エルフと魔女と宇宙人と変態と

 ごろんと寝返りを打つ。


 横では那緒が布団を蹴って、腹を出しながら寝ている。同じ部屋で誰かが寝てるのも妙な感じだ。


 しかし……。


「……寝られない」


 ご飯もたらふく食べたし、風呂にも入って眠たい気もするんだが……。


 枕が変わったからか……? あんまり気になるタイプでもないと思ってたんだけどな……。


「トイレ行こ……」


 若干の尿意を感じたので布団を出てトイレに向かう。スッキリすれば寝られるかもしれない。


「あれ、エルフ野さん?」


 廊下に出ると可愛いパジャマを着たエルフ野さんがいた。こう見慣れない服装だとちょっとと惑うな……。


「憂瀬さんも、おトイレですか?」

「まあな。先どうぞ」

「ありがとうございます」


 エルフ野さんがトイレに入るのを見送る。


「ふわあ……」


 今になって眠気がやってきた気がする。エルフ野さんには睡眠効果があるのだろうか。


 壁にもたれてうとうとしているとトイレのドアが開いた。


「お待たせしました」


 頷いてトイレに入ろうとした瞬間、どこからか懐かしい音楽の流れる音が聞こえてきた。


「これは……」


 EveryLittleFindingの曲だったかな……?


「私の携帯電話ですね。これは……緊急事態かもしれません」


 緊急事態……?


 エルフ野さんはそう言って音のなる方へと早歩きで向かった。


「……とりあえず、トイレだ」


 EveryLittleFinding、略してELFイーエルエフはボーカリストのもっちゃんとギタリストのいーくんと呼ばれている男女二人組みの音楽ユニットだ。四十枚以上のシングルを世に生み出しており、年末の歌合戦にも度々顔を出す大御所である。


「エルフ野さん、好きなのかな」


 略称はまさしくELFだし。何か感じるものがあるのだろうか。


 トイレを済まして廊下に出ると、隣の部屋の明かりがついていた。


 これは中に入るべきなのかどうか、と迷っていると扉が開いてエルフ野さんに入るよう促された。


「緊急事態なんです」

「さっきも言ってたな」


 部屋には他のメンバーも揃い踏みだ。乃真路はしゃきっとしているが、双子は座りながら目を閉じて口を開けている。


「これから穴が開こうとしています」

「それは……大変だな」


 正直なとこよく分からないんだけど。


「その穴はどこに?」

「公園のグラウンドです」

「すぐそこか……」


 おそらく巻き込まれる人はいないだろうが、今のうちに対処しておくに越したことはないか。


「さっきの音楽はそれを知らせるためのもの?」

「そうですね。EveryLittleFindingのお二人はエルフの先輩ですので、とても尊敬しているんです」

「へー……」


 エルフってマジか……。そんな有名人がな……。なんとなくぽいと言えばぽいと思ってしまうのは何故だろう。






「さあ、行きましょう」


 服を着替えてから外に出る。双子も顔を洗ったのか、うるさいくらいに元気だ。


「よーるのおっさんぽたーのしーいなー!」

「なー!」


 夜更けに大きな声を出すなと言いたいところだが、どうせ誰もいないしいいか。


 森を抜けてグラウンドに出る。そこは月明かりに照らされていて薄ら明るい。


「あれは……」


 そんな月下に黒い靄が渦巻いていた。


「すでに開いてしまっていますね……。すぐに閉じないといけません」


 この先が異世界なのか……。


「お! 何か出てきた!」

「異星人だ!」


 何だあれ……? 生き物? 二足歩行をしているが、とても人間には見えない。肌は緑で腰に布を巻いているだけの格好だ。


「ゴブリンです」


 ……え?


「ゴブリンって……」


 あのゴブリンか? まさかのファンタジー……。というか、異世界というからにはそういうことなのか……。


「まずは友好的な異星人さんかどうかを確認しなきゃいけないんだよ?」

「やーやー、はろー!」


 いや、いきなり近づいて大丈夫か?


「那緒さん、危ないですよ!」


 相手は明らかに友好的なムードではない。


「ブゴーッ!」

「よーしよしよしよし」


 話を聞かずに那緒は目の前まで近づき、殴られた。


「あいったー!」


 そして、地面を転がる那緒。


「那緒さん!」

「お、おい、大丈夫か!?」

「くっそー!」


 しかし、なんともなかったようで、那緒はすぐに立ち上がる。


「那穂!」

「おうよ!」

「お、おい!」


 また走ってったし……。


 那緒が那穂の元までいくと、二人はお互いの手を繋いだ。それからジャイアントスイングの要領で那穂を中心に那緒が振り回される。とんでもない勢いになってるんだが……。


「いっけー!」


 二人の手が離れ、那緒が発射された。


 その先には鼻をフゴフゴとしながら周りをキョロキョロしているゴブリン。


「でやっしゃー!」

「ブゴッ!」


 ゴブリンの顔面へとドロップキックがクリーンヒット。


 ゴブリンは堪らずといった様子で黒い靄の中へと吹き飛んでいった。


「ひゅー! 勝利!」


 危ないなあ……。


「はずれたらどうすんだよ……」

「ふっふっふ、宇宙空手の使い手をなめてもらっちゃあ困るぜ?」

「なんだそりゃ……」


 それにしても、ゴブリンか……。いるんだな。こんなのが出てくるのなら穴を塞がないわけにはいかないか……。


「ほへー、ここから繋がってるんだね」


 那緒が腕を突っ込んで出し入れしている。躊躇というものを知らないのか。


「こうなると私では時間がかかりそうね。中から出てこないようにおさえておくから、エルフ野さんは閉じるのをお願いしていいかしら?」

「はい、分かりました」

「じゃあ那穂たちは出てきたとこを追い返す役目ね!」

「やるぜー!」


 俺は……見てるだけか。結局、こんなやつらに囲まれていてもただの傍観者でしかないのだ……。


 乃真路がポシェットから取り出したのは五枚のお札。それを握った手が前方に突き出されると、お札が黒い靄へと飛んでいき、円形に囲んだ。


 次に乃真路は杖を取り出して地面を突くと、お札から鎖が伸びていった。そして、その鎖がお札同士を繋いでいく。


 そして、エルフ野さんは手のひらを突き出して集中していた。


「ほあたあ!」

「あたたたたた!」


 黒い靄から度々顔を出すゴブリンは鎖に阻まれて出てこられないようで、そこへ押し戻すように双子が鉄拳をお見舞いしている。モグラ叩きかな?


 ゴブリンには驚かされたが、ひとまずこれで大丈夫そうか。


 それにしても、急に穴が開くこともあるんだな……。緊急事態というからには頻発するものではないんだろうけど。人知れず開いた穴から異世界の生物がこっちの世界にやってきていたりするんだろうか。それがUMAとか言われてたりしてな。


「……っ!」

「エルフ野さん!?」


 エルフ野さんが急に体勢を崩して、地面に足をついた。


 慌てて駆け寄って肩を貸す。


「大丈夫か?」

「少し、魔力が足りないかもしれません……」

「魔力……?」


 魔法を使うMPみたいなもんだよな……? それがないとこの穴も閉じられないとか?


「その魔力は回復できないのか?」

「お酒……」

「……え?」

「お酒を飲めば魔力を補充できます」

「……」


 ……そうなんだ。エルフ野さんがお酒を飲んでいたのにはそんな事情があったのか……。


 となると、買いに行くのが俺の役目だ。未成年に売ってくれるかな……。


「あら……? 待ってください」

「ん?」

「憂瀬さん、手を貸してください」

「手?」


 手を差し出すとそのまま握られてしまう。


「不思議ですね……魔力が流れ込んできます」

「どういうことだ……?」

「これならいけそうです」


 エルフ野さんが立ち上がったので、手を繋がれたままの俺も立ち上がる。


 そして、エルフ野さんは空いた方の手を黒い靄へと突き出した。


「……?」


 何かが身体を通っていくような感覚がする。嫌な感じはしないが……。


 黒い靄がだんだんと薄くなっていく。それと共に閉じられていくエルフ野さんの手。


「これで、終わりです!」


 完全に手が閉じられ、黒い靄が消え去った。


 グラウンドには月明かりと静けさだけが残った。


「正義はかーつ!」

「それよりねむーい!」


 はしゃぎ疲れたのか、おやすみなさいの一言を残して双子は地面に倒れた。眠いのは同感だが、本当に寝られると連れて行くのが大変なんだけどな。


「大きいわね」


 何が、と思って乃真路の視線を辿ると、エルフ野さんの手のひらには以前見た物よりも大きな透明の塊がのっていた。魔力の塊、だったか?


「おそらく細かく発生していた穴もこれで収まるでしょう」

「そうね」

「鍋パーティをした甲斐はあったのか」


 ふわあ、とあくびをすると二人にもうつったらしく、口元に手を当てる。


「……戻って寝るか」






 翌日。念のために公園の周辺をうろうろと散歩してみるも、穴が発生している気配はなかった。


 そして、その後向かったのは何故か焼肉屋。しかもエルフ野さんのおごり。ボーナスにほくほく顔らしい。


「いただきます!」


 これでもかと肉を網にのせる双子。後半ペース落ちるやつだな。


「ぷはー!」


 エルフ野さんもここで飲まなきゃいつ飲むんだといった様子。魔力のためと考えれば、穴を塞ぐ使命のために飲んでいただいた方がいいんだろうが……。


 エルフ野さんが魔素というものがない、こっちの世界で魔力を得る方法は食べることと飲むことらしい。本人談では特別お酒がいいのだそうだ。飲みたいだけなんだとは思うけど。


 一方の乃真路は地脈というものから魔力を取り出す手段で魔法を使っており、それはエルフ野さんには難しいということだ。


 しかし、エルフ野さんが魔力がなくなってひざをついた時、俺を通すことで魔力を得ることができたのだという。地脈からエルフ野さんが使える魔力へと変換しているのではないか、ということらしいが。何故かは分からないの一言だ。


 ともかく、傍観者としてではなく、当事者として多少は活躍できる場所が出来たのかな?


「体質というには変態すぎると思います」


 変態って、その表現方法で合ってる?


 上司に報告してしまうと最悪解剖コースと言われたので、この件は伏せておくようにお願いしておいた。エルフにはこちらの倫理は通じないのか。しかも上司って。どんな組織形態なんだか。


「いただき!」

「おい、俺が育ててた肉なんだが?」

「むっふっふ、すべての肉は那穂ちゃんのものなり!」

「那緒ちゃんも負けないよー!」


 今度からこいつらとは網を分けた方がよさそうだ。エルフ野さんも自分の皿に焼けた肉キープしてるし、容赦ないな。乃真路はホルモンをせめているらしい。やはりといった感じ。


 改めてみると、エルフに魔女に宇宙人か。それと変態? 怖いものなしかよ。


 すっかり俺の日常も様変わりだ。焦がれていたものとは少しばかり違うのかもしれないが。


「憂瀬さん、どうかされましたか?」

「いや、美味しそうに飲んでるなと思って」

「一口いかがですか?」

「二十歳まで我慢するよ」


 他にも楽しいことはいくらでもある、というか、起こりそうだしな。


 まったく、やれやれだ。

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エルフ野さん(JK)の飲酒事情 長谷川ヘルム @hasegawa_helm

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