第82話 誕生日のこと
わたしの誕生日は6月の半ば。その日の夕方、啓は一人で自転車で買い物に行ってしまって、わたしは置いてきぼりだった。
お姉ちゃんたちや、お父さんとお母さん、ちーちゃんと美夜ちゃんから……堺くんからも『おめでとう』が届いた。
つまらないので、ひとりでスマホでパズルゲームをして待っていた。そして、「なーんで誕生日様なのに、ひとりなのかなぁ」と子供っぽいことを考えていた。
……とうとう21になってしまった。精神的には、もう少し大人になってないといけないんじゃないかとちょっと考える。
例えば高卒の友だちは、もう結婚した子もちらほらいるみたいだしなぁ。
「ただいまー」
「啓、おそ……」
突然後ろから布団をかけられて、何も見えなくなる。
「啓……何も見えない」
「すぐ済むからちょっとだけ」
「苦しいよ、暗いし……」
何を言っても無駄みたいなので、仕方なく布団をかぶってベッドに転がっている。食器の音がガシャガシャと聞こえて、なんとなく楽しい気分になってくる。……彼氏と誕生日、初めて。本当はドキドキな自分がいる。
「風? ……寝てる?」
「起きてる」
「じゃあ、そっとこっち、見て。……俺の方が手元が危うい……」
少しずつ暗がりから顔を出す。見てしまうのがもったいないような、早く見たいような複雑な気持ちになる。
目の焦点が合うと啓が、
「ハッピーバースデートゥーユー」
と最後の一節だけ歌ってくれて、よく見るとその両手には小さな、二人分のホールのバースデーケーキがあった。
「啓、ありがとう……かわいい」
「もちろん驚くのはこれからだよ」
サプライズ好きな啓の、次のサプライズにわくわくする。玄関から強い香りがして、振り向くと啓の両手には真っ赤なバラがきれいな包装で束ねられていた。
「一度、やってみたかったんだけどね、花の色で迷った! 花言葉もあるって聞いたし」
「赤は……情熱?」
啓はにっこり笑った。そして、
「なんでもいいよ。オレだけが意味を知ってればいいの」
と言って笑った。
「何それ? なんだかやらしーなー」
わたしも笑った。
とりあえず、ケーキの前で、バラも一緒に啓と記念写真を撮った。こういうのは早めに撮らないと、絶対先に食べちゃうから。
そして……申し訳なさそうに啓が話した。
「サプライズで料理を作りたかったんだけど……さすがに内緒で料理は無理だったよ。」
と言って、デパ地下のお惣菜をきれいに盛り付けて出してくれた。生ハムのマリネやチキンレッグやそういうの。そして、やっぱりサプライズのローストビーフが出てきた。
「風のいない空きコマとか狙って大変だったよ」
「それからこれは……、たまにしか使わない約束だよ」
と、小ぶりのシャンパングラス、いわゆるフルートグラスと、黄色いラベルの小さなワインのボトルを持ってきた。
「飲みすぎないでよ。……おめでとう」
「ありがとう」
啓が器用にシャンパンの栓を抜くと、ポンという大きな音とともに、芳しい香りが一面に漂った。
フルートグラスにプツプツと細かい泡が立つ。グラスをそっとささやかに持ち上げて、乾杯をする。
口の中にその発砲した液体を注ごうとすると、力強い香りがして、うっとりした気持ちになった。そのまま一口、ほんのちょっとだけ口に入れた。口の中でまろやかに広がっていく。
「すごーく美味しい。今まで飲んでたの『何?』って感じ」
「ふふん、そうでしょうー?」
そのあとわたしの中で、その黄色いシャンパンは忘れられないものになった。
そして、あれこれ食べながらいろんな話をした。今までに楽しかったことの話や、これから行ってみたいところ、してみたいこと、楽しみな未来の話。
意外と自分のしたいことを具体的に話さない啓が、お酒の力のせいなのか、オーストラリアのグレートバリアリーフの話を始めた。
元は、むかし家族で沖縄に行った時に、珊瑚の海でシュノーケリングしたのが始まりで、初めてのデートが水族館だったのも、海が好きだからだといった。
グレートバリアリーフはわたしも憧れるけど……啓の海への憧れは深いんだなぁと初めて知った気がした。
食べたいものを食べたいだけ、
「美味しいね」
と言って食べたあと、
「もう入るとこないよ」
とふたりで大笑いしながらケーキを出した。ロウソクの数は……大きいロウソクが2本と、小さいのが1本?
「ねーねー、なんで3本なの? 21だから、足して3、とか?」
「そう。面白いよね? それともケーキ中ロウソク立てた方がよかった?」
冗談を言いながら、ロウソクを吹き消すように促される。
「願い事、なに?」
「ひみつ」
願い事はひとつ。ずっと啓と一緒にいられますように。
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