魔女とは夜な夜な壺をかき混ぜるものなのである

「それでは、乃真路さんのお家へお邪魔させてもらいましょう」

「何故そうなるのかしら?」

「せっかくですから」

「そうだな、せっかくだからな」


 魔女の家か……。これは一度拝んでおかないと。


「ダメでしょうか?」

「……別に構わないわよ」


 よしきた。これで普通のマンションとかだったりしたらがっくりくるが。


「ついてきてちょうだい」


 乃真路が歩いていくのでその後を追う。そして、その先を歩くのがノキシタ。案内は俺に任せろってか。


 芝生を離れると初めのところよりも幅の狭い、別の遊歩道に出る。そこを横切った先には少し長めの階段が現れた。その両脇には白い花が咲いている。桜に限らず、色々な種類の木が植えられているらしい。


 階段を下りるとグラウンドのようだ。子供達が野球に興じていて、中々に賑わっている。少し眩しい光景。学校の授業以外で運動なんてしないからな。小学生の時、将来の夢にはスポーツ選手とか書いていたと思うんだが。あの頃の俺はどこへやら。


 野球を横目にグラウンド脇を進んでいくと、木々が密集した地帯に入る。ちょっと雰囲気が変わったな。日差しが遮られ、重なり合った葉の隙間から僅かに光が漏れ落ちる。


「お、建物が見えてきたな」


 密集していた木々がなくなり、開けた場所に出る。ぽつんと建っていたのは木造の平屋。昔ながらの和風な外観だが、取ってつけたように赤い屋根の洋風な部分がある。


 そして、何より目を引くのがすぐ隣にある大きな木だ。直径一メートル、いや二メートルはありそうな木。途中から伸びた枝が瓦屋根に侵食されてしまっていて、えらいことになっている。


 これは味があるで済ましていいんだろうか。


「もしかして、これが乃真路の家?」

「そうね」


 マジか……。家にしても場所にしても、すごいところに住んでるんだな……。


「元々お祖母様が住んでいた家なのよ」

「素敵なお家ですね」


 年季は入ってそうだな。


「わざわざここに引っ越してきたってことか?」

「ええ、修行も兼ねてね」

「修行か……」


 確かに修行になりそうな雰囲気はしてるな。なんとなく。


「ここにはお一人で?」

「そうよ」

「こんなところだと誰も住んでないと思って入り込む輩がいそうだな」

「人避けの魔法がかけられていて、この開けた場所には入って来られないから大丈夫よ」

「そんな魔法もあるのか……」

「中に入るの?」

「もちろんです!」


 ここまできて入らない選択枠はないよな。


 入り口は和風部分で、引き戸を開けて中に入る。そこは靴箱があるだけの見慣れた玄関だ。


 一つ気になるとすれば端に雑巾が置かれていることぐらい、と思っていたらノキシタがその雑巾の上にダイブ。足をこすりつけ始めた。さすがは人の言葉が分かるらしい猫。自分で足を拭くのも造作ない。


