第7話 ガーデンコンサート

7ー1

 真彩ちゃん作の、トロンボーンとト音記号が描かれたポスターが、五年生の教室にもはってある。

 今日はいよいよ、ガーデンコンサートの日。

 開演は、昼休み午後一時五分。

 朝から、クラスの友達に、

「見に行くね!」

 って言ってもらえたり、なんだか特別な日な感じで、気持ちがふわふわしてる。

 午前中の授業は、五分おきに時計ばかり見ていて、全く集中できなかった。


 お弁当を食べたらすぐ、楽器の用意とウォーミングアップをしなきゃ。

 チャイムが鳴る前に、紫姫ちゃん、華蓮ちゃん、東阪くんとともに、足早に音楽室に急ぐ。

 すでに数人のメンバーが集合して、それぞれに楽器を用意していた。

 三年生の明ちゃんや孝太くんは、特に緊張していたから、

「人って字を手に書いて飲み込むと、緊張しなくなるよ」

 って、いつもピアノの発表会のときにやってたおまじないを教えてあげた。

「はぁっ!? そ、そそそんなの意味ねーし!」

 孝太くんは最近ちょっと反抗期気味。紫姫ちゃんの言うこと以外、素直に聞いてくれないんだよね。困ったものです。

 明ちゃんは、

「うそーっ、すごーい!」

 と目を丸くしながら、手のひらに指で人の字をたくさん描き始めた。ふふ。かわいい。


 昼休みのチャイムが鳴って、いよいよ最終セッティング開始。

 五分ぐらいすると、クラスの友達や、先生たちが体育館にぞろぞろと集まってくるのが、舞台そでの幕の間から、ちらちらと見える。

 全部で四十人ぐらいいるかな。意外とたくさん。

 そして、お母さんたちもちらほら。きっと部員のお母さんたちは、みんな来てると思う。うちのママもいる。よしよし、日にちと時間を間違えずに来られてえらいえらい。あ、紫姫ちゃんのママも見つけた。


 午後一時五分ちょうど、一曲目がスタート。

 曲名は、『わたしのお気に入り』。

 『サウンド・オブ・ミュージック』という有名なミュージカルの中の一曲。 

 去年から取り組んでいる曲で、今演奏をしているのは、五年生の紫姫ちゃん、華蓮ちゃん、東阪くん、そして、六年生の真彩ちゃんともうひとり、副部長でチューバのの唯香ゆいかちゃん。全員、花小ブラス創設時からいるメンバー。三年近く楽器を続けている人たちばかりなので、演奏の完成度が高い。

 みんな、息ぴったりで、音色もきれい。

 かっこいいなぁ。

 楽器も一段と輝いてるような気がする。

 わたしも、いつかこの人たちの仲間に入りたい。

 なんて、ひそかにあこがれている。

 この前のフリューゲルパートを決めるときの、悲惨な現状を思えば、いつになることやら、だけど……。


 あ、やばい、ちょっと気持ちがしずんできちゃった。ダメだよありさ。ため息のような吹き方では、元気な音は出ないんだから。

 鈴鹿先生も言ってたでしょ。

「いい音で吹こう」って——。


「こんにちは、花羽台小学校ブラスバンド、略して花小ブラスです!」


 一曲目と二曲目の合間に、紫姫ちゃんによる司会進行。こういうとき、明るく・楽しく・元気! を絵に描いたような紫姫ちゃんは適役だ。

 その声に、わたしもしゃきんっ! と背筋が伸びる。

 こんな大勢の人の前でコルネットを演奏するのははじめてだけれど、一人で演奏するんじゃないからか、ピアノの発表会のときよりも、緊張していない。


 静かな曲調の二曲目をはさんで、あっというまに、最後の三曲目。『ゲールフォース』。

 十二月の吹奏楽フェスティバルが本当の本番。今日はその練習試合のようなもの。けれど、わたしたちは、もちろん本気でのぞむ。


 始まりは、紫姫ちゃんと孝太くんの太鼓のリズムから。

 二人で毎日合わせてきたから、ここは安定してきた。

 さっきまではガチガチに緊張していた孝太くん。だけど、いつも通り紫姫ちゃんがいっしょにたたいてリードしてくれるから、なんとかいつも通りかな。紫姫ちゃん、さすが!


 フリューゲルホルンのソロ。華蓮ちゃんが、コルネットを置いて、フリューゲルホルンに持ちかえて、立ち上がった。

 しんと静まり返った会場に、それはとても勢いよく、華麗に響いた。だけど、途中からは華蓮ちゃんの息が、わずかに苦しそうに聞こえることに、わたしは気づいた。

 三曲目まで、ずっとソロコルネットのパートを吹いてきたのだから、無理もない。

 消えそうになる音を、大きくブレスをとって、必死に紡いでいく。

 先生が言っていた、どこかで休まないとバテてしまうっていうのは、本当なのだろう。

 

 それでも、華蓮ちゃんは、気合いで吹ききった。

  

 そこから、東阪くんのユーフォニアムが活躍する後半に突入する。

 いつもはのんびりとした太い音を奏でるユーフォニアムだけれど、この曲では信じられないぐらい軽やかに踊り出すんだ。

 会場がざわめき出すのが感じられた。友達も、先生も、お母さんたちも。

 ユーフォニアムのステップに、魅了されているのがわかる。

 東阪くん、やっぱりすごいんだ!

 自分のことではないけれど、少しほこらしくなる。

 わたしたちコルネットパートがメロディを引きついで、盛り上がっていく。

 だけど……。

 終わるって思うと、気持ちが急いでしまうのか、雑になる。

 いつもより少し、音が小さい。

 ああ、まだまだなんだな。

 なんとか無事に、終えられたけれど。

 これで終わりじゃない。

 まだまだ、良くなれる。

 そう感じた。


 演奏が終わって、鈴鹿先生の合図でいっせいに立ち上がり、客席のほうを向く。体育館はあたたかい拍手につつまれていた。

 みんなで一つの音楽を、最後まで吹き切ることができた安堵感と、達成感——。


 目の前の風景が、まぶしくきらきらして見えた。



「わたし、ブラスバンドのことはあんまりよくわかんないけど、すごかった!」

「紫姫のドラム、かっこよかったぁ〜」

「華蓮ちゃんも上手!」

「光も、あんな速く指動かせるなんて、びっくりしちゃったよ」

 本番を終えて、クラスに帰ると、みんなが口々に感想を言ってくれた。

 わたしは特に活躍してないから、ほめられているみんなの姿がまぶしいよ。

 そのとき。紫姫ちゃんが、わたしの肩に手を回して、大きな声で言った。

「でもねでもね、ありさなんて、入ってまだ三ヶ月なのに、あんな難しい曲吹けるんだよ! すごくない?」

 ううっ、ありがとう。紫姫ちゃんは、本当に優しいね。

「ほんとだね! 言われてみるまで、気づかなかった」

「ありさも、みんなに負けてないじゃんっ」

「すごーい」

「今までどんだけ練習したの?」

 たいしたことは何も……あ、腹筋とか、ランニングとかしましたね。

 照れてしまったわたしは、小さく「ありがとう」としか言えなかった。

 だけどみんながくれた言葉に、わたしが今日まで苦労したり、くやしかったりしたことが、むくわれた気がした。 


 鈴鹿先生お得意の運の悪さも発動せず、五年生の授業参観は、とどこおりなく進んだ。

(新品のチョークの箱を開けたら、なぜか全部ボロボロに折れていて、みんな爆笑したけれど、それぐらいは運の悪いうちに入らない。)

 そのあとの休み時間に、ママとちょっとだけ話ができた。

「ありさ、コンサートお疲れ!」

「うん、見てくれてありがと」

「演奏すごくよかったよ」

「まだまだだけどね」

「ピアノやってるときより、いい顔してたかも!」

 顔? 顔は自分ではわからないけど、そうなのかな? 吹いてる途中は、とても必死な顔だと思うのだけれど。

 ピアノはなんとなく、やらされてる感が顔に出ちゃってたのかも。

「ちょっと感動しちゃったな」

「ほんと?」

 ママがそう言ってくれるの、嬉しい! 「音楽は心に栄養をあげるんよ」って、鈴鹿先生も言ってたし。今日の演奏が、ママの心に栄養あげられていたならいいな。

 だけどいっぽうで、そう言われると、なおさらフリューゲルを吹けなかったことがくやしく思えてきてしまう。

 ママに、もっと活躍してるとこを見てもらいたいなぁ。

 そんな気持ちがふつふつとこみ上げ、わたしはこぶしをにぎりしめて、顔を上げると宣言した。

「十二月の本番は、もっともっと上手くなってるはずだから! また見に来てね!」

 ……なのにママったら、キョトンと頭の上にはてなマークを浮かべて、こう抜かしたのです。

「十二月? えーっとぉ……なにがあるんだっけ?」


 も〜。この人は……っ!


 肩の力ががく〜っと抜けていく感覚がした。



「……うちの子、勉強についていけていないようで、どうすればいいのか。宿題も全然やらないし」

 その声は、わたしがトイレから教室に戻る途中で、聞こえてきた。女の人の声。

「いえいえ、大丈夫です。ちゃんとやってますよ」

 今度は男の人の声。鈴鹿先生だ。ということは、話しているのはうちのクラスの子のお母さんだね。

「五年生になってからは特にがんばっています。今日の英語の授業も問題はありませんでしたし——」

「全教科バランス良く出来なければ意味がありません。特に算数。取り組むのが遅すぎるんです。計算も遅い。やる気がないのでしょうか。そういった、苦手なことへのやる気を出させるのが学校の役割ではないんでしょうか」

「たしかに、おっしゃることはわかります。ですが、お子さんの得意なことを認めて伸ばしてあげるのも大事な——」

「得意っていうのは楽器のことですか?」

 女の人があげ足をとるようにかみついた。わたしははっと足を止めた。聞き違いじゃないよね。今『楽器』って。

「だいたい学校であんな遊びばかりやっているから勉強しなくなるんじゃないですか?」

 女の人がたたみかける。

 重苦しい沈黙が流れた。わたしは女の人から見えないように、教室の手前の曲がり角に身をひそめた。

 壁のかげからのぞき込んだら、ちらりとその人が見えた。ゆるくウェーブがかかった茶色い髪の、すごく美人な人。それこそ、女優さんかと思うぐらいに。うちのママもそこそこ若く見えてかわいい(自分で言ってた)けれど、この人はそういうのとは違う。“カンペキ”な美しさってかんじ。

「先生はご指導もなさっているのですよね?」

 指導……やっぱり。これ、ブラバンの話してる。

 どうしよう。盗み聞きなんて下品なことは——いけないとはわかっていながらも、すごく気になってしまう。

「先生の言うことなら、あの子も聞くと思うんです。わたしが言ってもちっとも聞かないんだから。言ってやってください」

 それから、女の人は刺すような口調で言ったんだ。

「遊んでばかりいないで、もっと勉強を大事にしなさいって」


「音楽なんかいつまでもやっていても、将来のためにはなんの意味ないんですから」


「そんなこと——」

 言い返そうとする先生は、ちょっと弱気になっているみたい——がんばってください、先生!

 わたしは思わず心の中でエールを送ったけれど。

「最近、めいまでブラスバンドの練習に夢中になってるんですよ。ただのまねをしたいだけなんです」

 ……あっ。

「妹まで勉強しなくなったら、どうしてくれますか。学校の責任でもあるんですよ」

「お母さん、少しおちついて」

「田舎の学校だからって、好き勝手やっていいってもんじゃありませんよ!」

 女の人の声が、いっそう高く大きくなった。

 わたしは聞いているのがつらくなって、その場をはなれた。


 ああいうお母さん、前の学校にもいたな……。

 明ちゃんのこと話してたし、あれってきっと、東阪くんのお母さんだよね。

 お腹がずんと重たくなった。


 音楽なんかやめなさいって。

 将来のためには意味ないって。


 お家でもそうやって、言われてるんだろうか。

 それってすごく嫌じゃない? もし、わたしが言われたら嫌だもん。

 ましてや、あんなにユーフォニアムが上手で音楽が好き(なんだよね?)な東阪くんが、楽器を演奏することを、お母さんに否定されてるなんて。

 

 そんなの悲しくない?


「夢なんて、持つだけムダ」


 東阪くんの言っていたあの言葉の意味が、ちょっとだけわかってしまった気がする。

 どこにもぶつけようのない思いを抱きながら、わたしは早足で教室へと向かった。

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