第68話 たまごサンド
夏休みが近づいてくると、なんだかみんなそわそわし始める。大学は休みが長い分、子供たちが夏休みに入る頃、テスト期間になる。
わたしはあまり欠席しない方だからノートには困らないし、テスト勉強も普段、授業に出てるからあんまり困らない。
……問題があるとしたら、レポート提出だなぁ。ものによっては、まったく「異文化」なものが出るし……。わたしみたいに植物やってるのに、がん細胞の難しいとこがどーんと出ると……困る。
そんなわけて、この時期はコピー機が順番に回される。もちろんスマホでもノートがビュンビュン高速で回される。
「ほーんと、ごめん! 情けないと思う、自分が。これじゃ人気あるゼミ受からないー」
「ねぇ、啓、たまにはわたしが役に立ってもいいじゃん」
「それはそうだけどさ、なんか情けない……」
「じゃあ、授業取りなさい」
と言ってわたしが笑った。大体、みんなめんどくさいから代返してれば大丈夫だとか、テストを1回受ければいい授業をとるんだけど、わたしのストーキングしてたから、ちょっと、難しい課題の授業が多い。
……運がいいのか、悪いのかわかんない。同じ授業だからこそ、ノート貸せるんだしね。
「休み時間にしようか」
図書館に席をとったまま、何を食べるか話し合う。
「たまごサンド」
「え?」
「たまごサンド」
「なんでよ? すぐできて、美味しいし」
まぁそうなんだけど、家に戻らないとといけないし、そうすると図書館に……。
「荷物、オレがチャリで取ってくるからさ。先に部屋に行ってて。あ、たまご2こゆでてね」
あっという間に行ってしまった。とはいえ。図書館まではぐるっと回って舗道を歩くより。自転車の方がずっと速いんだけど……まぁ、なんというか、抜け道?
何かが釈然としないまま、うちに帰る。たまごサンドかぁ……。卵は買ってあるし、パンもある。商店街をきょときょとしながら材料を探す。
「お待たせ」
振り向くと、もう啓に追いつかれていた。
「あんまりゆっくりしてると、今日の分の勉強、終わらないよー」
「図書館の場所、もう撤収してきたくせに!」
「うちでやればいいじゃん、やっぱリラックスしてたほうがいいよ、うん」
「えー!? 効率悪いよ。もう、今日だけだよ!」
啓のほうがいつだって一枚上手だ。きっと小さい頃から、悪知恵の働く子供だったに違いない。
「まぁいいじゃん、オレが作るしさ」
いやいや、それがまずいと思うのだけど。
で、結局わたしはキッチンから追い出されて、手持ち無沙汰……。まさかわたしのノートをわたしが写しても意味無いし。
「啓ー、手伝いたいよ」
「んー? じゃあ、卵の殻でも剥く? 上手に剥ける?」
「……コツがあるの?」
「あるよ! 聞いたことないの?」
「うん」
啓はいつもの意地悪な顔で、ニヤリと笑った。
「卵ってさー、茹でると中身が膨張するんだよ」
「あ、うん、圧力や温度の関係であるよね」
「そうそう、熱で膨張したらね、一気に冷たい水で冷やすんだよ」
一気にって、先に言ってくれないと心の準備がー!
「風ちゃん、はい、落ち着いて。風がやるためにボウルに氷水張ったから、そこに卵入れて、冷えたら剥くんだよ」
氷水に卵ふたつを入れて、少しだけ待つ。ちょっとドキドキする。いつもうちでやるとつるーんてならないんだよね。黄身も出ちゃうし。
そっと触ってみると、おお、ちゃんと冷えてる。
「卵の殻は、横向きで平らなとこでとんとん。これが基本だよ」
「割れた!」
「はいよー、剥いて」
とんとんして陥没したところに指を入れる……。思ったより、中身まで遠い。両脇にバリバリッと剥いてみる。
「啓ー! 見てみて! 生まれてからこんなにキレイに卵が剥けたのはじめて」
啓が手を拭いてやってきて、
「合格だねー」
と言ってにこにこ頭を撫でてくれた。
「やっぱりさー、卵の内圧が下がるからなの?」
「……あとで教えてあげるから、今は発生学を思い出させないで……」
「あ、ごめん……」
発生学って、生まれてから死ぬまでの体の働きを学ぶわけたから、わたしなんか面白いなーと思うんだけど、啓はダメらしい。発生学のゼミには卵の剥かれたものが、シンクにべちょべちょすてられてたりする。テロメアが怖いんだろうか……(テロメアとは、DNAを守ってくれていて、DNAの端っこについてるもの)。
生物やってて、テロメア怖いとかないよね。だってそこを研究していくのが醍醐味だし!
そんなわけでバリバリと卵を剥いて、啓が細かくみじん切りした玉ねぎときゅうりとパセリを入れて、混ぜる。混ざったら塩コショウ、また混ぜる。最後に調整にマヨネーズを入れてあげて出来上がり。
と思ったら、わたしが卵を剥いてサラダにしてる間にオニオンスープ完成! 啓って料理が上手なんだよなぁ。すごい悔しいなぁー。
「飲むでしょ?」
「うん、飲むよ」
「なんか変な顔してたからさ」
乙女心は複雑なのよ。
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