第40話 堺くんの本音

 啓の家から学校に行くという日が続くことになる。

 朝は啓も寝起きがいいわけではなく、トーストとコーヒーがメインで、余裕があればサラダか卵、ウインナーなども食べる。

 わたしとしては朝から電車に乗らなくて済むからとても助かる。


 どちらかの日課の早い方に合わせて登校する。わたしが早ければ、啓は大体、図書館にいるし、啓が早ければわたしが図書館に。

 お昼は余裕のある日はふたりでお弁当も作るし、お金ももったいないので学食を使う日が増えた。


「啓を待ってるの?」

 振り向くとまた堺くん……バレるとまた怒るしなぁ、と思いつつ、笑顔で頷く。

「小鳥遊さんさ……」

「はい?」

「啓と……いや、なんでもないよ」

 堺くんは顔を赤くしてそっぽを向いた。

 何を聞こうとしたのかわからない。

「何かな?」

「いや……聞いたんだ、別のヤツに」

「何を?」

「啓と……同棲してるの?」

 かぁっと、耳裏まで熱くなる気がした。

「あの、その……。なんて言うか……」

 しどろもどろとはまさにこのこと。相手方切り出しにくいところで、それ以上聞かなければよかった。


「風、次、英語行こう」

「啓、おはよう」

「あ、堺いたのか、お前も授業だろ?」

 むう、やはり堺くんに対する啓の風当たりはひどい。

「堺くんも一緒に行こうよ」

「や、あの……」

「誰かと約束してるのかもよ」

「そういうわけじゃ」

 めんどくさい……ので、わたしは一抜けで歩き出す。

「遅れちゃうから」

 ふたりがちょっと驚いて、わたしを追いかけてきた。


「おはよー」

 ちーちゃんが眠そうに現れた。いつでも眠そうだけど。

「おはよう、あれ、遅かったね風ちゃん。ちーと同じ時間だもの」

 ……大体、美夜ちゃんには敵わない。


「ちっ、リア充爆散しろっ!」

 と言いながらちーちゃんは借りたノートを写している。

「ふぅん。風の家族って意外とフリーダムなんだね。風ちゃんは大人しいからてっきり箱入りなのかと思ってた」

「うーん、お姉ちゃんはかなりしっかりしてるけど、お父さんとお母さんは自由人」

「なるほどねぇ、風ちゃんが島時間なのは両親の血だね」

 美夜ちゃんがそう言うと、先生が入ってきた。


「じゃあまたね」

「喧嘩すんなよ」

 と二人と別れて啓のところに直行する。

「小鳥遊さんだー」

「小鳥遊さん、こんにちは」

 今日はなぜかいつもより多くのクラスメイトが啓を取り巻いていた。


 啓の方を向くと、何かバツの悪い顔をしている。

「えーと、どうしたのかな?」

 周りのみんなはにやにやしていた。

「見ちゃったの、ふたりで登校するところ」

 一人の男の子がそう言った。赤面は免れない。

「同棲?」

「え、いや、……」

「小鳥遊さんがかわいそうだから、それくらいにしておけよ。啓も何か言えよ」

 啓はすごく怒った顔をしていて、堺くんを睨んだ。

「あの、うち、親が……」

「風、関係ない奴らは放っておいて行こう」

「え、いいの?」

「いいも何も」

 ガタン、と音を立てて立ち上がった。

「風はオレの彼女だし。風に軽々しく話しかけるなよ」

 ひゅー、と口笛の音も聞こえた。

「小鳥遊さん、こいつ、こんなんだけどよろしくね」

「ノロケ話勘弁」

「また一緒に飲もうね」

 などと口々に言って帰って行った。


 はぁ、と、ため息がもれる。啓が「悪かったよ」とわたしの髪を撫でた。

「啓、小鳥遊さん、巻き込むなよ」

 そのとき――

「いってぇ……」

 啓は堺くんをとうとう殴った。人が殴られるのを初めて目の前で見て、ますます気が動転した。

「堺! オレはお前がいちばんムカつく」

 堺くんが殴られた方の顔をさすりながら、啓を見ている。わたしはあたふたしていたけど、迷った末に堺くんに血を拭いてもらおうとティッシュを持って駆け寄った。


「ありがとう、小鳥遊さん」

 彼は弱々しく笑った。

「お前が風とどんな気持ちで話してんのか、わかってるんだよ」

「ねぇ、啓、堺くんを保健室に連れて行かないと」

「風は黙ってろ。これはオレたちの話だから」

「……じゃあ言うよ。小鳥遊さんがすきだよ。啓よりも前から。啓にあの話を聞いた時には、もう好きだった」

 わたしは堺くんのすぐそばにしゃがんでいたのに、啓も、堺くんも見ることができなかった。


「なんでそのとき、言わなかった?」

「言ってどうしろって言うんだよ。小鳥遊さんだって結局、お前を選んだし、オレには小鳥遊さんに告白する勇気なんてなかったよ。お前に勝てる気がしない……」

 沈黙が冷たい幕を下ろす。教室には今はもう三人しかいなかったのに、無限に広い空間に漂っているような気がした。

「……風が誰を選ぶかなんて、誰にもわかんないよ」

 わたしにはその言葉の意味がわからず、気がつくと啓の頬をパシンと平手で殴っていた。

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