第39話 帰還

「えぐっ、えぐっ、雄也さんー! またすぐ戻って来て下さいねー」


 リンクのまん丸蒼色の瞳ブルーアイズから雫がポロポロと流れ落ちる。


「いや、リンク、すぐ戻って来るから大丈夫だよ」


 雄也がリンクの頭をなでなでしている。


「まぁ、そうだよな。たぶん子供一人救っただけって事は、恐らくまだ四人この世界のどこかに居るって事だろ? 戻って来ざる負えないやつだよな」

「おう、相棒、そん時はよろしく頼むぜ」

 和馬はまた俺達の出番だよなという顔をし、ファイリーとハイタッチした。


「それにしても、子供一人救うの……大変すぎやん? みんな死にかけたしさ、俺なんか二三回ヤバかったよね。最後は唇まで酷い事になったしさ」

「最後はあなたが悪いのですよ? 優斗様」

 レイアさんが冷たい眼差しで優斗を見ている。


「いや……レイアさん……さすがにあれは酷いですよ。下衆ゲス言われるし、あの刺激物口に入った時は本当死ぬかと思いましたよ」

「優斗様はあれくらいしないと、反省されないと思いまして」


「はい……さすがに懲りました……」


 優斗がショボーンとなっていた。


 雄也達は、水の都アクアエレナに立ち寄った後、光の国ライトレシアが解放された事によって、人間界へ戻れるだろうという事で、エレナ王妃の発案により、記憶の魔法陣メモリーサークルがあるウォータリアの森へと来ていた。恐らく、リンクの力だけでも人間界へ戻れるだろうという事。


 子供を一人解放したという事は、人間界にも動きがあるかもしれない。雄也達は一度人間界へ帰る事になった。もちろん妖精界に居るであろう、残りの子供を救出するという使命があるため、旅は続く。幾度かの戦闘を経験し、雄也達もさすがに覚悟を決めていた。


「じゃあ、リンク、また帰って来るからね」

「分かりました。絶対ですよ? 待ってますからね!」


 羽衣の袖で涙を拭ったリンクが顔をあげた。そして、雄也の頬にそっとキスをした。突然の事に目を丸くする雄也。


「お、お嬢様!?」


 レイアが明らかに動揺している。優斗はほぉーという表情だ。


「へぇー、リンクって、あんなに大胆だったっけ?」

「あたいらがグランドグールと戦っていた間に何か・・あったんじゃねーか?」


 和馬とファイリーがニヤニヤしていた。


「えへへ、元気になりました。シャキーンです!」


 照れながらシャキーンをするリンク。大人リンクを経験した事で、リンク自身が成長したのかどうかは分からないが、今回の戦いを通じ、誰が見ても雄也とリンクの距離はグッと縮まったようだ。


「じゃあ、いきますよ。――彼の者達を正しき道へ、正しき者を正しき場所へ ――妖精界の主よ、自然界の調停者よ、精霊の王よ、記憶を基に導きたまへ。

 記憶メモリー接続リンク! 記憶の魔法陣メモリーサークル、発動!」


 リンクが詠唱を終えると同時に、記憶の魔法陣メモリーサークルが光を放ち始め、目の前の視界が明るくなり、見えなくなる。光が無くなった時、妖精界から三人の姿は消えていた。


「お嬢様、ああいう事は、せめて私が居ないところでして下さい」ゴホンと咳払いをするレイア。


「だってー。我慢出来なかったんだものー」口を尖らせるリンク。


「いやー、お熱いの見せてもらったぜー」ファイリーがお似合いだぜと冷やかしていた。


 こうして、戦いを終えたパーティーは、束の間の心休まるひと時を各々過ごす事となる――――



 一名の妖精を除いて……。



 ★★★


 ときは少し遡る……。


 雄也達がナイトメアとまさに戦っていた時、方向感覚が狂ってしまいそうな空間に浮かぶ約十メートル四方の地面にテントを張り、小さなアナログテレビのようなモニターに映し出された映像を観戦する妖精の姿があった。


「あぁーーもぅーー。また映像が乱れるーー。これじゃあ全然どうなってるか分からないじゃないのよー」


 ドンドンドンとモニターを叩く女性。そうルナティだ。


「なんで、私ばっかりこんな役回りな訳ー? ブリンクと優斗がちゃんと契約したからいいけど、また還れなくなっちゃったじゃない! 還ったら十六夜いざよいに文句言ってやるんだから!」


 どうやら雄也達がナイトメアと対峙している映像が映っているようだ。夢の中でブリンクと会話した後、夢見の回廊がさらに不安定になり、夢渡りの力ドリームポーターが全く使えなくなったのだ。


 仕方がないのでルナティは、優斗達の動向を見守る事に決める。『夢見の巫女』十六夜いざよいから貰った特製の水晶玉――夢水晶もあったのだが、夢の国ドリームプレミアへ戻ってしまうと、恐らく優斗達の動向が分からなくなってしまう。ルナティは心配だったのだ。


