第7話 契約の証

 ヨシダケイイチはアラタミヤ小学校の一年生だった。

 両親は帰りが遅く、一人遊びが多かった。学校でも友達が少ない。

 家にあるおもちゃで一人遊びをする毎日、おもちゃと会話をする日々……寂しいけど、おもちゃがあれば寂しくない……そう寂しさを紛らわす毎日だった。

 ある日ケイイチは夢を見る。

 自分の持っているおもちゃが音楽を奏で、兵隊がケイイチに敬礼をする。ケイイチはそんなおもちゃの持ち主マスターだった。夢の中でおもちゃといっぱい遊んだ。でも目を醒ますと、動かないおもちゃが目の前にあった。夢なら醒めなければいいのに……そう思っていると、ある日夢の世界で再びそんな動くおもちゃ達に出会えた。目の前には猫が居て……こう告げられる……。


「ずっとここで一緒に遊んでていいんだよ」


 ケイイチはその言葉に一喜一憂した。これで寂しい毎日から解放される――そう思っていたのに……


 おもちゃを壊す人達が目の前に現れた。許せない。僕のおもちゃを壊すなんて!

 ケイイチは怒った。目の前の猫が代わりに怒ってくれた気がした。それでも猫は元に戻った。


「どうして、こんな事するの……どうして僕をいじめるの……?」


 ケイイチの目から涙が零れる。


「――それはね、ここは君が居て・・いい場所じゃないからよ」


 突然後ろから声がかけられる。

 そこには胸の大きなお姉ちゃんと、眼鏡のお兄ちゃんが立っていた。


「誰? お姉ちゃんも……僕もいじめるの……?」

「違うわ、それにさっきの人達も君をいじめていたんじゃないわよ。これを視て・・くれる?」


 そういうとお姉ちゃんと呼ばれたルナティーは目を閉じる。どうやら映像・・をケイイチの意識下へ視せて・・・いるようだった。


「え? ママ? パパ?」


 森、公園、そして、街の中をケイイチのお母さんとお父さんが懸命に探している。警察の格好をした人もいっぱい居た。


『ケイイチー! ケイイチー! ごめんねーケイイチー! どこなのーー?』

『ケイイチー! パパが悪かった! 帰って来てくれ!』

「パパ! ママ!」


 その瞬間ケイイチは声をあげて泣いた……。


「夢の世界はあくまで夢の世界……夢みる事はとてもいい事だけど、ずっと居ていい場所じゃないのよ。パパとママのところに帰りたい?」

「えぐっ……えぐっ……うん……帰りたい!」

「君の意思……受け取ったわ……では夢妖精ドリームフェアリー、ルナティ・ミネルバの名に於いて、貴方を現実世界へと送り届けましょう。目覚めの口づけアウェイクキッス!」


 ルナティがケイイチの額に口づけをした瞬間!

 ケイイチの身体が光り始めたのである。


「ありがとう……お姉ちゃん……お兄ちゃん……」

「いや、俺なにもしてないけどね……ははは」苦笑いの優斗。


「これからはおもちゃで遊ぶのは家だけにするのよ」

「うん、またねー」


 ケイイチの身体は消えていった……。


「任務完了ー、さぁ、そのまま夢渡りで移動するわよー」

「あれ? 目の前の雄也のところに行くんじゃ……?」


「目の前じゃないわよ、今私達が居るここ・・はさっきの少年ケイイチ君の夢の中……つまりケイイチ君が完全に目を醒ましちゃうとこの空間は無くなるの。優斗、あなたもう一度ドンブラコードンブラコーって夢の回廊を漂いたくはないでしょう?」

「それは勘弁して下さい」


「この国が解放される事であなたも人間界―現実世界に戻れるわ。一旦私の庭ドリームロッジに戻りましょう。今後の事・・・・もあるし」

「え、ああ、さっきのロッジに戻るのね。わかった」


 リンクと雄也は目の前に居るように見えるのだが、ここは別空間であり、つまり雄也達には今のケイイチを夢から解放した光景は視えて・・・いなかったらしい。夢妖精ドリームフェアリーの力って何気に凄い力なのね……と感心する優斗なのであった……。





「あ、始まったみたい」


 リンクが子供の様子を見ると、子供の身体が光を放ち始めた。


「え? これ大丈夫なの?」驚く雄也。


「ええ、これは夢妖精ドリームフェアリーの力、負の妖気力からあの子が解放された証拠よ。ほら、見て」


 目の前を見ると、男の子が光を放ち始めると同時に聖なる蜀台も光を放ち始めた。そして、そのまま男の子は光と共に消えてしまった。


「ええ!? き、消えたよ!?」


 男の子の居た場所に青く綺麗なクリスタルのような宝石と、水晶のような塊が落ちていた。


「あ、大丈夫ですよー。子供は無事に目を覚ましただけですから。それより、これはお母様が捜していた宝石ね。それからこれは……凄い! 夢の欠片ドリームピースだわ。雄也さん見てください! これ凄いですよー」

「ど、どりーむぴーす?」

「はいー、人間の夢みる力ドリーマーパワーの源そのものを結集させた水晶です。持って帰ってお母様に見せましょう。きっと何かわかるかもしれないですー」


――あれだよね、魔物倒した時にドロップしたアイテムみたいなもんだよね。魔物が落としたんじゃなくて子供・・が落としたけどさ。


「とりあえず、凄いって事だよね……何にせよ、子供が助かったのならよかったよ」





 かくして、聖なる蜀台は光を放ち始め、水の国は無事に解放されたのであった。

 水晶エレナの塔を出ると、そこにはそわそわした顔のレイアが出迎えてくれた!


