4-2

 村井先輩と紫姫ちゃんが目指しているのは、ゲームコーナー。

 ここで『ドラムの達人』というリズムゲームに興じるのも、今日の目的の一つ。

 花小の子たちのあいだでは、ショッピングモールといえばこれをやらずして帰れない、とさえ言われるほど流行っているらしく。

 紫姫ちゃんは、この『ドラムの達人』でフルコンボ対決することを条件に、先輩に会う約束を取り付けたのだ。

「そう言えば、花小、吹フェス出るんだって? 初めての学校外でのコンサートだね。すごいじゃん」

 まっすぐ『ドラ達』に向かいながら、村井先輩が言った。

 もう中学校の人たちにも、知られているんだ。

「そうなんだよ」

 と紫姫ちゃんがため息まじりにいう。

「なんか先生、初出場なのにめちゃくちゃ難しい曲持って来ちゃって、みんな困ってるの」

 すると、村井先輩はふいにたずねてきた。

「しーちゃん、わたしに相談がある、ってそのことかな?」

「う、うん」

 紫姫ちゃんが姿勢を正す。

「そっかそっかぁ〜」

 ゲーム機の前に立って、ゆっくりとした手つきで一枚一枚コインを入れると、村井先輩は紫姫ちゃんにこやかな顔を向けて、こう宣言した。


「この対戦で、わたしに勝ったら、相談に乗ってあげる。孝太を上達させるためのいい方法を、教えてあげるよん」


 そして迷わず、最高難度『鬼』の曲を選択するのだった——。


 え、ええーっ! いきなり最高難度ですか⁉︎


 と、おどろいたのもつかの間。曲のイントロが始まると同時に、村井さんのスイッチが入った。

 先ほどまでのほんわかとした空気が一変して、ひとみに静かな闘志とうしが宿る。集中力が一気に高められているのがわかった。

 その姿は夜叉やしゃというよりは、修行を積んだ、まさに達人。いや、もはや仙人せんにん、と言ったほうが良いのではないでしょうか。

 か細いうでから放たれる強力な一撃一撃が、太鼓の面を軽やかに打ち、確実なタイミングでコンボを出していく。

 でも、紫姫ちゃんだって負けてはいない。

 何回も練習を積んだのだろう。鬼レベルをあぶなげなくクリアできるようにまで、その腕前はきわめられていた。

 ドキドキしながら、村井先輩VS紫姫ちゃんの対決を見守っていたんだけど、そのうちに、視界に人の姿がチラチラ映るようになってることに気がついた。

 ふと、周りを見ると、な、なんと!

 しだいに、村井さんと紫姫ちゃんの周りに人だかりができ始めているではありませんか!

「ええ〜っ!」

 わたしは思わず目をみはる。

 みなさん、この二人の『ドラ達』対決の行く末が遠目から気になって、のぞきに来られたのでしょうか。

 二人がフルコンボの記録をたたきだすたびに、「おお〜っ!」と歓声が上がる。


 しばらく白熱した対戦がつづいたけれど——。

 だんだん紫姫ちゃんのほうに、プレッシャーからくる緊張とつかれが見え始め——ついに。


「やったー! 全曲フルコンボ!」

「ひぇえっ、おっしい!」

 結局、紫姫ちゃんが最後に二回だけ失敗して、村井先輩の勝利に終わっちゃった。

 だけど二人ともプロゲーマー並みの技術を持っていることは、明らかだ。カミワザを目の当たりにして、

「二人とも、すごいです」

 観戦していたみなさんと一緒に、わたしも二人に心からの拍手を送った。

 村井先輩は、ギャラリーの人たちに「どもども〜」と頭を下げながら、愛想よく笑顔をふりまいていた。

 紫姫ちゃんは、わたしのそばにきて、くやしそうに肩をおとした。

「……やっぱりやっちゃんには勝てないなぁ」

「紫姫ちゃんも、すっごくかっこよかったよ」

 ちょっと感動すらおぼえたもの。

「相談、乗ってもらいたかったなぁ……」

 わたしも同じ気持ちだよ。

 先輩は強すぎるよ。

 こんなに接戦だっただけでも、すごいと思うのに……。

 

 観戦の人たちが解散すると、先輩は紫姫ちゃんの頭をぽんぽんと軽くたたいた。


「おつかれさま、しーちゃん」

「うん」

 紫姫ちゃんは顔をくもらせる。

「はい、ざんねん賞。トクベツに相談聞いてあげるよ」

「ほんと⁉︎」

 そのひとことに、しずんでいた紫姫ちゃんの表情が、ぱっとかがやき出した。

「こうみえて、八千代さまは慈悲じひ深いのだ。うふふっ」


 ——この人もしかして、人をからかって楽しんでいるだけなのでは……?


