5ー2

 遠足の日はブラバンの練習もお休みだったから、わたしと華蓮ちゃんはそのまま、紫姫ちゃんのおうちに遊びに行くことになった。


「で? なんで光も来るの」

 バスを降りて、解散してから、東阪くんも当然の流れのようにいっしょに歩いている。

「ダメなら帰る」

 すると華蓮ちゃんがすばやく答えた。

「ダメじゃないよ! うん、全然いいよ! ね、ありさもいいと思うよね」

 わたしは突然、話をふられてドキッとしてしまい、

「え、あ、うん」

 とか、あいまいにうなずくことしか、できなかった。

 でも華蓮ちゃんの恋の話を聞いた今ならわかる。華蓮ちゃんは東阪くんがいっしょに来てくれてうれしいんだ。


 はあー。そっかぁ……。

 知ってしまうと、わたしまでハラハラドキドキしちゃうものなんだね。


 紫姫ちゃんのおうちに向かう途中の道で、初めておじゃまするわたしのために、みんなが紫姫ちゃんのおうちの話をしてくれていた。

「野菜の収穫しゅうかくもたまに手伝ってるよ。将来は、農家の人を助ける仕事がしたいんだ」

 紫姫ちゃん、そんな将来のこと考えてるんだね。えらいなあ。

「こう見えて、目標だけは高く持つのよね、紫姫は」

「だけとはなんだ、だけとは! 『目標』を達成するための『方法』もちゃんと考えてるよ!」

「あ、それ鈴鹿先生がよく言うやつ」

 「『目標』を達成するための『方法』を考えなさい」ってやつね。

「光は将来、プロになりたいの?」

 華蓮ちゃんが聞いた。

 ——ん?

 プロって? もしかして、ユーフォニアムの? 

 その発想は全然、考えたことがなかったけれど……なにそれ、すっごくかっこいい!

 でも、東阪くんは鼻で笑うだけだった。

「は? そんなん無理だろ。プロになれるのは限られたごく一部。才能と環境と運に恵まれたやつだけだよ」

「光もじゅうぶん才能あると思うよ!」

 華蓮ちゃんが心をこめて言う言葉を、

「おれは無理。夢なんて、持つだけムダ」

 きっぱりと切り捨てる。そんなにムダかなぁ。わたしは、別に具体的な『夢』があるわけではないけれど、そんなふうに言い切られてしまうと、なんだか悲しい。

 でもとなりで、

「ムダじゃないよ! やってみなくちゃ、未来のことはわからないでしょー? 夢を見るのは自由。でも夢を見なければ、何も始まらないよ!」

 と、紫姫ちゃんが力強く言ってくれた。華蓮ちゃんも、

「そうそう!」

 と全力でうなずく。

「紫姫もたまにはいいこと言うじゃない!」

「たまにはじゃないよ! いつもだよ!」

 東阪くんは、もりあがる二人を横目に、あきれたようなため息をついていた。



「あらみんな、いらっしゃい」

 紫姫ちゃんのお家は、広い畑とお庭の中に立つ、むかしながらの和風な一軒家だった。

 笑顔でむかえてくれた紫姫ちゃんのママは、紫姫ちゃんに似ていて、でももっと髪が短かった。

「初めまして、久川ありさと申します。紫姫ちゃんには、いつもお世話になっております。今日はお約束もせず、急に来てしまい、しかも手ぶらですみません……」

 ていねいに頭を下げ、ごあいさつすると、紫姫ちゃんのママはびっくりしたような顔をした。

「まあ、すごくしっかりしてるのね、さすが、おじょうさまはちがうわぁ。そんなの気をつかわなくていいのよ、さあさあ、上がってって」

「おじゃまします」

「ありさ、転校初日のあいさつも大人の人みたいだったもんね。みんな引いてたわよ」

 華蓮ちゃんがとなりでクスクス笑った。

「えっ、えぇ……そう?」

 あれはなんというか、形ばかりのごあいさつでしたけれど?

 ああ、だからみんな、わたしが自己紹介したとき、あんな奇妙なものを見るような表情をしていたのね。やっと今、に落ちたよ……。


 広いたたみの部屋で、みんなで、紫姫ちゃんのママに出してもらったみかんジュースを飲んだ。

 すごーくすっぱいのがつめこまれたみたいな、こい味がした。

 紫姫ちゃんのママは、初対面のわたしにも、気さくに話しかけてくれる。

「紫姫が毎日ありさちゃんのこと話すから、おばちゃんすっかり覚えちゃったわよ。ピアノが得意なんだって?」

 えっ、ちょっと紫姫ちゃん、わたしのピアノ、聴いたこともないはずなのに!

「いえ、得意というわけでは——」

 ないんですけど。

「それに頭もすごくいいって」

「いえ、そんなことは」

「漢字テスト、クラスでトップなんだよ!」

 紫姫ちゃんがすかさず口を出してくる。

「漢字は、六年生までのをすでに習ってしまっているから……」

「算数のドリルやるのもいちばん早いし!」

「それは……前の学校で毎日、計算のタイムをはかっていたからで……」

「英語の発音もいいし」

「え、ええと、それは……英会話も習っていたから……」

 わたしが言い訳をいろいろとひねり出していると、

「ありさって、なんで引っ越してきたの? 前の学校、すごくムズカシイ試験にうかって入ったんでしょ?」

 横で聞いていた華蓮ちゃんが聞いてきた。

 そうだよね。

 ギモンに思われて当然なんだ。

 わたしは答えにつまってしまった。

 なぜならそれを言うと、ママとかうちの家族のことも、話さなきゃいけなくなっちゃうから……。

「あ、言いたくないことなら、無理に言わなくていいよ」

 紫姫ちゃんが、気をきかせて優しく言ってくれた。

「うーん、言いたくないわけじゃないんだけど……」

 言っていいかどうか、自分だけでは判断できないんだよね——。

「どうでもいい」

 と突然、不機嫌な声がした。東阪くんだ。そう言えばこの人いたんだった。また気配消してたね。

「転校生の身の上話とか、どうでもいいから」

 もう一度、心底興味なさそうに言ってから、

「みかんジュースおかわり。おばちゃん、これ美味しいね」

 って、紫姫ちゃんのママに言った。

「たしかに〜! これ、おうちでしぼったの?」

 華蓮ちゃんも、ジュースのことを聞き始めた。

「そうなのよ、ちょっとすっぱいかしら」

「甘いのよりいいよ」

 東阪くんが何かをほめるとはめずらしい。

 しかも、わたしたちには絶対に見せないようなやわらかな微笑みすら浮かべて、だよ?

 めずらしいにもほどがある。

 大人の人は、特別なのかな。

 でも、そのおかげでわたしは質問に答える必要はなくなったみたい。ほっ。

「そうー? ほんとー? うれしい! 光くんならわかってくれるって信じてたー!」

 紫姫ちゃんのママは東阪くんに対し、やたらと笑顔だ。

 東阪くんも、ふだんは別に、礼儀正しいほうじゃないのに、大人のあつかいをこころえているかんじ。

 もしかして、歳上の女の人にモテるとか?

 うーん、たしかに、アイドル級のイケメンではあるから、わからなくもないけど……。

 華蓮ちゃん、意外とライバルはこっちかもだよ。

 なーんて、おせっかいだけれど。

「そういえば、みんなもうすぐ、ガーデンコンサートよね。おばちゃん、今年も見にいくからね。楽しみだわぁ」

 そうか、授業参観の日だから、お母さんたち見に来るんだね。うちのママも来てくれるかな。

「いちいち来なくていいよ〜」

 紫姫ちゃんはそう言って、かるくあしらっていた。

 東阪くんは、だまってジュースを飲んでいた。



 ✳︎♪✳︎♪✳︎♪✳︎♪✳︎♪✳︎♪✳︎♪✳︎♪✳︎♪✳︎



 次の日の朝練のとき。

 音楽庭に咲くオレンジのバラ『エマ』のところで音出しをしていると、鈴鹿先生が、コルネットパートのみんなを音楽室の中に集めた。


「今日から、中間部ちゅうかんぶを練習しようと思うんだけど、みんな、ためしにちょっとちがう楽器を吹いてほしいんだ。ここは、今までみんなで吹いていたのが、だんだん静かになって、ひとりでソロを吹く場面なんだけれどね」


 『ゲールフォース』は、異なる三つのメロディで一曲が構成されている。

 今まで練習してきたのは、最初のメロディ。三拍子のリズムで、太鼓が目立つ。

 ここから練習するのは、二つ目のメロディ。パーカッションや他の伴奏が、一気にしずまりかえった中で、ゆったりとしたソロが響く。

 この部分を、鈴鹿先生は『中間部』って呼んでいる。


 先生からわたされた楽譜には、今までとは違うパートの名前がしるされていた。


 ——『Flugel horn』


(また、読めない英語)

 みんなといっしょに、わたしが首をかしげていると、先生はさわやかな笑顔で、こう言ったんだ。


「フリューゲルホルンっていう楽器なんよ。みんな、聞いたことはあるでしょ? このの中から、中間部でのメロディを吹いてもらう人を決めようと思います」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます