ピッチャーびびってる、ヘイヘイヘーイ

 カーン、という小気味のいい音が周囲で何度も響き渡る。緑のネットで覆われた空間。前方には人間大の液晶ディスプレイが設置されていて、そこにグローブを構えた男の映像が映し出される。


 その映像は振りかぶってボール投げる動作を何度も繰り返す。その度に俺の手元では悲しくもぶおん、と空を切る音がしていた。


「はあ……」


 ため息が出るほど当たんねえ……。ボールを打つのってこんなに難しかったっけか。


 横を見ると双子が元気にバットを振っていた。そのどれもがカーン、と音を響かせている。すげーわ。


 その奥でバットを握るエルフ野さんも、初めこそ空振りが多かったもののうまくボールを前方に飛ばしている。見た目からは運動なんてごめんあそばせ、みたいなイメージだったのだが。運動神経はいいらしい。


 そして意外なのが乃真路。綺麗なフォームで何度もボールを打っている。てっきりこちら側だと勝手に思っていたんだけど。野球をする魔女なんてアニメとか漫画であったかな。


「ふん!」


 こなくそと気合を入れて振るもやっぱり当たらず。尻餅をついてしまう。


 何で休日の朝っぱらからバッティングセンターなんだか。健康的といえばそうなんだが。


 事の発端はELFの会にやってきた相談だった。






「野球をして欲しい!」


 双子が将棋の駒をいくつかチェスのものに置き換えてよく分からない遊びをしていたのを眺めていると、一人の女生徒がノックをして入ってきた。


 一つ上の学年の後藤先輩と言うらしい。お茶を出して歓迎してから話を聞くと、いきなりこれだ。


「野球、ですか?」

「私の住んでいる地域では夏にお祭りをすることになっているんだけど、その主催を巡って毎年この時期に野球をすることになっててね」


 夏祭りか。まだまだ春真っ盛りだけどな。祭りの準備だと色々あるのか。


 それにしても、ややこしそうな話だ。主にお金の匂いがする。


「祭りの会場は川の周辺なんだよ。でもその川を挟んで町内会が分かれちゃってて、そのどちらかで担当するかでいつも喧嘩になってしまうんだ」

「そのお祭りの主催を決めるために野球をするということでしょうか?」

「そうそう」


 話し合いでなんとかしろと言いたいな。それができないから勝負になるのか。何でまた野球なんだ。めんどうだしじゃんけんでよくない?


「私たちはその助っ人をすればいいんですか?」

「助っ人というか、町内会で野球のできる人員が私だけになってしまってね」


 隣町のやつらに襲撃されて病院送りになったか……。


「偶然と言うには妙な話なんだけど、メンバーの全員が腹痛で寝込んでるんだ」

「それは大変ですね」

「病院では胃腸炎と診断されてね。試合は来週の日曜日でそこに間に合うかどうかが怪しくて」


 集まって変なもんでも食べたのか。胃腸炎は長引くと一週間ずっとしんどいからなあ。俺もかかったことがあるが、ずっとトイレに座ってた気さえする。下痢が辛かった思い出。


 相談に来たってことは穴の影響とかも考えられる? それで胃腸炎にされちゃ敵わんな。


「野球をするのには何人必要なのでしょう?」

「九人だね」

「現状を考えると、部のメンバーが五人と後藤さんで六人ですか」

「あー、それなら同じクラスのやつ二人呼べるかも」


 田所と篠田なら大丈夫だろ。


「じゃあ那穂も連れてくる!」

「……不安だな」

「おいおーい、那穂ちゃんの人脈を甘く見ないでもらいたいね」

「そうそう、すんごい人がいるんだよ?」


 プロ野球選手でも連れてくるのか?


「人数に問題はなさそうですね」

「相手のチームには野球経験者ってどれぐらいいるんですか?」


 こっちは寄せ集めメンバーだからな。相手によってはぼろくそに負けるだろう。


「若い頃に野球をしていたおじさんが大半かな」


 経験者のおじさんと経験のない若者の対戦か……。体力で押し切ればなんとか。俺は体力にも自信ないが。


「でも、一人だけ大学で野球をやってる人がいるんだ」


 早くもゲームセットの気配……。


「勝てそうにないんですが」

「やるからには勝ちたい、と言いたいところなんだけどね」


 後藤先輩は日に焼けていて元気っ子な印象を受ける。いかにも勝負には負けたくないぜって感じだよな。


「お任せください。ELFの会が総力でお手伝いさせていただきます!」


 あれ、エルフ野さんがやる気になっておられる。お酒のためなら情報だけいただいて断るって手もあるんだが。まあそれをしないのがエルフ野さんか。


「そうだそうだ! 野球のことなら那緒ちゃんにお任せってね!」

「那穂も頑張りまーす!」


 双子も張り切っちゃってまあ……。


 乃真路はいつも通りか。






「兄ちゃん腰がなってないんだなー」

「腰……?」


 ワンプレイ分を空振りしたおしてがっくりしてると、いつの間にか那緒が後ろにいた。もう双子の見分けも一目で分かるようになったな。中身が入れ替わってなければだが。


「ちょっと貸してみそ」


 握っていたバットを奪われる。コントローラに硬貨が入れられると前方の液晶ディスプレイにグローブを構えた男が再び映し出された。


「見ときなよー」


 前方からボールが飛んできた。那緒の身体が動く。不細工ではない自然なフォームだ。


「せいやっさー!」


 謎の掛け声と共にボールは打ち返された。


「どうだ!」


 どうだ、と言われてもな。


「はい、次兄ちゃんね」

「うおっと」


 バットを投げて渡される。その時すでにディスプレイ男は投げる体勢に入っていた。


「ふおっ! っとと」


 またもや尻餅。


「兄ちゃんださーい」

「……今のは間が悪かったんだよ」


 しかし、次も見事な空振りを披露してしまう。


「那緒が打つの見てた?」

「見てたけどさ」


 そんなんで上手くなるのなら今頃プロ目指してるって。


「腰を前にしてお尻を後ろに出すんだよ」

「腰を前?」


 で尻を後ろって……。


「へっぴり腰だね」

「……自分でもそうだと思った」

「背筋かなあ」

「おうふ……」


 後ろから腹を押されて背中とサンドイッチされる。


「構えてる時は脇を開いておいた方がいいのかな」

「あふん……」


 脇に手を差し込まれた。


「兄ちゃん変な声出すの禁止」

「……」


 出したくて出してるわけじゃあ……。


「打つ時に脇を締める感覚だね。さあ! 打つんだ兄ちゃん!」

「よーし」


 那緒が離れたので次の球に集中する。


 来た!


「っ!」


 カツン、とかすれるように控えめな音が鳴った。


「当たった……」

「かすった、だね。後は打つ時に腰を回転させる感じかな」

「最後は腰か……」


 なんか出来そうな気がしてきた。

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