メイドがい

「へいお待ち、ご主人様!」


 那穂が入れたお茶がテーブルの上に置かれた。


「ご主人様になった覚えはないんだが」

「もー、こういうの好きでしょ?」

「……こういうのって?」

「メイドさん!」

「いや別に」


 ……嫌いじゃないけど。


「またまたー。メイド萌えのくせに!」

「萌えって、きょうび聞かねえな」


 最早懐かしのフレーズと言える。


「あ、ストーップ!」

「いて!」


 お茶を手に取ろうとすると手をはたかれた。ご主人様にする仕打ちじゃないな。


「まだお約束が終わってないでしょ?」

「お約束って……」

「美味しくなーれ! 萌え萌えキュン!」

「……」


 やっちゃったよ。気恥ずかしさを感じるのは何故だろう。中身はともかく顔の造形はいいんだよな。


「那緒もやる! 萌え萌えキュン!」

「……」


 こっちも双子だし顔は美人と言えるのかもしれない。だが男だ。その事実は時に人を惑わせる。危険な存在だ。


 二人の視線を感じつつもお茶をいただく。


「どや兄ちゃん、うまいか?」

「普通に美味しいな」

「おいおーい、普通で済ましてもらっちゃあメイドがいがないってもんよ」

「学生服でメイドって言われてもな」


 ある意味レアというか、ちょっとあれな店感が出ちゃうというか。


「ほほう、メイド服をお望みと、そういうわけだね?」

「兄ちゃんスッケベー」

「スケベじゃないから」


 この状況じゃ大人しく本も読んでいられないな……。


「それにしても、誰も来ないねー」

「ひまひまー」

「将棋でもしておけ」

「頭使いたくなーい」

「外でも走ってこい」

「身体使いたくなーい」

「寝てろ」

「膝枕してよ」

「しない」

「ひまー」


 じっとするということができないのだろうか。


「那穂は思いました。もっと相談者が来るように努力するべきだと」

「そう言ってもなあ……」

「那緒いいこと考えた!」

「やめろ」

「まだ何も言ってないよ?」






「おい、遊んでないで掃除をしろ」


 放課後の教室、田所がチャンバラのごとく箒を振り回していた。やりたくなる気持ちは分からんでもないが。いくつになっても男は男なのである。


「真面目ちゃんだなあ、憂瀬は」

「お前が不真面目なだけだ」


 遊びたいなら掃除の後にしろよな。まあ掃除が長引いたとて部室にいってだらだらするだけなんだけど。


「うわあ、何あれ?」

「ん?」


 篠田がちりとりを持って窓から外を眺めていた。そういえば外から少しざわめきが耳に入ってくる。


 外を見ると、見覚えのある姿に声が聞こえてきた。


「へーい! ELFの会をよろしく!」

「よろしく!」


 あいつら、何をしてんだか……。それにあの格好は……。


「メイド服……?」

「何だあれ? 面白そうなことしてんな」

「何か配ってるみたいだね」

「……」


 二人は紙束を抱えて、学校を出て行く生徒に対して配っている。あの勧誘文句からして相談に来るようビラには書かれているだろう。


「あ……」

「どうした?」

「いや、何でもない……」


 あれ魔法かかってないんじゃないか? だとするとまずいな……。エルフ野さんの名前があれば相談者など山の如しだ。


「用事思い出した」

「おいおい、掃除がまだ終わってねえぞ」

「頼んだ」

「ダメだ。掃除は生徒の義務だからな」


 さっきまで遊んでたやつに言われたくねえな……。


「今度エルフ野さんに買ってもらったパンを分けてやろう」

「よし行ってこい」

「僕はジュースね」

「分かったよ」


 教室を出て階段を下りる。双子を止めるのは後だ。まずやるべきことは部室に誰もやってこないようにすること。


 部室棟に入って二階に上がる。いつもの部室の扉。中へ入る前にELFの会と書かれた紙をその扉上部から抜き取る。ひとまずこれで場所は分からなくなるだろう。


 それから部室へ入ると仲良くお茶をしばくエルフ野さんと乃真路がいた。


「あら、憂瀬さん。お急ぎのようですが、どうかされましたか?」

「えっとだな」


 かくかくしかじかうんぬんかんぬんほにゃららほへとで事情を話す。


「なるほど。そういうことでしたか」

「魔法でどうにかなるか?」

「なんとかしましょう。張り紙か何かがあればいいのですが」

「これはどうかしら?」


 乃真路が取り出したのは一枚のポスター。


「本当にこういうの好きなんだな」

「魔女の嗜みね」


 そんなわけないだろう。


 そのポスターには萌え萌えなキャラクターが描かれていた。やはり格好は魔女っぽい。


「部室棟の入り口に張り出したいのですが、構わないですか?」

「ええ、もちろんよ」

「それでは」


 エルフ野さんはポスターを手に取り、ふわりと宙に広げた。


 彼女の手を離れたそれはなおも宙に浮かび続け、落ちることはない。


「……ふう、こんなものでしょうか」


 少しすると、ひらりとポスターがテーブルの上に落ちてきた。終わり? 相変わらず味気ない魔法だ。


「これを入り口に張ってこればいいんだな?」

「はい」


 廊下からは人が行き来する足音が聞こえてくる。もしかしなくてもビラを見てやってきたのか。


 中を見られないようにポスターを持ってさっと部室を出る。


「二階って書いてあるよね?」

「うん、そうだね」


 複数の生徒が双子の写真がでかでかと載せられたビラを見ながらうろうろしている。どんなビラだよ。


 とりあえず放置して一階に下りる。


「ここでいいかな」


 スペースの空いている掲示板に魔女っ娘のポスターを張り出す。場違い感がすごいな。後は……。


「お、一階の入り口にある掲示板に部室一覧が載ってるなー」


 とボリューム大き目で二階に向けて声を上げる。


 そして、部室棟を出て様子見。


「下りてきたか」


 階段からぞろぞろと降りてきた生徒は掲示板の前で一瞬立ち止まり、そのまま何事もなかったように部室棟を出て行った。大丈夫そうだな。


「あれ、兄ちゃんじゃん」

「何してんの?」

「お前らなあ……」


 ビラを配り終わったのか、手ぶらの双子がそこにいた。


「メイド姿に欲情してると見た」

「いやーん、やらしー」

「してないから。これからはビラを配るのは禁止な」

「えー、なんでさー」

「だれかれ来られても困るからだ」

「そうなの?」

「そうなの」

「ふーん。ま、先生に怒られちゃったから当分はなしだね」

「当分じゃなくてずっとな」


 やれやれだな……。


 部室に戻って一服だ。


「あら、お二人ともとても似合ってますね」

「でしょでしょー?」

「ルル姉も着る?」

「はい!」

「いや、やめときなって」

「あ、兄ちゃんがルル姉の着替えを見ようとしてるー」

「やーらしー」

「……俺以外にも男がいるみたいだが?」

「那緒は手で見えないようにするから平気だもん」

「俺もそれぐらいならできるな」

「兄ちゃんは隙間から見るからダメー」

「あ、そうだ。クッキー持ってきたから兄ちゃんにもあげるね」

「……どうも」


 お茶の入った湯飲みとクッキーを持って廊下に退散する。これを食って待っていろということか。


「憂瀬、お前そんなところで何をしているんだ?」

「これはこれは古園先生」


 何でこんなところにって、まあ来るか。


「問題を起こすなと言ったはずなんだがな」

「いやー、俺は優等生ぶりを発揮して大人しくしていたんですが。あの二人がね」

「後輩を導くのが部の先輩の役割だろう」

「はあ……」


 そう言われましても。


「……クッキー食べます?」

「そんな物で私を買収できると思っているのか?」


 ですよね。


「だが、そのクッキーはもらってやろう」

「……どうぞ」

「このクッキーを売ってるカフェはいいコーヒーを出すからな。覚えておくといい」


 買い置きしておけということだろうか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます