第59話 やさしくして

 帰ってから荷物をどさどさっと置いて、ベッドに飛び込んだ。

「疲れた……死ぬー」

「まだ死んでもらうわけにはいかないでしょー?」

「いいじゃない、疲れたもん」

「お風呂入れてあげるから、死なないで。あれもこれもまだしてないのにさ」

 啓はお風呂のお湯を張りながら、わたしのところに来た。枕を抱っこしているわたしの横に転がって。

「なんか、こういうの久しぶりだな」

「そだね」

「悩むことがないっていいよね」

「……まだ悩んでるよ?」


 啓の顔色が変わる。

「なーにーを?」

「理加ちゃん」

「関係ないって」

「ある!」

「どのへんが?」

「……プライド傷ついたし」

 啓は転がってわたしを背中から抱きしめる形になった。

「みんながどう思ってるか……てのはあると思う。というか、みんな風の味方だよ。でもさ、オレが風の味方ってだけじゃだめなの?」


 わたしはまたごろんして、啓を見た。

「啓、愛してる」

 ぎゅうっと強く抱きしめて、啓はすぐに対応出来ずにいる。

「ここまできておかしいけど、啓がなんでもないって言うなら信じるから」

 おずおずと手を上げてわたしの頭を啓は撫でた。

「風は、見かけはそんな感じじゃないのに、以外とプライド高いよね」


「そっかな?」

「怒ると怖い」

 わたしは声に出して笑った。

「みんなそうじゃないの?」

 どちらから言うともなく、口づけが皮切りになって、頭の芯がつんと痺れて、なにもかもよくなってしまう。

 啓の口づけの意味を受け取ることも、彼に触れられることも、パチンと音を立てるように、その刹那でどうでもよくなる。


 体は確かに強く欲しているのに、心の中は疲れきって彼の加速度に追いつかない。もっと急がないとたどり着かないのに、もう足が痛くて走れなくなったような気になる。

「風……痛い?」

 首を横に振る。彼が「いい?」と聞くので、頷く。

 そうなんだ……気持ちがいいとか、それが大切なわけじゃなくて、彼をよく知りたい。それだけ、いつでも。


 彼がわたしをどう壊すのか知りたい。壊されてみたい。わたしをめちゃくちゃにしてほしい。理性はしまったから。

 啓の下にいる時、見上げて聞いてみた。

「これからも、いっしょにいてくれる?」

 啓はおでこにキスして、ついでにあちこち届く範囲にキスして、

「もちろん。離さない」


 わたしは少し意地悪な気持ちになって、

「堺くんとのことをたくさん思い出すかもよ?」

 と言うと、

「そんなによかったの?」

 と泣きそうな顔をした。

 わたしは彼の頭を胸に抱いた。

「だから、そこまでしてないってば。からかっただけ」

「その夜の風はオレのものだったのにって思うと……すごくムカつく」

「……堺くんて、ほんとにわたしが好きなのかなー」

「……」

 啓は唇を強く噛み締めて、何かに耐えていた。理性が彼をようやく押し止めているように見えた。


「ねぇ、啓? だから、堺くんとはキスしか……」

 さっきとは違う力強さで責められる。奪う唇の熱さも、体に触れる指の熱さも荒々しさも……。

「啓……なんか、こわ……」

「受け止めてくれないの? 今の気持ち」

「受け止めたいけど……ごめん……もう少し、やさしくしてほしいの……全部すきにしていいから」

 啓は顔を上げて、

「やさしく、時間をかける方がオレも好きだよ」

 と言った。

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