第25話 漆黒の覇者〝ナイトメア〟

 大きな階段をゆっくり降りて来る黒い影……。


 全てを吸い込んでしまうかのような漆黒の衣を身に纏い、闇のフードを深く被った妖魔。


 古城の王の間に続く階段をゆっくりゆっくり降りて来る。

 一歩一歩近づく度に空気が重くなるのを感じる……。


「貴様がナイトメアか!? もうお前の好きにはさせねーぞ!」

「ナイトメアさん、これ以上の悪事は私が許しません!」


「いかにも。ワシが漆黒の覇者〝ナイトメア〟よ。赤眼妖精レッドアイズ蒼眼妖精ブルーアイズだな。サタナイト・・・・・キャッツバーン・・・・・・・が世話になったようだな」

「まさか! 炎の国フレイミディアを陥れたのも貴様か!」

「キャッツバーン……やっぱりあなたの仕業だったんですね」


「フフフ……だったらどうする?」


「貴様をこの手で今倒すまでだ!」


「まぁいい……にしても、場違いな者達がここに居るようだな」


 ナイトメアはそういうと雄也達を一瞥する。


「あいつがナイトメア……」

「子供を誘拐したのもお前か!」

「許せねーぞ!」

「威勢だけはいいようだな。人間がここまで来た事だけは褒めてやろう……だが……」


 ゾワッ!?――


 その瞬間目に見えない波動のようなものが雄也達へ向かって発せられる!

 雄也、優斗、和馬三人共その場に倒れこんでしまう。

 巨大な闇の憎悪に押しつぶされたかのような感覚……。

 恐怖……目の前に突きつけられた強烈な負のオーラ……そこにあるのは……。


 …… 死――――


 ――!?


 ―― 一体どうすれば 

 座り込む雄也。

 

 ガチガチガチガチ――

 優斗の震えが止まらない。

 

 く……くそ……。

 僅かな意思でナイトメアを睨みつける和馬。


「あ゛ぁぁああああああああ」

 パンジーが声にならない叫び声をあげる。


「パンジー、大丈夫よ……よしよし、大丈夫だから」

 止まらない溢れる涙を拭い、パンジーの頭を撫でるリンク。


「う゛ぅ……う゛ぅ……ごめんなさいごめんなさい」


「そこの妖精は壊れてしまったようだな」


 ナイトメアの纏っていた漆黒の衣は気づけば黒い炎のような負のオーラを放っている。

 圧倒的な力を前になすすべなく崩れ落ちる人間三人、そしてパンジー。


「ほほぅ……まだ立っていられる者が居るか」


「ゆ、許さないにゃーー! 光源弾ライトボム!」


 ナイトメアの手前で高く飛び上がり、ナイトメア目がけて光源弾ライトボムを放つブリンク!


 ボワッ!


 しかし、ブリンクが放った光の球は、ナイトメアの漆黒の衣が放つ黒いオーラに吸い込まれてしまう。そのまま構わずナイトメアへ飛びかかるブリンク!


「くらえ! 光印爪ライトクローにゃー!」

「甘い」

「ゴブァ!」


 ナイトメアを捉えたかに見えた光印爪ライトクローは黒いオーラに阻まれ、ナイトメアは右手をブリンクのお腹にあてる。ブリンクはそのまま吹き飛ばされてしまった。

 

