第5話 ヒミツの恋とコルネット

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 ある日の昼休みのこと、五年生の教室に、似つかわしくない小さなかげが、ひょっこり現れた。


「あれっ、めいちゃん?」


 わたしが気づいて声をかけると、はずかしそうにうつむいた。

 この子はコルネットパートの三年生、明ちゃん。くるんと長いまつ毛にぱっちりと大きなひとみは、外国のお人形さんみたいで、低学年ながらすでに、まごうことなき美少女の風格をそなえている。大人しくて、ちょっとはずかしがりやさんで、あまえんぼうな女の子。コルネットメンバーの中では、末っ子的存在だ。


「これ」

 明ちゃんが手わたしてきたのは、使い古された算数のノートだった。名前のらんには、『東阪光』と書いてある。

 東阪光? どうして東阪くんの名前が?

 わたしが首をかしげていると、

「どうしたの? 明。ここに来るなんてめずらしいじゃない」

 後ろで、華蓮ちゃんの声がした。

「これお兄ちゃんにわたしておいて」

 と、明ちゃん——って、

 え?

「お兄ちゃん⁉︎」

 明ちゃんは、五年生のどなたかの妹さん、なの?

 どなたかっていうか、さっきのノート的に考えて——。


「……ねぇ、もしかしてとは思うけどありさ、明が光の妹だって知らなかったりしないよね?」

 

 ——し、知らなかったぁー!


「にっぶーっ! 普通気づくでしょ!」

 わたしのがびっくり顔のまま固まっているのを見て、華蓮ちゃんは、はげしくツッコミを入れた。

「だって、一度もふたりが話してるとこ見たことないし!」

「お兄ちゃん、明と話すのいやがるから……」

 と、明ちゃんの小さな声。

「お兄ちゃん、それ——昨日やってた宿題、あきらめたって言って、ぽいって捨てて行っちゃったの。けどたぶん、必要なものだと思って」

 忘れ物をわざわざ届けにきてくれるなんて、優しい子だなぁ。こんな優しい気づかいのできる子が、あの鬼コーチの妹だなんて、本当?

「明えらーい! おっけーい、わたしておくね」

 なぜだか少しうれしそうな華蓮ちゃん。それを聞いて安心したように、明ちゃんは、

「じゃあまたね、華蓮ちゃん、ありさちゃん」

 とわたしたちに小さく手をふりふり、三年生の教室に帰って行った。

 東阪くんはというと、教室のすみっこの、自分の机で本を読んでいて、こっちを見ようともしなかった。


「それにしても、ありさってビミョーに抜けてるわね」

 明ちゃんを見送りながら、華蓮ちゃんがあきれ顔で言った。

「話してるところを見たことなくたって、明の名字『東阪』じゃない」

「だってみんな下の名前で呼ぶもん……」

 でも言われてみれば、明ちゃんの人形みたいな可愛らしいお顔、無類のイケメンである東阪くんに通ずるものがある。

 それからコルネット。明ちゃんは三年生ながら、いつも華蓮ちゃんのすぐ後ろで、『エスコルネット』という、コルネットの中でいちばん高い音のパートをつとめる。初めてまだ一年も経っていないのに、かなりの実力派だったりするのだ。わたしはひそかにフシギにすら思っていたんだけれど、東阪くんの妹と言われれば、さすが兄妹だなって、納得できてしまう。


