第72話 男の甲斐性
「うちは堅苦しいの苦手だからね、遠慮はなしで座って」
「はい、失礼します」
同じソファセットに座っているわたしの方が、どきどきしちゃって、心臓が飛び出しそうになってる。
「なんだか突然、風の親に会うことになって、驚いたんじゃないかい?」
「いや、半分は想定内だし、それに、年明けにでも一度、ご挨拶に伺おうと思ってたんで」
「ふぅん……」
お父さんは顎に手を当てて少し考え事をしている。その間に、お母さんがコーヒーを慌てて出していた。
「小清水くんさ、もし、さっきの話が本当なら、風からお金を取りなさい」
「え? いや、その辺は甲斐性というかロマンというか……」
「ちがう。それは間違ってるよ」
しーん……。
沈黙が訪れ、啓も俯きがちになる。大体お父さんも、これから出かけるところなんだから込み入ったことは後にすればいいのに。
「今、キミが働いたお金でやっていけてるのは素晴らしいけれど、その分、風の食費はきちんと取って、キミは働く時間を減らしてキミの勉強をしなくちゃいけない。そして、風のお金が余るようなら、それを結婚資金にあてればいいだろう? 時間が経てば経つほどお金はかかるものだからね」
「……そういう風に考えたことはありませんでした。そうですね、子供の考えだったと思います」
「いいんだよ、そんなことは。こちらから見ればキミたちは子供なのは当然なんだから。何しろ風は末っ子だろう? 甘やかしすぎて何も出来ない子に育ってしまったからキミみたいにしっかりした子がいてくれると助かるよ。風は小遣いもまだもらってるんだから、ぜひ、生活費の足しにしてくださいね。それこそ、男親の甲斐性だよ」
ため息。
お父さん以外のみんなが大きくため息をつくのが聞こえた。
お父さんは決してよそのお父さんみたいに頭ごなしに怒ることもないし、まぁ、わたしは甘やかされてたらしいから何も言えないけどね……。
啓を見る。脱力してる。
それはまぁ、疲れるよね、うん。
お父さんは送ってくれるための支度に行ってしまったので、ここぞとばかりにお母さんが啓に話しかけてくる。
「小清水くんは、ご兄弟、いらっしゃるの?」
「はい、兄と弟が。もう、兄が継ぐことが決まってるので、そういう心配はありません」
「あら、なんか先回りされちゃったかしら」
お母さんは啓が気に入ったらしい。そりゃそうだ、啓は好感度高いもんなー、学校でも。
「お母さん、てお呼びして大丈夫ですか?」
「どうぞ、どうぞ」
「あの、また、遊びに来てもかまいませんか?」
「当たり前じゃないの。お父さんも公認の、風の彼だもの。またいらっしゃいね」
「車の準備できたよ」
お父さんが呼ぶ。啓はお母さんの入れたコーヒーを、ぐっと一気に飲み干して、「ご馳走様でした」と早口に言った。
忘れ物、しないようにしないと。
「風、今日、かわいい」
すれ違いざまに啓が言っていった……この状況で余裕なのかな……。
後部座席にふたりで並んで座る。
さすがにお母さんはお留守番。
車は静かに走り出す。最近の車って車内が静かすぎて、眠くなってしまう。
「答えなくてもいいんだけどね、ほら、興味の問題。風のどこがいいの?」
「天然で危なっかしいところ、かな?」
お父さんは爆笑している。
「天然で危なっかしかったら、終わってるじゃないか」
「いやいや、お父さん、風さんはクラスですごい倍率高くて、みんな隙あらば、ですよ」
「風が?」
「お父さん、笑いすぎ!」
「じゃあ、そこは置いておいて、キミはわりと、世話好きなんだね」
「かもしれませんね、風さんがキョロキョロしてるのを見つけるのが好きなのかもしれない」
なんだかふたりは勝手に盛り上がってて、仲良くなっちゃって、面白くない。もちろん悪いことじゃないんだけども。
「じゃあさ、風は小清水くんのどこが好きなの?」
「わたし? え、え、そこで話振るかな?」
「どこ?」
啓がこっそり肘でつつく。
「えー、えーと、……やさしいし、困ってると、すぐに気がついて助けてくれるし、んー、やさしいし……」
ふたりとも大声で涙出そうにウケてる……失敬な。
「そうか、それは風には小清水くんが必要な理由がよくわかったよ。小清水くんはよく出来る男だからね、常に自分を磨いて、捨てられないように努力しなさい」
「してるもん……」
啓は隣の席でわたしを見て、にやにやしている。お父さんから見えないように、ふたりで手を繋いだ。思わぬことが起きたけれど、それはわたしたちにとって全然マイナスじゃなくて、お互いの意見を知るいいチャンスだったし、それに……今まで以上に、啓をすきになってしまった。
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