「我が剣よ! 炎を纏え! 火焔の刃イグニスエッジ!」


 刹那、ナイトメアの目の前にファイリーの刃が現れる。炎の刃は黒いオーラを斬り払うが、ナイトメア本体に届かない。


「さすがだな、赤眼妖精レッドアイズ。ワシの負の妖気力フェアリーエナジーを受けてそこまで動けるとはな」


 ナイトメアが右手を翳す。ファイリーは何かを感じて後ろへ飛んだ。衝撃音と共にファイリーの後ろの壁が崩れ落ちる。


「その手からの波動は相当強力みたいだな。さっきのブリンクにやったやつだろ? なら、離れてこれを放つまでだ」

「ほう……まだ何か出来るのか……」

「火の神よ……炎の精霊マーズよ……我が刃に炎の力を……正龍の炎よ、我が手により今、解き放たれん! ――龍炎刃りゅうえんじん!」


 今までにない強力な炎が一直線にナイトメアへ放たれる。そのまま黒いオーラもろとも炎が包み込む。そのまま燃え上がるナイトメア。


「どうだ! これがあたいの炎の力だ!」


「ククク……そうか……これがお前の力か」


「なに!?」


 燃え上がる炎の中から声がする。何事もなかったかのように話すナイトメア。やがて紅蓮の炎が黒いオーラと混ざりあい、無傷・・のナイトメアが姿を現す……。


「ククク……楽しませてくれた礼だ。ワシの炎を見せてやろう!」


「ファイリー! 下がってください!」


 背後からリンクが大声で叫ぶ!


「これが本物の炎だ! 煉獄爆炎ヘルズバースト!」


 紅蓮の炎と黒い負の妖気力フェアリーエナジーが混ざりあい、そのままナイトメア前方の全ての空間を覆う。リンクの後ろへ下がろうとしたファイリーを巻き込み、さらには雄也達の居る場所まで全てを覆い尽くした。


 強力な負の妖気力フェアリーエナジーは地獄から炎を呼び起こし、漆黒の炎が周囲全てを焼き尽くす……。空間にあった聖の討伐部隊セイントアドバンスの屍も、死骸も何もかも……。


 雄也達は何も出来ないまま目の前が漆黒の炎で覆われるのを見ていた……。





「つまらぬ余興であったな……」


 やがて漆黒の炎は地獄へと還っていき、灰に覆われた世界が目の前に現れる。


―― 全て灰となり、何も残ってはいまい……。

 ナイトメアはそのまま振り返り、階段を上ろうとする……。


「リ、リンク!」


――!?


―― 今、なぜ背後から声がしたのだ!


 煉獄爆炎ヘルズバーストを受けて、今まで生き残ったものは居ない。それは、紛れもない事実、ナイトメアは確信していた。だが、なぜ今声がした!


「リンク、どうして!」

「へへ、雄也さん……ちょっと無理しちゃいました……」


―― リンク……だと! 蒼眼妖精ブルーアイズか!


 瞬間再び振り返るナイトメア。


 直接炎を受け吹き飛ばされたファイリーと、倒れこむリンク……そして、灰にならずに生き残った人間と妖精が居た。


「ば、馬鹿な! 煉獄爆炎ヘルズバーストを受けてなぜ立って居られる!」


 全員かなりダメージを受けている様子だが、そもそも生身の人間が生きていられる訳がない。


「簡単ですよ……あなたがファイリーさんとの戦いに夢中になっている間、私が結界を張っていましたから。水芭蕉みずばしょうのワルツ。私が今出来る最大の魔法結界です。優斗さんとブリンクさんが動けなかったので、頑張っちゃいました……えへへ」


 雄也に抱きかかえられた状態でリンクが答える。


「そんな……俺達を守って……こんな……」

「俺たち何にも出来てないやん」

「く、くそ……」


「そうか……さすが赤眼妖精レッドアイズ蒼眼妖精ブルーアイズといったところか……甘くみていたよ……そこの赤眼妖精レッドアイズも私の炎を受けて実体を保っている。よくやったと褒めてやるべきだな」


 キン!――


 瀕死の状態で和馬が短剣を投げるが、再び放つ黒いオーラに阻まれる。


「ほほう……人間よ……怒りで動けるか……しかし、満身創痍のようだな。蒼眼妖精ブルーアイズもこれ以上、ワシの攻撃を防ぎきれまい」

「そうですね……残念ながら魔力がつきちゃってます……ショボーンです」

「くそ、これで終わりなのかよ……」

「悔しいやん……」

「どうすれば……」


「苦しまずに死ねるよう今楽にしてやろう……闇へと堕ちよ! 暗黒球シャドーボール!」


 ナイトウィスプが放つ暗黒球シャドーボールよりも何倍もの大きさの漆黒の球がナイトメアより放たれる。雄也達全員を包み込むには充分な大きさだった……。


―― 終わった……。


 そう思い、雄也は思わず目を閉じる……。


「合成魔法! 高位光源弾ハイライトボム!」


――!?


