ファーストキスから始まって欲しい使い魔契約

「着いたわね」


 ふう、やっと地面の感触が戻った。地面に足をつけられる安心感ったらないな。空を飛ぶことを楽しむのはまだ俺には早いようだ。スリルが過ぎる。


「ここは神社のようですね」


 景色を見る余裕もなかったからどこかもわからない。神社に来る機会なんとそもそもないしな。初詣にすらろくに行かないわけで。あの時期はこたつに愛されて辛いのだ。


「私はここらへんで待ってるから、探してきてちょうだい」

「ええー……」


 完全にお任せモードですか。別にいいんですけどね。


「私が行っても仕方ないのよ。だからこそ、お願いしたのだけれど」

「そうなのか?」

「……動物があまり懐かないと言えばいいのかしら」

「ああ、なるほど」


 居るよな、そういうやつ。俺も懐かれやすいわけじゃないと思うが。


「でも、猫だと誰が行っても近寄ってくるのなんてそうそういなくないか?」

「近寄って来るぐらいでないと私が困るわね」


 それもそうか。特別人懐っこい猫ってことね。それも黒色。ちょっと条件がハードだな。


「とりあえず、探してみよう」

「そうですね」


 ぱっと見、猫の姿はどこにもない。そして人の姿も。


 神社といってもお守りなどが売られている場所はなく、賽銭箱が置かれているだけ。


「その前にせっかくだし参拝か」

「二拝二拍手一拝ですね」

「あーそうそう」


 日本人の俺より日本に詳しそうだから困る。


「五円玉あるかな……」


 別に五十円玉でも百円玉でもいいんだけど。んー、ないか。


「ほら、使いなさい」

「おー、せんきゅー」

「エルフ野さんも」

「ありがとうございます」


 賽銭箱に五円玉を入れて、鈴を鳴らす。そしてエルフ野さんをちらちら見ながら二拝二拍手一拝を済ました。


「これで黒猫が見つからなければ神様のせいだな」

「そんなわけないでしょう。憂瀬くんの努力次第よ」


 俺の努力次第なのか。乃真路の努力はどこいった? 五円玉払ったとこ?


「よし、行くか」


 まずは建物の下を覗いてみるが、周囲をぐるりと確認しても見つからず。そう簡単にはいかないか。


 神社を離れ、周囲の自然溢れる場所をうろうろする。猫ちゃーん、出てきてくださーい。


 餌とかでおびき出すとかした方が良かったのかな。やっぱり魚か。お魚くわえてなんとかってあるし。でも魚なんてくわえてる猫は見たこともないよな。あんまり食べそうなイメージもない。魚肉ソーセージなら食いつき良さそう。実際は人間の食べるものをあげない方がいいんだろうけど。


「エルフ野さんは動物好きだったりするのか?」

「ええ、もちろんです。エルフは自然と共に生きる種族ですから。そこに住む生き物とは仲良しなんですよ」


 それは頼りになりそうだ。


 しかし、猫が見当たらなければ意味もなく。


「さっぱりだなあ」

「気配がありませんね」

「気配って、そんなのがわかるわけ?」

「なんとなくなのですが、揺れる木々や風から伝わってくるんです」


 おお、エルフ野さんがめっちゃエルフしてる。やっぱりこうでなくっちゃな。お酒なんて飲んでる場合じゃないって。


「それじゃあ、場所を移した方が良さそうってこと?」

「そうですね」


 というわけで、再び神社に戻って乃真路と合流する。


「何読んでんの?」


 乃真路は座るために設置されているかのごとく存在をアピールしている岩に腰掛けていた。そして、その手には一冊の本が開かれる。


「ほお、ライトノベルか」


 持ち上げられた本の表紙にはそれ特有の可愛らしいキャラクターが描かれていた。マントを着てつば広のとんがり帽子をかぶり、杖を握り締めた女の子のキャラクターだ。魔女のくせに何を読んでんだか。


「魔女の勉強よ」


 ……ギャグ?


 それで勉強になるのなら、俺なんて一流の魔女になってるはずだな。男だから魔男? まおとこって読むと、ちょっと誤解されそうだ。


「猫がいないようだけれど」

「ここにはいないらしい。エルフ野さんがそういうの分かるんだってさ」

「そうだったの」

「ええ、任せてください」

「それなら、次はエルフ野さんに案内してもらおうかしら」

「次ってことは、また箒?」

「もちろんよ」






「ふう……」


 二回目でも慣れる気配はないな……。人類に空はまだ早かった。


 それに、箒にまたがると股間がね……。かといって乃真路とエルフ野さんのように腰掛けるのは落ちそうで怖いし。空を飛ぶ道具として箒は欠陥品と言わざるを得ない。空飛ぶ車とかでいいよ。