 横で見ていたわたしの脳裏のうりを、そんなギワクがよぎったけれど、とにかくこれで、ひと安心だね。


 フードコードに移動して、ちょっとおそめのお昼休憩をすることにした。

 村井先輩はハンバーガーを食べながら、紫姫ちゃんの持ってきた音楽プレイヤーで「ゲールフォース」の音源を聴いて、紫姫ちゃんの持ってきた楽譜を、ぼーっと眺めていた。

「パーカッション、難しくない?」

「う〜〜ん、もぐもぐ……そうだねぇ〜……」

 もぐもぐする先輩からは、さっきまでの気迫は感じられない。もう、達人モードじゃないんですね。(食べるのもいちばん遅いし。)

 紫姫ちゃんが、不安げな声をもらした。

「先生本当に、この曲をわたしたちが演奏できると思ってるのかな?」

「できるんじゃない?」

 意外なことに、先輩は即答。

 紫姫ちゃんもわたしも、おどろいて村井さんを見た。

「前半は、コルネットのメロディが多いよね。華蓮の得意な華やかなかんじ。上手な明ちゃんもいるし、高音も心配なし。真彩のいるトロンボーンも、去年からメンバーが変わっていなくて安定しているし。それに後半のユーフォニアムも、光なら上手くやれそう。花小ブラスのサウンドには、あってるような気がするよ、この曲」

 部員みんなのことをよく知っている村井先輩ならではの、冷静かつ的確な分析。でもその中で先輩が発した、

「中間部のフリューゲル、誰が吹くんだろう」

 という小さなつぶやきを、わたしは聞き逃さずにはっとした。

 ただ、その話は、

「あーあー、パーカスにやっちゃんがいればなぁ」

 と紫姫ちゃんが大げさなため息をついたことによって、かき消されてしまったのだけれど。

「こらぁー。そういうこと言っちゃダ・メ・だ・よん」

 紫姫ちゃんは、先輩にかるくデコピンされた。口調はやんわりと、なのに、妙に圧力を感じる。やはりこの人、タダモノならぬ雰囲気。

 村井先輩みたいなすごい人がいてくれたら心強いのに、って思ってしまうのも無理はない。

「孝太は何が苦手なのかな?」

「いろいろあるんだけど、しいていうなら、『連符れんぷ』かな。五連符、六連符、七連符。こまかい音符がつぶれちゃうんだ」

 すると村井先輩は、うーんと少しの間考え込んでから、

「五・六・七連符だけを、ゆっくりのテンポで練習するといいよ。たとえば、五連符。これは、一回手をたたく間に五回、均等に音符を打つでしょう? ここに、五文字の言葉を当てはめるの。わたしだったら『』かな」

「なんで冷蔵庫なの?」

「うーん、言いやすいから? ……って言いながらたたいて練習するんだよ」

 シュールですね……。

「六連符なら、『』だね」

「言いやすいんだ」

「言いやすいんだよ〜」

 独特だなぁ、村井先輩。でもさすが、わかりやすい。

「あ、あと、付点のついた音符とのコンビネーションも」

「出だしのところでしょ。それはね、『』だよ」

 先輩は笑顔で、呪文のように唱えた——って、はい⁉︎

「なんで『ありさ』なんですかっ?」

「今思いついたよ。言いやすいし、覚えやすいでしょ?」

 自分の提案に自分でパチパチ拍手する先輩。

「よ、よし、それでやってみよう!」

 と紫姫ちゃん。

 ……。

「それから」

 と、ふいに先輩は、真面目な口調になる。

「しーちゃんも一緒に練習できるように、孝太のパートを叩けるようになってあげて。たぶんだけど、先生も、紫姫ちゃんのドラムがおやすみのときは、孝太のパートのサポートにまわれって言うと思うの」

「ええっ、そんなぁ、難しいよ!」

 それって、自分の担当しているドラムとは別のパートも練習しなきゃいけないってこと⁉︎

 大変そう……。

 だけど、村井先輩は笑顔で言ったのだ。

「大丈夫。しーちゃんならできる。『ドラ達』の『鬼』の譜面だって、インターネットで動画を何回か見て全部覚えちゃったんだから、孝太のパートも何回か聞いているなら、自然と体に入っているはずだよん」

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