4ー3

 村井先輩と会った次の日から、孝太くんの特訓が始まった。

 朝練は水やり当番の子たちと同じ時間に来て、ふたりでひたすら合わせる練習。

 そのかいあってか紫姫ちゃんは、三日のうちに孝太くんのパートをたたけるようになっていた。

 孝太くんは、紫姫ちゃんのサポートのおかげもあって、前よりやりやすそう。まだ少し不安定ではあるけれど、ゆっくりのペースなら、だんだんリズムもたたけるようになってきた。

 でも、「たぬきおやじたぬきおやじ」ってブツブツ言いながら練習している光景は、ちょっと笑っちゃうかな。


 そしてついに、紫姫ちゃんの苦労の成果があらわれるときがきた。

 次の週の土曜日の合奏のことだ。


 曲の最初から先生が指揮棒をふりおろす。

 いつも、指揮より遅れて、ばらりばらりとなんだかよくわからないリズムが聞こえてくるところだけれど、今日は違った。


 タッカタッカタタタ タッカタッカタタタ タッカタッカタタタ ……


 少したどたどしいけれど、なんとかわかるその太鼓の音は、村井さんに「わっせわっせありさ」と名付けられた、あのリズムである。(これ、思い出すたびにちょっと恥ずかしいのですが!)


 すると、華蓮ちゃんの担当するソロコルネットのメロディが、ちゃんとしたタイミングで入ってきた。

 ——曲が続いてる! 合奏になってるよ!


 わたしは心の中で、ガッツポーズをした。 


「パーカッション、もっとアクセント効かせて」

 という先生の指示に、

「はい!」

 と返事をする孝太くんの声には、いつもより元気があるように感じた。

 それから、先生は言った。

「ドラムがおやすみのところ、藤本さんも、孝太くんのパートのサポートをやろうか。ふたりで、動きをぴったり合わせてね。そのほうが、孝太くんも安心でしょう」

 おどろくべきことに、村井先輩の言った通りになった。

 予知までしちゃうなんて、本当に仙人みたい。

 紫姫ちゃんと孝太くんは、一瞬顔を見合わせてから、同時に「はい!」って返事した。


「いつも参考にしてる『ドラムの達人』の参考動画みたいに、孝太に、わたしの動きをまねしてもらうようにしたんだ」

 と紫姫ちゃん。

「向かい合って、同じ動きをひたすらまねする。孝太が右利きだから、全部たたく手を左からはじめなきゃいけなかったんだけど、それで、なんとかふたりがそろうようになってきたよ」

「紫姫が鏡になるってことね。考えたじゃない」

 華蓮ちゃんも、感心したようにうなずく。東阪くんはぼそっと、

「紫姫にしては」

「光、一言多いっ!」

「まぁ、でも、今回はやっちゃんに相談に乗ってもらえたおかげだよ。華蓮も、アイディアくれて、ありがとね」

「何言ってるのよ。最終的に、がんばったのは紫姫でしょ」

「うーん、後輩に教えるってことにたいしては、正直、力不足だったよ。わたし、孝太につい、きつく当たったりしちゃったし……」

 いつも前向きな紫姫ちゃんが、弱音を吐くなんて。孝太くんにしてあげられることを、自分ではなかなか思いつかなくて、よっぽど不安だったんだろうな。

「紫姫ちゃん」

 わたしは思わず、呼びかけていた。

「紫姫ちゃんが、孝太くんのためにいろいろ考えていたの、ほんとに先輩って感じで、かっこよかったよ。それにわたし、思ったんだけど……」

 一瞬、言おうか迷った。だって、新参者のわたしに、えらそうなことは言えないから。特に、パーカッションのことなんて、一ミリもわからないし。だけど——。

「きっとこれまでの先輩たちも、自分たちで練習のやり方を工夫して、後輩に伝えていったんだと思う。村井先輩から教わってきた、今の紫姫ちゃんみたいに。だからね、うーん、うまく言えないけど、紫姫ちゃんはじゅうぶん、すごいんだよ」

「ありがとう、ありさ〜〜!」

 紫姫ちゃんは、わたしにばっと抱きついてきた。



 ✳︎♪✳︎♪✳︎♪✳︎♪✳︎♪✳︎♪✳︎♪✳︎



 『後輩』といえば、わたしのいるコルネットパートにも、後輩がいる。

 四年生が一人に、三年生が三人。みんな女の子。

 声が大きくておしゃべりな静音しずねちゃん。

 おしゃれな佳奈恵かなえちゃん。

 ゲームが得意な美桜みおちゃん。

 そして、あまえんぼうではずかしがりやのめいちゃん。

 よそから来たわたしとも、気がねなく接してくれる。

 みんなとうまくやっていけるかどうか、ちょっと不安だったから、コルネットの子たちがみんないい子で本当によかった。

 普段は上下関係はそんなに意識していない。

 前の学校では、学年をこえて遊んだりすることはあまりなかったし、上級生には敬語を使う風潮があったから、みんながわけへだてなく友だちみたいにお話しすることに、最初は違和感があった。だけど、ここでは普通のこと。


「華蓮ちゃんのバラ、もうすぐ咲きそうだね」

 音楽庭でパート練習をしているとき、わたしは華蓮ちゃんの鉢植えにつぼみが二つついているのを見つけた。

 上級生はほとんど自分の手で、好きなイングリッシュローズ を育てている。まだ咲いているのはないけれど、華蓮ちゃんのがいちばん先につぼみをつけたのだ。

「赤いバラなんだよね」

「病気にならずに育ってよかったね」

「きれいに咲くといいね」

 下級生のみんなが口々に言う。

「トーゼンでしょ。華蓮の音を毎日聴かせて、愛情を注いだバラだもん」

 自信を込めて、華蓮ちゃんは答えた。


「さーて、パート練習始めるよー」

 みんなにそう呼びかける華蓮ちゃん。練習のときは、パートリーダーとして、しっかりとまとめ役をつとめる。

「「はーい」」

 練習は真面目に、休憩は楽しく、それがうちのパートのモットー。


 練習中の『ゲールフォース』のコルネットは、速いテンポで軽やかにメロディを吹くことが求められていて、それなりの技術が必要だ。だから、みんなそれぞれなやんだり、考えたりしている。


 だけど、この仲良しパートなら、どんな試練も乗り越えられる。

 そんなふうに思う。

 今の練習メニューは、先生の指示をもとに、先輩たちがいろいろと考えて組んだものなんだ。

 パートはちがうけれど、このまえの村井先輩、紫姫ちゃん、孝太くんみたいに。

 わたしの知らない先輩たちから、今は華蓮ちゃんが中心となって。

 工夫してつなげてきた練習のバトンを受け取って——。

 そうやって花小ブラスのサウンドを、わたしたちも受け継いでいかなくちゃね。


 

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