 ともあれまたもや神社。神様にご挨拶申し上げておかないとな。


「乃真路、五円玉を頼む」

「そんな何枚も持っていないわよ」

「……」


 どこかで買い物してお釣りもらうか。別に賽銭箱に入れるのがもったいないとかそんなんじゃなくてだな。なんなら千円札を入れてもいいぐらいだし。


「よし、ちょっと休憩でもしにコンビニでも行こう」

「休憩するほど何かをした覚えもないのだけれど」

「そりゃあライトノベルを読んでればな」


 俺なんて箒にまたがるだけで体力がすり減ってる。


 ほら、心なしかエルフ野さんも手が震えてるだろ? ここらへんで一発飲んでしゃきっとしないとダメなんだよ。


「喉も渇いたし休憩休憩」


 マントを外し、神社を離れて道路へ出る。左右を確認するも、コンビニの姿はなし。


「あれ、駄菓子屋かな?」


 店先にお馴染みのガシャマシンが設置されている。ちょっと寂れた風なのがそれっぽい。


 その前まで移動すると駄菓子屋の文字が書かれた看板が掲げられていた。


「お菓子が売っているのですか?」

「こういうとこは昔ながらのやつが多いんじゃないかな」


 確か家の近くにも一軒あった気がする。潰れてなければだが。


 中に入ると少し懐かしいような匂いと雰囲気。両の壁には所狭しと駄菓子が並べられている。カウンターには老婆が一人座っていた。こちらを一瞥すると手元にあった編み物へと視線を戻した。


「こ、これは……」


 エルフ野さんが目を見開いて手に取ったのはポット入りの串に刺さったイカ。


「こんなものがあったなんて……」


 まあ美味しいけどさ。それを選ぶあたり、やっぱりエルフ野さんなんだなって。


 一方の乃真路はねるねるねる〇をチョイス。ちょっとでも魔女に関係するものを選ばずにはいられないのだろうか。懐かしいけどさ。


 俺はやっぱりうま〇棒を手に取ってしまうよな。あとはタ〇タ〇してんじゃねーよとか。これはエルフ野さんも好きそうだ。


 会計を済まして五円玉をゲット。自販機で飲み物を買って店の前にあるベンチに座って駄菓子パーティだ。


「エルフ野さんはお酒じゃなくて良かったんだ」

「飲酒運転はいけませんよ」


 そりゃあそうだけど。箒でもダメか。


「お酒って、高校生の身分で飲むのはどうかと思うのだけれど」

「エルフ野さん九十歳なんだってさ」

「……見えないわね」

「エルフで言えば子供同然ですよ?」

「子供はお酒を飲まないのよ?」

「この国の法律では二十歳であればお酒をいただくことができますので。郷に入れば郷に従え、です」


 別に誰もとがめませんが。というより魔法でとがめられないと言った方が正しいか。


「ていうか、駄菓子買いすぎじゃ?」


 二つの大きい袋の存在感よ。


「今日も楽しく飲めそうですね」


 それは何よりです……。


「そんなに持ってたら猫を捕まえられなそうだな」

「私が持っておくわよ」

「ありがとうございます!」


 そのポシェットがあれば余裕か。






 休憩を終えて、神社に戻る。早速ゲットした五円玉を賽銭箱に投入して二拝二拍手一拝。エルフ野さんを見て覚えたからもう完璧だ。


「神様、今度は頼みますよ」

「神様も呆れているでしょうね」


 いやいや、俺ほど神様を崇拝しているやつはいないから。異世界に転生したときには何卒お願い申し上げます、ってこの世界の神様に頼んでも仕方がないな。異世界の神様を祀ってる神社はないものか。