「お嬢様! 雄也様! 心配しましたよ! でも、よかった! 無事に負の妖気力からも解放されたようですね!」

「はいー、雄也さんのお陰ですよー、雄也さん大活躍でしたよー」


 まんまるの蒼色の瞳ブルーアイズをキラキラさせながら興奮気味のリンク。


「いやいや、リンクも凄かったし。俺は大した事してないよ」

「まぁ、塔攻略でますます絆を深められたようですね。――メイドという立場にありながら私も嫉妬してしまいますね」

「え、レイア、何か言った?」


 レイアの後半の呟きはリンクには聞こえなかったようだ。


「いえ、何も……早く水の都アクアエレナへ帰りますよ。皆がお二人の帰りを待ちわびているはずです」

「うん、そうだね。じゃあ帰ろう! おいでーくまごろうーーー」


「にゃああああああああーーくまーー」


「さぁ、一緒に帰るよーくまごろうー」

「お待たせくまーーみんなが不足していた癒しを提供するくまごろうの登場くまーーにゃああああああーーくまーー」


 説明するまでもなく、むささび熊であるくまごろうの身体が大きくなり、そして、その毛並みと肉厚はそのままに、平べったく布団のサイズほどに広がった。


「やっぱりこの展開か……」がっくりうなだれる雄也……。


 この後雄也は、本日二回目である、決して快適とは言えない一時間における『くまごろうジェットコースター』を体感するのであった。





「雄也殿、ありがとうございました。貴方のお陰でこの国は救われました。民衆を代表して御礼申し上げます」


 女王直々にお礼を言われる。


「い、いえ……俺は別になにも……」


 改まったシーンだとついつい緊張してしまう雄也。


「緊張しなくていいんだよー雄也さん。雄也さんはこの国の勇者なんだから」

「いや……勇者……って、そんな器じゃないし」雄也が照れていると、


「はいお嬢様、それは言い過ぎです」


 レイアがバッサリ切り捨てた。


「そんな事ないよーレイアー」とフォローを入れるリンク。


「いずれにしてもこの国が救われたのは事実、雄也殿もこれで安心して人間界に戻れるでしょう」


 あ、そうか……エレナ王妃にそう言われて初めて気づく……元の世界に帰れるって事なんだよね。


「お別れは寂しいですけど、何かあったら遊びに来て下さい!」


―― え? 遊びに来れるの?


「はい、そんな毎日来られても困りますが、あの水霊の森と神社、そしてその水鈴を身につけている限り条件が揃えばこちらには来る事は可能ですよ、雄也様」とレイアが補足してくれた。


「何かあればあの森に行けばいいって事ね?」

「うん、いつでも遊びに来てー。妖精界フェアリーアースに来た時点でその水鈴と私は繋がってるから会話も出来るよー。えっと雄也さんの世界の言葉だと……あ、二十四時間通話無料だよーー」


―― 確かにそれは便利だね。二十四時間ずっと話す事はなかなかないとは思うけどね。あ、でもどうやって帰ればいいんだ?


「この世界は人間である貴方にとって、夢でも現実でもある。虚構であり、真実……。分かりやすく言えば、貴方が最初に来たベットで寝る事で元の世界へ帰れます」


 前半と後半との表現のギャップが凄い王妃。


「え、そうなんですか? こうなんかうねうねした空間に飛び込んだりするのを想像していました」


 人間界のゲームにあるイメージをそのまま伝える。


「それはよくわからないけど……また会えるのを楽しみにしてるね、雄也さん!」


 と満面の笑顔のリンク。またいつでも会えそうな気がする……そう思う雄也であった。





「この指輪、趣味じゃないんだけど……?」

「文句言わないの、それの指輪が私と貴方の契約の『あ・か・し』なんだから」


 優斗はあの後、愛の指輪セクシングリングというハートの宝石がついた小指指輪ピンキーリングを無理矢理つけさせられていた。


「それがあれば妖精界こっちのせかいで私と会話し放題よー。離れていてもずっと一緒よ、ユ・ウ・ト(はぁと)」

「いや……そういうのいいから……」


「まぁいいわ、恐らく貴方と私は近いうちにまた会えそうだしね」

「え? この問題って解決したんじゃないの?」


「そうね、水の国は解放されたようね、これで貴方も帰れるわ。あとは妖精界フェアリーアースの問題といえば問題ね」

「それってどういう……」


「まぁ、そのうち分かるわよ……じゃあまたね優斗」

 そう言うと優斗の目の前をルナティーの手のひらが隠す。



 その瞬間、優斗は気を失った ―― 

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