 雄也の背後から巨大な光の弾が放たれ、ナイトメアの漆黒の球とぶつかりあう! 刹那、相反する力が雄也達とナイトメアの間で爆発する!


 「何者だ!」

 

―― 凍氷刃尖矢アイシクルアロー


 ガシャン!――


 突如飛来する氷の矢を腕で軽く払いのけるナイトメア、黒いオーラが一瞬だけ凍りつく。


「その黒いオーラは凍る・・のかな?」

「お嬢様! すぐ回復致します!」

「………………」


 雄也の傍で気を失っているリンクへ回復魔法をかける。


「え? エイトさん……レイア?」


 そう、そこに現れたのはエイトとレイアだった。


「フフフ……ハハハハハ……またもや邪魔が入ったと思ったら人間だと! 面白い! 実に面白い! 何故人間がここに居る! しかも、光妖精ライトフェアリーと合成魔法を放ち、詠唱破棄で氷の矢を畳みかけるなど、貴様、ただの人間ではないな? 名を聞いておこう」


「え……僕の事ですか? 僕は光の国ライトレシアに住むただの人間ですよ。如月エイトと言います。以後、お見知りおきを」


「フン……聞いた事のない名よ。その人間が何しにここへ来た」


「何しにって、この子達を助けに来たんですよ。このまま死んでもらう訳には行かないので」


「戯言よ……。この状況でどうやって逃げ出すというのだ。笑わせる!」


「そうですね……しかし、僕たちが戦っても、今の・・あなたには勝てないでしょう?」


「……何が言いたい?」


「取引をしましょう。私達は貴方が用意したグランドグールをブライティエルフで迎え撃ち、同時にもう一度貴方を倒しに来ます。グランドグールがブライティエルフに到達するであろう一週間後を期限としましょう。貴方は希望が絶望に代わる瞬間が好物なのでしょう? 恐らく今の戦いも遊びでしかない。違いますか?」


「絶望は確かにワシの好物よ。だが……今ワシが待つ理由がどこにある?」


「だって、一週間後には貴方の力を封じる事が出来ると言っているのですよ。見てみたくはないですか? 貴方にとっては非力の存在が、貴方に打ち勝とうとする術が何であるのかを」


「フン、いずれにしてもお前達が滅ぶのには変わりない事よ。まぁいい……ではその力を見せてみろ……だがな……ワシの力を封じるだと……奢るのもいい加減にしろ! 人間風情が!」


 瞬間! 負の妖気力フェアリーエナジーを放つナイトメア。しかし、エイトは動じない。


「一つ、聞いてもいいですか? 二十年前、この光の国ライトレシアにダークドラゴンを召喚したのは……貴方ですか?」


「なぜ、そんな事を聞く……ん? ……その義腕……そうか! 思い出したぞ! あの戦いの先陣にエルフと共に居た……あの凍弓使い・・・・か! ワシは確かにドラゴンの目を通してあの戦いを視て・・いたよ。ククク……まさかあの時……腕を失っただけで生きていたとはのぅ……」


 込み上げる笑いを抑えつつナイトメアが昔を懐かしむ。


「そうですか……それだけ聞けたなら充分ですよ。これで、貴方を止める理由が出来ました」


「奢るなと言っておるであろう! 戯れは終わりだ。散れ! 煉獄爆炎ヘルズバースト!」


 再び放たれる空間を覆い尽くす漆黒の炎。が、次の瞬間!


 キイィィィィィィイイイイイイン――


 エイトが水晶球のようなものを天にかざし、光を放つ。

 刹那、雄也達が光に包まれる。

 漆黒の炎で空間は覆い尽くされ視界は見えなくなる。

 やがて炎が消え、再び視界が見えた時には……


「灰となった……訳ではなさそうだな……」


 雄也達全員の姿がその場から消えていた・・・・・・・・・・のである。


「如月エイトか……覚えておこう……」


 そう呟くと振り返り、再び階段を上っていくナイトメアであった。

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