。一度選択した運命を変える事は出来ない。十六夜はそれを分かっていた。レイアが死ぬかもしれない……そんな事実をつきつけられても尚、違う道筋を選ぶともっと過酷な運命が待っていた。命の重みは皆平等……そんな中、たくさんの妖精や人間の運命が
「千年もの間、私は争いの歴史を
そういうと、十六夜が指をパチンとならした。何もない空間にスクリーンがあるかのように映像が浮かぶ。見覚えのある姿が映し出された。
「お、お母様!」
リンクが映像に映し出された姿へ声をかけた。それは
「リンク、さぞ辛かったでしょう。話は聞きましたよ。雄也殿、お久しぶりですね。皆さんには過酷な運命を背負わせてしまい、私からも詫びなければなりません」
エレナ王妃自ら頭を下げ、話を始める。
「十六夜、先ほど
エレナ王妃の手には黄色に輝く宝石が収められていた。
「あ、あれは……」
和馬が何かに気づき、ポケットから翠色の宝石を取り出す。皆、その宝石へ注目する。
「和馬殿もウインディ王から無事に受け取ったのですね。雄也殿、優斗殿もこれらの宝石には覚えがある筈です。
雄也は
属性宝石は、
水――ブルーアメジスト
火――レッドサファイア
雷――ピンクダイアモンド
夢――パープルルビー
風――グリーンエメラルド
土――イエロートパーズ
聖――ホーリーパール
の七つ。雄也達はこれで既に六つの属性宝石を手に入れた事になる。
「和馬さん、そのグリーンエメラルドは私からエレナへ渡しておきます。属性宝石には奇跡の力が宿っていると言います。
十六夜が考えている意図が見えて来たような気がした。まさか……。
「レイア! レイアが生き返るんですか! お母様、十六夜さん!」
リンクが映像へ身を乗り出して声をあげる。
「まだ決まった訳ではありません。〝
十六夜がリンクの声を受け、返答する。そうか、そのサクヤという人も命を落としたんだった。当時もきっと、試して失敗した経緯があるんだろう。しかし、雄也の中にわずかだが、希望の灯が燈る。
「レイア起きるのかにゃー! 早く元気な姿見たいにゃー!」
「うん、僕もレイアが居てくれないと困るよ!」
「そうね、希望が見えてきたわね!」
「じゃあ残りの宝石を取りに行くしかねーな!」
今まで静かに見守っていた妖精達も少し笑顔を取り戻す。
「じゃあ、ホーリーパールを手に入れて、そのビクトリアさんの力をお借り出来たなら、可能性があるんですね!」
死んでしまった者を復活させる。可能性があるだけで充分だ。その一パーセントにも雄也は賭けてみたかった。優斗、和馬も決意の表情で頷き合う。
「ありがとうございます、十六夜さん。先程の非礼をお詫びします。でも私情を挟む事は出来ないんじゃないんですか?」
雄也が代表して十六夜へと尋ねる。
「いえ、世界を救うためにはレイアさんの命が必要――それだけの事ですよ」
夢見の巫女は、笑顔でそう答えた。
「ビクトリアには私からもお願いしましょう。ただし、
エレナ王妃が映像越しに注意喚起する。魔王ベルゼビアがいる限り、まだ妖精界は脅威から解放されていない事になる。
「ベルゼビアは絶対に許せません。あいつはレイアを殺して、その場から逃げたんです。俺は絶対ヤツを止めます」
「雄也さん、今度は私も一緒です! レイアを生き返らせて、魔王を倒すのです! シャキーンです!」
皆の決意は固まった。
次なる目的地は聖魔大国だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます