6ー2

 東阪くんの提案は、こうだ。


 『吟遊詩人の少年』のソロは、ガーデンコンサートの一週間前まで、毎合奏ごとに、わたしと華蓮ちゃんが交代で吹く。

 その演奏と、毎回の上達具合を、みんなにきちんと聞いていてもらう。

 コンサートの直前の土曜日に、ガーデンコンサートでフリューゲルパートを吹くのは、どちらが良いと思うか、部員全員に投票してもらって、本番で吹く人を決定する。

 みんなで決める——それならきっと、華蓮ちゃんだってどんな結果になっても納得するだろう。

 さらに、伴奏をつとめる他のメンバーも、メロディであるフリューゲルの音をきちんと聞くようになり、集中して合奏に取り組むから、一石二鳥というわけだ。

 さらにさらに、一発勝負のテストではないから、緊張して実力が発揮できない、という心配はなくなる。わたしにとっては、これがいちばんありがたい。


 わたしは勇気をふりしぼって、次の日の休み時間に、先生にこの提案を伝えてみた。

 そうしたら、今度は先生も納得してくれて、

「みんなには、次の合奏のとき僕から話すね」

 と言ってくれた。


「――どうかな、みんな」

 と、説明を終えた先生はにこやかにたずねた。

「いいと思います」

 真っ先に賛成したのは、部長の真彩ちゃんだった。

 続く華蓮ちゃんの、

「そうしたいです」

 という返事にも迷いがなく、確固たる自信をかんじた。


 華蓮ちゃんやみんなにとっては、これでいいのかもしれないけれど、わたしにとってはきついことばっかりだ。

 だって、まだまだフリューゲルは思うように吹けないし、華蓮ちゃんともあれからずっと、ぎくしゃくしてしまっている、その解決にはならないのだから。

 本音を言えば、いいことなんて、なんにもない。

 だけどみんながそのほうがいいなら、そうしなきゃならない……よね。

 うん、よし。

 気合いを入れ直して、精一杯がんばります。


「決まりだね。じゃ、まずは中間部、最初から通しで」


 今日の合奏では、ソロは華蓮ちゃんが吹くことになった。

 つまり明日の合奏はわたし。

 華蓮ちゃんは、わたしが苦労している高い音も、強く、難なく出すことができていた。

 口に出しては言わないけど、わたしが失敗するぐらいなら、華蓮ちゃんが吹くほうが良いと思う。



 ✳︎♪✳︎♪✳︎♪✳︎♪✳︎♪✳︎♪✳︎♪✳︎♪✳︎



 不安な気持ちを抱えたまま、あっという間にフリューゲルパートを決定する日がやって来た。

 この前先生の前で吹いたときより、少しでもマシに吹けるように、わたしも今日まで必死に合奏に取り組んできた。

 だけど……。

 フリューゲルホルンって、コルネットよりも息がもっと必要みたい。

 楽器全体にあったかい空気を送らないと、いい音で鳴らない。

 天使の翼って、飛べそうにふわふわしているはずなのに、わたしの音は、なまりのように重苦しい。

 華蓮ちゃんは、今日も朝早くから軽やかな高音を音楽庭に飛ばす。

 目の前に置かれた華蓮ちゃんの植木鉢には、きれいな真紅のバラが三つも咲いていた。

「華蓮ちゃんのバラ、きれいだね」

 明ちゃんが感動している。


 花小ブラスに入ったばかりなのに、華蓮ちゃんと同じパートを練習しているわたしのことを、ほかのみんなはどう思っているのだろう。

 明ちゃんなんて、「自分のほうがうまく吹ける」って思っていたりしたら、どうしよう。

 それでもわたしが上級生だから、気をつかっているとしたら、申し訳ない。

 そんなことを考えると、なんとなく、コルネットの子たちに対しても遠慮してしまう。

 みんないい子だから、変わらず接してくれているけど……。

 それでもどこかで、ひとりぼっちの感覚がする。

 こんなことになるぐらいなら、先生、はじめから華蓮ちゃんを指名してくれればよかったのに。

 どうして、先生は、わたしにフリューゲルを吹くように言ったのだろう。

 先生に反抗するのはまちがってるとはわかりつつも、うらめしい気持ちを抱かざるを得なかった。


