身も心も箒に奪われた男の末路

「グローブ持ってきたか?」

「ほこりかぶってたやつな」

「僕も持ってきたよ」


 やはり男ってのはグローブの一つぐらいは持っているものなのか。俺自身、野球にはさほど興味がないが持ってるし。ちょっときついけどまだ入って良かった。


 子供とキャッチボールをする、それが男親共通の楽しみなんだろう。俺にはさっぱり分からないが。


「エルフ野さんも来るんだよな?」

「ああ、先に行ってると思う」

「一緒に行くんじゃないのか?」

「掃除の当番が違うんだし、現地集合でもいいだろ」


 どうせ箒で行ってるだろうな。


 今日は以前行った、乃真路が住んでる家近くの公園にあるグラウンドで野球の練習だ。さすがにバッティングセンターだけじゃ不安なわけで。


「それにしても、商店街のために一肌脱ごうっていうエルフ野さんマジ天使だわ」


 相手もおそらく商店街だけどな。


「でも野球なんてまともにやったこともないんだけど、大丈夫かな?」

「ダメで元々って部分もあるにはあるしな。気楽にやればいいんじゃないか」

「何を言ってんだ。エルフ野さんが見てるんだぞ? 負けは許されないと思え」

「相手のピッチャーが大学生で野球やってんだってさ」

「……俺は守備で光る男だ」


 俺も頑張るならそっちしかないんだよな。






 掃除が終われば学校を出てバスに乗り込む。意外と空いているようで、最後列の座席に並んで座る。歩いても行ける距離ではあるけど、練習の前にばてる可能性を考慮すればバス一択。


 しかし箒と違ってこの安心感よ、と言いたいところだが、何か物足りなさを感じてしまうのは何故だろうか。すっかり身も心も箒に奪われてしまったとでも?


「田所……お前、いつも鏡なんて持ち歩いてんのか?」


 横で折りたたみの鏡を開いて髪の毛を触っているらしい。


「いけてるか?」

「いつも通りだ」

「いけてるってことだな」

「……」


 それは個人の感性ってもんがあるからな。一概にそうだと言えないので黙っておく。


「この後野球するんだしセットしてもすぐに崩れちゃうよ?」

「篠田がいいこと言ったな。ちゃんと今の言葉を噛み締めておけよ」

「お前らは男心ってもんを分かってねえなあ」


 そんなもんドブにでも捨てておけ。


 五分ほどで目的地に到着してバスを降りる。


「公園か?」

「中に広いグラウンドがあるんだよ」


 ここに来るのも二回目か。こう緑があるだけでも気持ちが穏やかになるな。そう考えると乃真路はいいところに住んでいる。夜はちょっと怖い気もするが。


 お散歩コースを男三人でだらだらと歩きながらグラウンドに向かう。


「お?」


 カキーン、と小気味のいい音が聞こえてきた。


「先にやってるみたいだな」

「こうしちゃいられん! 俺は先に行くぞ!」


 何を思ったのか田所が全力で走り去っていく。


「グラウンドはこっちなんだがな。まあいいか」


 やつは放ってグラウンドへ続く階段を下りる。


「いくよー!」

「へーい! ばっちこーい!」


 掛け声の後にバッティングの音が続く。どうやら後藤先輩がボールを打って、それをキャッチする守備の練習らしい。


「俺たちも着替えて参加するか」

「そうだね」


 持ってきていた体操着に着替えて軽くストレッチをする。それからグローブを装着して準備完了だ。


 篠田はエルフ野さん以外とは初対面らしかったので軽く紹介をする。


「しのやんよろしく!」

「うん、よろしくね」


 兄ちゃんじゃないのか。まあ篠田は兄というより弟ポジションが似合う気はするな。


 軽く篠田と送球練習をしてから練習に加わる。


「いっくよー!」


 グローブを上げてばっちこいの合図をする。後藤先輩がボールを上げてバットを振った。打球の方向は右。ワンバウンドしたボールになんとか追いつく。


「ふんぬっ!」


 ふう、取れた。


「へーい! 兄ちゃんパース!」


 少しはなれた場所にいる那穂に捕ったボールを投げる。


「よっと!」

「ナイスパース!」


 パスってサッカーじゃないんだから。


 楕円を描きながらもなんとか届いたようだ。野球経験者と非経験者で投げるボールの質も全然違うんだよな。小学生の時に野球をやっていたやつとキャッチボールをしたら真っ直ぐに飛んできた思い出。


 他のメンバーがボールをキャッチする様を眺めていると、みんなそれなり、というか普通以上にうまいな。篠田も普通程度にはできるようだ。


 エルフ野さんなんかは投げるボールも鋭いし。伊達に野生児やってなかったか。


「ほっと!」


 ナイスキャッチ。俺も守備なら貢献できそうだな。






「いやー、良かったよみんな!」


 グラウンド端にある東屋で少し休憩する。


「へっへーん、野球をするために生まれた那緒ちゃんなのでした!」

「那穂ちゃん天才だからなー」


 こいつらは自己評価がとことん高いよな。


「そんなキミたちにはこれを進呈しよう」


 後藤先輩が鞄からタッパを取り出した。


「おお! これは!」

「レモンの砂糖漬けなりね!」


 おー、定番のやつだけど食べたことないやつ。


「待った!」

「ほへ?」

「これで手を拭いてからだ」


 ウェットティッシュか。腹痛対策も万全と。さすが食べる物を売ってるだけはある。まあそんな父親が腹痛で倒れてんだけど。


「では改めまして!」

「いただきます!」


 二人はぱくりと輪切りのレモンを口に入れた。


「うまい!」


 見てるだけでも美味しそうだ。


「みんなも食べてよ」


 ではありがたく。皮もついてるけど苦くないのかな。


 口に入れると砂糖の甘さが我先にとやってくるが、その後にレモン特有の風味と酸味が突き抜ける。


 素直に美味しい。


 何か忘れてる気もするが、この後も練習を頑張れそうだ。

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