第74話 一生、いちばん
涼しいところにどべしゃーと座っていたら少しうとうとしてしまって、気がついたら啓がいた。何かが頭に違和感……!?
「あ、寝てる間につけられたー」
「かわいいよ、うさちゃん。たっくさん種類があってさ、すげー迷ったから、はい、こっちはカチューシャで、こっちはお耳クリップ」
「……」
「プリンセスにもなれるらしいんだけど、流石に年齢がねぇ。本物のお嫁さんにはなれるんだって! ここで式、やろうかー」
この人には本当に、金銭感覚があるのかわからない。でもまぁ、一応「女子」なので、素敵なウェディングには憧れないわけがないわけで……そんなお式だったら夢みたいだなぁとぽやーっとしていた。
「さ、そろそろ行こう? 今日は風が好きなところに案内してくれるんでしょう?」
「案内かどうかはわからないけど……一緒に楽しみたいなって」
啓はわたしの右頬に触れて、
「かわいいこと言うと、帰るまでに食べちゃうから」
と冗談を言った。
「……それなのに、こんなに時間取っちゃってごめんね」
わたしたちは手を繋いで歩き始めた。
「実はね、まだ真夏じゃないからと思って油断してたんだけど、前にも熱中症になりかかったの、ここで」
「暑いもんね」
「うん、だから帽子もちゃんと持ってきたのになぁ」
啓はわたしの手を取ってひざまずいて、
「お嬢さん、今日はどちらへ?」
と聞いた。
「あっちにね、小さい可愛いお人形がたくさんあるところがあるの。そこに行かない? 水があって涼しいし」
「OK。あっちだよね」
ちょっと説明しただけなのに、啓はするするとそっちに、間違わずに着いてしまった。
「啓ってすごいよね?」
「何が?」
本人はキョトンとしている。
「だって地図もほとんど見ないで、目的地にたどりつかないよ、みんな」
「違うよー。たどりつかないんじゃなくて……」
「?」
ぴたっと足が止まって、啓は顔を赤くした。
「昨日はひとりだったじゃん? だから……予習したんだよ。特に風の好きそうなアトラクションとか、グッズ売り場とか、お手洗いやレストランをさ」
啓のあまり大きくないショルダーバッグから、付箋が貼られた雑誌が出てきた。
「サイト見てたら、やっぱ雑誌の方がわかりやすい気もしてきて……あ、迷子は絶対にならないでよ! 迷ったら電話して。LINEでもいいから。ちゃんとみつけるから、泣くなよ」
まだ泣いてないのに鼻をつままれるという屈辱にあう。
「ここなら、誰も気にしないよね」
と啓は言って、軽く頬にキスをして、ぎゅっとして、腕を組んで歩き始めた。なんだか別の意味で頭がくらくらしてきそうになる。
「これに乗ったら、隣のお化け屋敷にも行かない?」
「え? お化け屋敷……?」
「涼しいってよ?」
「……別の意味で、涼しいんじゃなくて?」
啓は爆笑して、わたしを抱き寄せた。
「ほんと、かわいいよね?」
「なんかやな感じ」
「怖かったら、またキスしちゃうから大丈夫。あー、楽しみだな。すっごい怖いといいのに」
アトラクションに着くと、たまたま空いていて15分待ちで乗れた。ゴンドラは、複数人用だったけど空いていたのでふたり乗りになった。
「なんか不思議な気分だね」
「水に浮いてるのか、レールで走ってるのか、子供の頃からずーっと不思議なの」
目の前のバーに捕まっていると、啓はにっこりして、手を重ねてきた。
「人形、すきなの?」
「うん、ふつうに。ぬいぐるみは大好き」
「一緒に寝るわけだ」
「ベッドには4、5体いるかな」
「……もう風はうちには帰さない。人形より、オレと一緒の方がきっといいと思うよ。夜が怖くなくなるよ」
子供じみたことを、とびきりやさしい笑顔で語られてしまって、……リアクションに困って啓の肩に頭を載せた。
「だいすき」
ぽつりと呟くと、
「そうでしょう? 風にはオレがいちばんだよね、やっぱり」
と言っていた。
楽しいのかなぁ、今日の啓はすごくリラックスしてて、気が楽そうだ。だとしたら、いつもは何に緊張してるんだろう? つき合ってずいぶん経つのに、全然わからない。わたしって、ダメだなぁ。
「ねぇ、だいすきなアトラクションに乗ったのにどうしたの? 渋い顔してさ」
「そ、そんなことないよ。考え事してただけ」
「人形たち、かわいかったじゃん。オレは男だから、そういうの見て、どうかなーって思ってたけど、最後の方、ズラーッていろんな国の人形が出てきてちょっと感動した。ちゃんと、テーマがあって、子どもも楽しめるんだからすごいよね」
目の前をバルーンをふたつつけたベビーカーに子供を乗せたお母さんが歩いていく。
あの子も楽しんだのかな、と思う。
「風?」
「ん?」
「どうしたの?」
「ああ、赤ちゃんがかわいかったの。ここ、ちっちゃい子多いよね?」
「そか。子どもかわいいよね……うーん、でもいくら何でもぼんやりした想像しかまだできないかも、ごめん。まず『結婚』をクリアしないと」
ギョッとする。
「え? なんで想像? え? わたしたちの……」
結婚したらそんな未来が訪れるのかもしれない。わたしがベビーカーを押して、……啓が、赤ちゃんのたくさんの荷物を持って、ここに遊びに来たり? ……やっぱりわたしが女だからなのかなぁ。母性本能、というか。啓が素敵なパパになるところも見てみたかったり。
「風!」
「あ、すみません!」
「ぼんやりしないの。ほら、手を繋いで。すぐそこだよ、次のとこ。冷たいもの飲む?」
妄想につかれてたら、うっかり人とぶつかってしまった。大失敗。
「赤ちゃんかー、そればっかりは神様の領分だろうけど、男の子と女の子、どっちが来るかな? そういう想像は楽しいね。でも……」
「でも?」
啓の言葉がふと途切れて、わたしの目をまっすぐに見つめる。
「赤ちゃんの前に、オレはこの子のお世話係だからさ。まぁ、焦らないでまずはお嫁に来なさい」
「えーと、あのー、自信を持って返事ができるよう、がんばります」
啓は大きな手で、帽子の上から頭をぽんぽん、としてくれた。そして小さな声で、
「内緒だけどさ……オレ、子供がもしできても、一生、風がいちばんかも」
と、まだまだ遠くて先も見えないことに照れていた。
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