 ちょうどいい大きさのスペースに夢妖精ドリームフェアリー特製の結界を張り、テントを設営し、臨時の夢の庭ドリームロッジを創り出す。テントの中にはモニターと簡素なソファーのみ。


 こうしてルナティは、優斗達をずっと見守っていたのである。途中ライティが優斗を誘惑していた時には野球観戦をしている親父のような野次と怒号を叫んでいたのだが、それを聞いたものは誰も居ない。


「ああ、映ったわ……! え……何? あのリンクって子! 変身しちゃってるじゃないの! ああ! 優斗ーーだめよーー鼻血だしてるわー。私の方が今のあの子より爆乳・・だっていうのに! く……これはライバル出現ね」


 最早ルナティには、ナイトメアの戦いより優斗のハートをどう射止めるかの方が重要らしい。


『すいませーーん、戦いどうなってますかー?』

「え? ああ、ナイトメアってのが倒されそうよ? ほら、あの水妖精アクアフェアリーの女の子が変身して覚醒しているから、時間の問題でしょうね」


『うわーー凄いですね、さすが蒼瞳妖精ブルーアイズですねー!』

「そうね、それにしても貴方、よくこの結界を破って入って来れたわね、何者?」


 モニターを見据えたまま、警戒は解かずに背後の声に返答するルナティー。


『へぇー、驚かないんだ。さすが夢見の巫女に認められた妖精ね。私は何者でもないわよ? 貴女が気に入らないから排除しちゃおうかなーって思って来ただけよ?』

「簡単に言ってくれるわね。そこまで私の事を知っているって事は、ナイトメアの仲間か何かかしら?」


『あんな自分が一番な妖魔ヤツは仲間でもなんでもないわよ。利害が一致して行動を共にしていただけ。だいたい妖魔が偉そうにしすぎなのよね。私達、魔族・・に比べたら下等種族よ!』


 次の瞬間、ルナティに向けて何かを突き出す魔族の女。素早くソファーを盾にし、背後へと下がるルナティ。一瞬にしてソファーが砕かれる。続け様に放たれる暗黒球シャドーボールを回避すると、テントが負の妖気力フェアリーエナジーにより爆発音と共に吹き飛んだ。


「愛の一閃! 夢妖精の鞭ルナティビュート!」


 ルナティが精神体へダメージを与える鞭の攻撃を放つ。が、先ほど突き出したハズの武器が開き・・、鞭の攻撃を弾いていた。すぐに開いた武器を再び閉じる。


「え? 傘?」


 黒いヒラヒラがついたアンブレラ。ただし、先端に刃がついており、布のように見える本体の部分は負の妖気力フェアリーエナジーでコーティングされていた。


『白いでしょ。攻撃も防御も出来るから便利よー? あなたも使ってみる?』


 ゴスロリっぽい格好をした二本の角が生えた紫髪の悪魔。肌の色は白っぽい水色。血の気が全く感じられない顔は淡麗で美しいが、不気味にも見える。紅く細い口を広げ、女悪魔はニヤリと嗤う。


「あなたのその姿……見覚えがあるわ……確か……悪魔リリス!」

『あら、私って有名人? いやーん、サインはあげないわよ?』


「そんなもの要らないわよ!」


 ルナティの鞭攻撃をアンブレラで弾き、先端の刃を突き出すリリス。そしてそのままなぜか投げキッスをする。


「何の真似? ……しまっ!!」


 一瞬ルナティーの膝が落ちる。


吸魔の口づけドレインキッスの味はいかがかしら? 続けていくわよ、童夢音波ドリームウェイブ!』


 空気の念波が、歪みと共にルナティを襲う。ルナティは鞭を回転させ防御態勢を取るが、念波により吹き飛ばされてしまう。しかし、肉体には傷がついていない。そのまま立ち上がろうとするルナティだったのだが……。


「――!? 何……これ……」


 立ち上がれず、そのまま倒れこむルナティ。身動きが取れない。


童夢音波ドリームウェイブ夢妖精ドリームフェアリーが得意な上位魔法よ? 夢見の巫女さんも使えるんじゃないかしら? これ、妖気力フェアリーエナジーを根こそぎ削っちゃう便利な魔法なのよねー。外傷がなくても、もう動けないでしょ?』


 ゆっくりルナティへ近づくリリス。


「ど、どうする気……」


『そうねぇー、もう少し遊びたいところだけど、生憎時間がないのよね。貴女の妖気力を全部奪っちゃってもいいんだけどー。貴方が居ると私の計画の邪魔になるのよー。分かる? じゃあねー、夢妖精ドリームフェアリーさん』



 ニヤリと嗤ったリリスはアンブレラをルナティへ向けて突き出した――――



 < NEXT STAGE is Dream Premium Land >

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