 最後の合奏では、わたしと華蓮ちゃんのふたりが交代でフリューゲルを吹いた。

「久川さん、怖がらずに思い切って音を飛ばそう」

「野上さんは優しい音でね」

 先生はそのたびにいろいろアドバイスをくれる。

 みんなはそのちがいを、真剣に聴いてくれていた。


 そして先生は、ついにその日の最後に、みんなを見渡して聞いた。


「それでは、今日までみんなに演奏を聞いてもらってきたので、これで野上さんと久川さんと、どちらがフリューゲルホルンを吹くべきか、決めたいと思います。この『ゲールフォース』という曲を、みんなで作り上げるにあたって、より『良い』と思ったほうに、手をあげるんよ? いい?」


 その表情は、いつになく真剣。


 みんなも神妙な面持ちで、「はい」とそろった返事をする。


「オッケー、じゃあみんな、目をつぶって——」


 わたしたちは全員、その場で目をつぶって顔を伏せた。

 ああ、これで本当に決まっちゃうんだ。

 でも、いいよね。

 どんな結果になるのかは、わかりきっているはずなのに、心臓がやたらと大騒ぎを始める。

 落ち着いて、ありさ。

 言い聞かせるけれど、静まってくれない。

 いまさら何を期待しているっていうのだろう。


「野上さんのフリューゲルが良いと思った人」


 静まり返った音楽室に耳をそばだてると、周りの子たちの、腕を上げるときの衣ずれの音が、聞こえる気がした。


「久川さんのフリューゲルが良いと思った人」


 先生が、ホワイトボード(音楽室には黒板がなくて、授業や練習のときは、移動式のキャスターがついた、五線譜の書いてあるホワイトボードを使っているのだ)に、『正』の字を書く音がキュッキュッと響いた。


 目をあげるまではドキドキしていたけれど、見れば結果はあっけないもので。


 華蓮ちゃん、14票 ――『正』の字は完全なものが二つ四画目までのがひとつ。

 わたし、2票 ――『正』の字はひとつも完成しない。


 ホワイトボードに書くまでもないじゃないか、と笑えてくるほど一目瞭然いちもくりょうぜんだった。


「と、いうことで……フリューゲルパートは、野上さんに吹いてもらいます」


「はいっ!」

 華蓮ちゃんは、涼やかな声で気持ちの良い返事をした。


 ——うん。

 これで良かったんだ。

 わたしはひたすらに、そう自分に言い聞かせていた……。


 「ありさ」

 練習の終わり。音楽室を出ようとした扉のところで、後ろから華蓮ちゃんが、思い切ったように話しかけてきた。ドキッとして、わたしはふりかえった。

 五年生の中でも背が小さい華蓮ちゃん。ちょっと上目遣いになっている。

「ごめんね、華蓮、今までありさにきついこと言っちゃってたかも。でも、でもね」

 華蓮ちゃんは、恥ずかしそうに顔を赤くしている。フリューゲル、吹けるって決まったときは、あんなに自信に満ちた顔をしていたのに。

「なあに、華蓮ちゃん」

 ちょっと聞くのが怖かったけれど、うながすように、わたしは言った。

「ありさのこと嫌いになったとかじゃないんだからね! ほんとだよ!」


 ……そうだよね。

 華蓮ちゃんは、フリューゲルホルンを吹きたいって、その一心だったんだよね。


「だから、だからね、ありさも華蓮のこと嫌いにならないでね!」

 もちろんだ。むしろそれはこっちのセリフ。

「ならないならない。大丈夫だよ」

 わたしは笑顔を作った。それから言った。

「フリューゲル、がんばってね」

「うん、ありがと!」

 華蓮ちゃんは、ぱっと顔をかがやかせた。

 だけど——。

 その笑顔を見たとき、わたしは自分の胸の中に、モヤモヤが残っていることに気づいてしまった。

 華蓮ちゃんと仲直りできてほっとしているし、うれしいはずなのに、どうしてか、まだ気持ちが晴れない。


 どうしてだろう?

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