 うーん、考えれば考えるほど、言われなくても兄妹だって察しがつく手がかりは、いっぱいあったんだなぁ。

 ……性格は似ても似つかないけれど。


「どうして東阪くん、明ちゃんと話すのいやがるんだろう」

 わたしは、華蓮ちゃんに聞いてみた。

 この学校の子たちは、人数も少ないから、小さい頃からおたがいに顔見知り。特に同級生のこととなれば、家族や兄妹関係もふくめて、くわしく知っているものなのだ。

 でも、

「さぁ……。まあ、兄弟ってあんがい、仲良くないこともあるんじゃない?」

 華蓮ちゃんの答えは、なんだかぼんやりとしていた。

 でも、『兄妹の仲』っていろいろとフクザツなものなのかもしれないね。

 わたしは一人っ子だからよくわからないや。


 東阪くんの妹と知って、明ちゃんを見る目が少しだけ変わった。それがコルネットパートの仲に影響するようなことは、もちろんないけれど。



 ✳︎♪✳︎♪✳︎♪✳︎♪✳︎♪✳︎♪✳︎♪✳︎♪✳︎



 みんなが楽しみにしていた秋の遠足の日がやってきたのは、その数日後。

 前の学校では、月に一回、校外学習で工場見学や音楽鑑賞など、校外に出る行事があったのだけれど、こっちに来てからは、初めての遠足だ。

 こっちの学校では、遠足と言ったら「全校生徒で行くもの」らしい。

 だから、花小ブラスのメンバーも、全員いっしょに遠足に行くことになる。

 今日の行き先は水族館。

 前に行ったショッピングモールよりもずっとずっと遠くの街へ。


「ありさちゃん」

 小さな熱帯魚の水槽のところで、わたしに話しかけてきてくれたのは、明ちゃんだった。

 セーラー服風の白いワンピースを着ていて、とっても可愛い。

「ありさちゃんは、水族館、好き?」

 水族館が嫌いな人っているんだろうか。

「うん、好きだよ」

「わたしも好き。お兄ちゃんも、水族館が好きだから」

 普段ははずかしがって、わたしが話しかけるのを待っている明ちゃん。けれど、今日は自分から話しかけてきてくれた。遠足だから、いつもよりはしゃいでいるのかな。

「明ちゃんは、お兄ちゃんのことが本当に大好きなんだね」

「うん……」

 明ちゃんは照れたような笑みでうなずいた。

「あ、お兄ちゃん!」

 東阪くんが、同じ水槽の横を通ったとき、明ちゃんは思わず手を振っていた。

 でも、東阪くんは、明ちゃんのことはちらりと一瞬見ただけで、何も反応を示さず無視だった。


 ちょっと冷たすぎじゃない?


 花小の子たちは、人数が少ないから学年を越えてもみんな顔見知りだし、特にブラスバンドのメンバーは、一緒に過ごす時間が多いから、仲間意識が強い。こういうときも、会えば必ずあいさつを交わす。

 そんな中、かたくなに無視をした東阪くんは、明らかに明ちゃんをさけているように見えた。

 何もそこまでしなくても、って思うのだけれど。


「あーあ」

 明ちゃんは、肩を落とした。

「やっぱりお兄ちゃん、楽しくなさそう」

「え?」

「なんでもないの」

 聞き間違えでなければ今、「楽しくなさそう」って、今、明ちゃん言ったよね。


 それって、どういう意味だろう?


 聞こうとしたら、明ちゃんはクラスの三年生の子たちに呼ばれて、一緒に北極海の生き物の水槽に行ってしまった。


 わたしも、紫姫ちゃんと華蓮ちゃんと合流した。


「ありさって光のことよく見てるよね」

 熱帯魚をながめながら、突然、紫姫ちゃんがそんなことを言い出す。

「えっ、そんなことないよ⁉︎」

 横でわたしがびっくりしたら、魚の群れもびっくりしていっせいに泳ぐ向きを変えた。

「もしかして華蓮、かもよ」

 紫姫ちゃんがにやにやしながら華蓮ちゃんの方を見る。

「ちょっと紫姫、それヒミツって言ったでしょ」

 慌て出す華蓮ちゃん。えっと待って?

「ごめんごめん! だってありさだけじゃん? 知らないの」

? どういうことですか〜? 華蓮は、紫姫にしか教えてないんですけど〜!」

「あっはっはっ」

 余裕の表情であしらう紫姫ちゃんに、めちゃくちゃ顔を赤くして必死な華蓮ちゃん……。

 

「か、華蓮ちゃんって、その、東阪くんのこと……」

 すすす好きなんですか? 恋なんですか⁉︎ それは。その反応は!


「ちっちゃい頃からずーっとだよねえ」

 紫姫ちゃんはなんか楽しそうだ。

「ああもう、いいでしょ! そのことは!」

 ええ〜っ!

 い、意外と言いますか。なんと言いますか。

 いつも自信満々の華蓮ちゃんが、からかわれて涙目で、きゅーって口をむすんでいる。

 可愛いなぁ、華蓮ちゃん……!

 わたし、前の小学校が女子校だったから、同じ年頃の男の子に知り合いがあまりいなくて。そういう恋とかときめきとか、あこがれるけれど、全然気持ちがわからないんだよね……。

 ましてや東阪くんは、ちょっと怖いしなぁ。何考えてるのか、よくわからないし。

 (イケメンだけど、クラスでモテてるわけじゃない理由は、そこなんじゃないかな。)

 音楽のことくわしいし、ユーフォニアムも上手だから、もちろん尊敬はしているけれど。

 そんな東阪くんに、臆することなく恋しているなんて、さすが華蓮ちゃん。

 ああ、なんでだろう。なんだかわたしまでドキドキしてきちゃったよ!


 明ちゃんと東阪くんが兄妹というのだけでも、けっこう衝撃しょうげきだったのに、華蓮ちゃんのヒミツは、超衝撃的で、華蓮ちゃんを見る目が少しだけ変わってしまった、かも。

 でも、それがコルネットパートの仲に影響するようなことは、もちろん、ない……ないよね⁉︎

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