 綺麗な木目の上がり框から家に上がった正面は和室になっているようで、そこに通される。


「お茶ぐらいなら出すわよ」

「お茶請けは?」


 図々しいなこの野郎、とでも言いたげな視線が突き刺さる。そのまま何も言わずに部屋を出て行った。


 エルフ野さんは遠慮してお酒の要求はしなかったらしい。


 部屋を見回しても何て事のない部屋だ。ローテーブルと座布団が置かれただけの魔女っぽさが皆無の部屋。そもそも魔女っぽい部屋がどんなものかなんてのは分からないんだが。


 部屋の隅にあるクッションはノキシタのスペースらしく、真っ先にそこにいって丸まった。


 しばらくすると、お盆を持った乃真路が戻ってきた。ローテーブルに置かれたそのお盆の上には丸い形をした湯のみとお皿に載った羊羹があった。


「めっちゃちゃんとしたお茶請けじゃん……」

「不満なのかしら?」

「いえいえいえいえ、この上ない最高の喜びでございます」

「今度は憂瀬くんの家で最高のおもてなしを頼むわね」


 何その無茶ぶり。


「私もまたお菓子を部室に持って行きますね!」

「あまり匂いの強くないものがいいと思うわよ」

「わかりました!」


 ……俺も何か持っていくか。






「ふう、中々のお手前でした」

「パックで入れただけの、ただのお茶よ」


 ほほう、さすがはパックといったところだな。伊達に大衆向けに売り出されてないわ。羊羹も美味しかったし、大満足。


「それじゃ、乃真路の部屋を見せてもらおうか」

「……」

「え?」

「何故、憂瀬くんが驚くのかしら?」

「いや、険しい顔で睨まれたから」

「あなたが妙なことを口走るからでしょう?」

「妙って、別に変なことは言ってないと思うけどな。ですよね、エルフ野さん?」

「私も乃真路さんのお部屋を拝見したいです!」

「……」


 これは仕方ないと承諾する表情。そして、次に言うセリフは「わかったわよ」、だ。


「わかったわよ……」


 俺が言うと渋ってエルフ野さんだとオーケーなのは何でだろうか。いや、わかってるんだけどな。それは俺がエルフ野さんではないからだ。


「よし! そうとなれば早く行こう!」

「どうしてそんなに張り切っているのかしら……。別に変わった物なんてないわよ」


 それでも気になるのが男子の性。いや、女子の部屋に入りたいとかではなく、魔女の部屋としてね。


 乃真路の後を追って部屋を出る。廊下を進んだ先には引き戸ではなくノブの付いた開き戸が現れた。どうやらそこは洋風の部分らしい。


「これは……書斎って感じだな」


 その部屋に入ると、壁一面を占める巨大な本棚が目に入った。中には分厚い本がぎっしりだ。後はテーブルと椅子に古時計があるだけの簡素な部屋。窓からはテラスに出ることが出来るようで、そこにはロッキングチェアが置かれていた。


「優雅な生活してそうだな」

「不満はないかしら」

「床下にも何かあるのですか?」

「……目ざといわね」

「床下……?」


 ここは畳というわけではなく、俺にも馴染み深い板の間だ。特に変わった様子はなさそうだけどな。


 乃真路は古時計の扉を開くと何かを操作する。するとカチリ、と音が鳴り床の一部が浮いて少しずれた。


「ここから地下に行けるのよ」


 開いた隙間に乃真路が手を入れて浮いた部分を持ち上げた。そこには下へと続く階段があるようだ。


「こんなところで怪しい実験をしていたのか……」

「怪しくないわよ」


 いやいや、魔女が住む家の地下空間とか、いかにも過ぎてな。毎夜でかい壺の中に入った謎の液体をかき混ぜているんだろう。


 階段を下りた先は薄暗い部屋だ。パチリ、と音がすると灯りがついた。


「おお……」


 何だここ……。長細い部屋、その壁際には様々な植物が生えている。植物の下には水が流れているようだ。透明というか、ちょっと青みのある綺麗な水だ。


 部屋の奥にはテーブルと椅子が置かれ、そのテーブルの上にはビーカーやフラスコが散乱している。


「こんなところで禁断の実験をしていたとは……」

「そんなことしているわけがないでしょう」

「こんなのを見たらなあ……」


 テーブルの上には薬包紙に盛られた白い粉が置いてあるわけで。これ、気持ちよくなちゃうやつじゃないのか?


「そこに置いてあるのは便秘薬よ」

「……便秘なんだな」

「違うわよ! 簡単な調合の練習をしていたの」

「まあ便秘なんてよくあることだから」

「違うと言っているのが聞こえないのかしら?」

「乃真路さん、二日酔いに効く薬を作れば役に立つこと間違いなしですよ!」

「……そうね、考えておくわ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます