第130話 ふたりきりの夏休み

「ただいまー」


 お盆休みに入り、今年は13、14は小清水で、15、16は小鳥遊で過ごすことになった。

 とにかく13日は暑くて、わたしはまたしても電車で貧血を起こしそうになり、ふらふらと小清水の家に着いた。


「おかえり、啓ちゃん、風ちゃん」

「お母さん、ご無沙汰してます」

「あら風ちゃん、まだ顔色悪いわよ。お布団、用意してあるからね」

「いつもごめんなさい」


 啓のお母さんはにっこり微笑んだ。

「体が辛くても、めげないで毎年来てくれてうれしいのよ」

 わたしは本当に情けなくて、ありがたくて、小さくなるしかなかった。そして、啓のお母さんみたいになりたいなぁと思う。


「母さん、氷枕」

「はいはい、風ちゃん、寝かせちゃって、啓ちゃん」


 パタパタとみんなが走る。

 持ってきたパジャマに仕方が無いので着替える。ああ、今年もここに来て、役立たずだなぁと泣きたくなる。

「風、着替えた?」

「うん……」


「汗かいたから、気持ち悪いでしょう? 洗面器にお湯張ってきたから体、拭こう」

「ありがとう」

 うなじや背中、届かないところは啓が手伝ってくれる。

「ごめんね、また具合悪くなっちゃって」

「何言ってんの。気にするなよ」


 啓が自分のおでことわたしのおでこをくっつける。こつん、と体温が重なる。

「熱、あるかなー。ごめんね、今年も免許取ってなくて」

「啓、忙しいんだから無理しないで……今より家にいないなんて、やだよ」

「そうだね、せっかくふたりで暮らせるようになったのにね。もっと嫌ってほど、一緒にいたいよなぁ」


 お昼ご飯にお素麺をいただく。

 お父さんにも久しぶりにお会いした。


「風さんの花嫁姿、お父さんも楽しみでしょう?」

「姉の結婚式を経験してるので、どうでしょうか?」

 赤くなってうつむいた。

「わたしはとても楽しみにしてるから。風さん、色が白くてかわいらしいからね。啓太郎は婿に出すけれど、風さんがわたしと名字が同じにならなくてもわたしの娘だと思ってるよ」


 よかった……と胸につかえていたものが、すっと下りた。わたしはこんなんだから、なかなかこの家に来られないので、お父さんと話す機会が乏しかった。

「お父さん、ありがとうございます……」


「親父があんなこと言うなんて珍しいよなぁ」

「あらぁ、お父さん、風さんのことお気に入りだもの」

「顔に出ないからなぁ」

 パチパチと天ぷらのあがる音がする。お茄子やみょうが、お芋……。啓のお料理の原点はここなんだなぁと思う。


「風、目が覚めたの?」

「うん、お母さん、何かお手伝い……」

 お母さんは菜箸を持ったままくるりと振り向いて、

「風ちゃん、無理しちゃダメよ。いいの、手伝いは啓がするから。おうちで家事、がんばってるでしょう? 具合の悪い時くらい寝てなさい」


 お母さんには勝てない。

 遠慮なく寝させてもらったら、ソーダ水がパチパチ跳ねる夢を見た。細かくて小さな泡が、グラスの縁でパチパチ跳ねる……。


 翌朝には挨拶をして、小鳥遊に向かう。

 啓がうちのお父さんと密に連絡を取って、わたしが具合が悪くなるのをまるで待ってるみたいだった。


 電車の中は混雑していて、小清水で薬を飲んできたけれど冷や汗が出てくる。手足が冷たい……。


 今年も途中下車して、ちょうどわたしたちの家がいちばん近かったので帰宅してしまった。

 お父さんもお母さんも、この間来たんだから、と言ってくれた。


「啓に浴衣……また見せたかったな」

「浴衣かぁ、いいよね、浴衣」

 啓はわたしを寝せて、エアコンの効いた部屋の中で団扇を扇いだ。楕円形の房州団扇が気に入った啓は、桔梗柄のものをどこかで買ってきた。

「浴衣、買う?」

「持ってるのにもったいないよ。……啓に見せたいだけだし」


 ふたりだけで過ごすお盆は、澄んだ水の中に沈んでいるような静けさに満ちていた。体調が良くないので、無理にどこかに出かけるわけでもなく、ふたりきりを満喫する。


「あ、花火」

 窓の外では大きな打ち上げ花火が、シュッと上がってはバーンと飛び散るように空に花を咲かせた。

「風は大きな花火はすきなの?」

「うん、キレイだよね……。シャンデリアみたいにキラキラ散って消えてくとことか」

「今年は見るの、初めてだね」


 明かりを消して、しばらく何も言わないでふたりで遠い花火を眺めていた。まるでミニチュアの手持ち花火のように、パチパチと光をまき散らしては消えていく。


 その消えていく様が、夏の終わりを告げているような気がした。啓の夏休みがもうすぐ終わる。それまで存分に甘えておこうと、のそのそと近づいて膝枕してもらう。

 いきなりだったので驚いたようだったけれど、何も言わずに髪を撫でて、団扇で扇いでくれる。この人と、一緒にいることのしあわせを噛みしめる。


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