第100話 思い出といっしょ

毎日読んでくださる読者の皆様、改稿しました。第82話に、新しい話が入っております。よろしければご覧下さい。

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楽しいことは手のひらに集めても、みんな指の間から落ちて行ってしまうのかなぁ、とよく考えるようになった。ふとした瞬間に。大学の夏休みは長い。でも、啓はそれこそ就職先なんか顧みずに海洋生物に入れ込んでいる。

 まさに「夢中」。


 そんなとき、啓が提案をしてきた。

「実はオレは8月が誕生日なんだけど……一緒に出かけてもらえませんか? つまり、たまには出かけようってこと」

「誕生日なんて言ってなかったじゃーん」

「秘密にしてた」

「なんかずるいー」

 すっかり梅雨が上がった、真夏のことだ。タチアオイやヒマワリが、ふとした庭先に真っ直ぐに咲いている。


「どこにしょうか考えたんだけどさ」

「うん、啓の好きなとこでいいよ」

「……箱根あたりで一泊もいいなぁと思ったんだけど」

「うん?」

 つい想像してしまう。富士山の見える露天風呂付きの個室……。絶景ですね、そうですね、的な。

 いやいや、箱根には湿性花園という広い植物園があるから、行くならぜひ、寄りたい。

「あのさー、つまんなかったら申し訳ないんだけど、また同じ水族館に行かない?」


「行ったばかりのような気がしますが」

「そこをあえて。……だってさ、記念の場所じゃん」

 そんなことを言われると、反論出来ない。ペンギンに会いに行くんだな、と思う。



「暑いー。溶けるよ」

 真夏の水族館前のアスファルトは焦げそうに暑くて、周りにはアイスを手にしている人が多い。カップルも、家族連れも。でも今、溶けそうなのはわたしのほうなんだけど……。


 部屋を出る時にはOKサインが確かに出たはずなのに、また服装チェックが入っている。

 今日は綿麻の、細いボーダーのノースリーブワンピに、同じく綿麻の濃紺のカーディガン。上着は暑いけど、日焼け防止になる。


 ちなみに啓は、やはり白地に薄くて細いブルーのノースリーブのワンピースが気に入らなくて仕方ない。離れたところから透けないかチェックしている……うちにいるときに、ちゃんと下地ついてるよって見せたのになぁ。


「もういいですかぁ? わたし、熱中症になっちゃう」

「帽子もかぶってるし、UVカットのスプレーもしたし、スカートも透けてないし、万全だね」

「自分はバリバリ日焼けしてるくせに」

 聞こえなかったふりをしてチケット売り場に行ってる。まったくもう。


「おおー、サメだよね!」

「うん」

 ここに来ると、啓はまったくの男の子だ。目をきらきらさせて、今日はわたしに魚の一つ一つを説明してくれる。大切な宝物を見せてくれるように……。

 気がつけばよかったなぁと、どうしようもないことを思う。彼が初めてここに来た時のはしゃぎっぷりから考えれば、必然、海洋生物の研究に向かうこともわかったはずなのに……。わたしはバカだ。


「風?」

「うん」

「人に酔ったんじゃない? 水族館は楽しいけどこの密閉空間、酔っても仕方ないよ。一旦、外に出る?」

「あ、少し座ってるから、自由に見てきて」

 啓はしゃがんで顔を近づけてきた。

「本当に大丈夫?」

「うん、一人でも待てるよ」

 小さくため息をついて、ペットボトルの冷えたお茶を買ってきてくれた。


 今ごろ……マグロでも見てるのかなぁ。初めて来た時も、マグロ、感動してたし。

 今夜は嫌がらせのようにお寿司とかお刺身に、夕飯はしようかなぁ。ああ、子供っぽすぎて涙が出る。


「あ」

 啓を見つける。真剣に、ひとつの水槽の中を見つめている。それは、わたし見たことのない表情かおだった。

 もしかすると、どんどん彼が大人になる一コマなのかもしれない……。


「ごめんね、わりとじっくり見てきちゃった」

「ううん、気にしなくていいよ」

「前に来たときには、どの魚もあまり意味がなかったのに、今は……」

 手を握った。

「水族館好きだよね。せっかくのデートなんだから、欲張って遊ぼう」

「そうだね、風のすきなペンギンもこの先いるしね」


 わたしたちはアイスをひとつ買って、半分こで分けたり、それから前に来たときのようにペンギンの前で啓ががんばって、今回は自撮りでふたりと一匹を撮った。


「うまく撮れたと思わない?」

「よく撮れたよねー」

 ふたりで顔を見合わせて笑った。


 前と同じようにマグロカレーをふたりで食べて、水族館を後にした。


 前に来た時より、日が伸びた分、夕方と言えども、真っ赤な夕焼け空だった。

「乗ろうか?」

 わたしは一瞬、考えたけれど……乗ることにした。

「また泣くかもよ」

「大丈夫、もう対抗策はわかってるからね」

 啓はにやりと笑った。わたしは啓の耳をつねった。

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