 賽銭箱を離れて、まずは軒下チェックからだ。


「よっと」


 猫ちゃんどこですかー。


「あれは……?」


 光る二つの小さい目。こちらをじっと見ている。


 間違いなく猫だ。


「……」


 エルフ野さんをちょいちょいと手招きする。俺には荷が重い。そもそも猫など触ったことすらないのだ。


「どうされました?」

「猫」


 納得したという顔でエルフ野さんがしゃがんで猫と対峙する。


 そして、エルフ野さんが口を開いた。


「にゃー」


 出てきた言葉は猫の鳴き真似。そんなんでいいのか? いや、すごい上手いけど。


「って、出てきたし……」


 ちょろいな、猫。さっきまで色は分からなかったが、ばっちり黒色だ。


「にゃあ」

「にゃー」


 ……会話してんの? 猫は大人しいようで、エルフ野さんが抱きかかえても暴れることはない。


「おお……」


 こんなに間近で見たの初めてだな。ちょっと可愛いかも。飼う気はないが、人気なのも頷ける。


「乃真路」


 こちらを見ているはずだが、近寄ってこようとしない。何様子を見てんだか。


「ほら、乃真路さん。猫ですよ」

「え、ええ……そうね」


 猫を抱きかかえたエルフ野さんが乃真路の元へと歩いていく。


「ど、どうすればいいのかしら……?」

「……猫の鳴き真似?」

「……にゃ、にゃー」

「……」


 猫は興味なさげに顔をそむけて欠伸をする。


「この猫はダメね」

「ダメなのは乃真路じゃないのか?」

「いいえ、私はダメではないわ」


 こんだけ猫にそっぽを向かれてるのに? その自信はどこからくるんだよ。


「この猫は普通の猫なの」

「普通って……」


 確かに普通だが。猫に何を求めてんだか。


「使い魔は人の言葉が理解できないと務まらないということよ」


 ……さすがに無理言い過ぎだな。現実を見ようか。確か猫の翻訳機みたいなの売ってなかったっけか。それで手を打とう。


「エルフ野さんはどう思う?」

「確かに意思疎通ができる動物というのは存在します」

「……そうなんだ」

「この猫はそれが少々難しいようですね」


 また一つ俺の常識が崩れてしまったな。この調子で頼みたいところ。


「にゃあ」


 エルフ野さんが抱きかかえていた猫を地面に下ろすと、一鳴きして軒下に戻っていった。


「お?」


 そして、入れ替わるようにしてまたもや猫が現れた。きょとんとした表情というか、穏やかというか。両の青い目でこちらの顔を眺めている。額に月の模様があることもなく、全身が真っ黒だ。


「ほら、乃真路。猫の鳴き声」

「その必要はないわ。あなた、私の使い魔になってくれないかしら?」

「にゃあ」

「ええ、安心してちょうだい。家にはふかふかのクッションもあるし、最高のご飯を用意するわよ」


 何か言い出した。通じてんの、これ?


「にゃあ」

「ええ、よろしくお願いするわ」

「……どうなったんだ?」

「使い魔として契約してくれるみたいね」

「へえ……」


 ってことは、これが人の言葉の分かる猫? 俺、猫の言葉はさっぱりなんだが……。


「……猫の言葉を理解できるのも魔女の条件なのか?」

「会話してればそのうち分かるようになるわよ」


 本当かよ。猫との会話教室を開いてくれ。


「さてと」


 乃真路はポシェットに手を突っ込み、何かを取り出そうとしている。四次元ポケットならぬ四次元ポシェットだよな、それ。どんだけ中に入ってんだか。


 そして、出てきたのは形の悪い杖だ。まあ味があるとも言えるけど。


 次にその杖を地面について、お絵かきを始めた。まん丸の綺麗な円が一つ、その中に複数の小さい円が重なりながら描かれた。最後に星か。これは……。


「魔方陣……?」

「ええ、そうね」


 めっちゃ魔法っぽい。これだよこれ。


「これなら俺も描けそうだな」

「綺麗な円を描くのは意外と難しいのよ」


 確かに、これだけ綺麗なのは難しいのか……。魔女に必要なスキルの一つはお絵かきらしい。


「これは何の魔方陣なんだ?」

「使い魔の契約よ」

「ほほう……」


 俺が入ってみたりして。


「ちょっと!」


 その瞬間、すごい風が巻き起こった。地面の土が巻き上げられて、目を開けることも出来ない。


 どうなってんだ……!


「にゃあ」


 お……? 風がやんだ……?


「んべっ……。口の中がじゃりじゃりする……」

「あなた、何を考えているのかしら?」

「何って、ちょっとしたお茶目?」

「馬鹿なの?」

「知的好奇心が疼いただけだから。これで俺も使い魔ってことか」


 魔方陣だけというのが少し味気ないが。やっぱり使い魔はキスから始まらないとな。


「そんなわけないでしょう」

「あれ、そうなのか?」

「そうなのよ。次は邪魔しないようにしなさい」

「わかった、マスター」

「誰がマスターよ。エルフ野さん、こいつを抑えておいてもらえるかしら?」

「大丈夫です。憂瀬さんは二度も同じ間違いをしません。ですよね?」

「あ、はい」


 そう言われると茶目っ気も息を潜めてしまわざるを得ない。すでに俺はエルフ野さんに使役されていたのか。


 先ほど地面に描かれた魔法陣はすでに消えてしまったため、乃真路は同様の魔法陣を描きなおした。


 そして、今度はそこに黒猫が入る。すると、土ぼこりが少し舞って地面の魔法陣が消え去った。


「さっきのを考えると、これが成功?」

「そうよ」


 これはこれであっけなさ過ぎるというか……。さっきの方がよっぽど魔法してたよな。


「これで使い魔になったのか。見た目は何も変わらないんだな。乃真路、抱いてみれば?」

「そ、そうね……。どうすればいいのかしら……?」

「どうって……。エルフ野さん、お願いします」

「はい、分かりました」


 やはり俺には荷が重い。エルフ野さんは軽々と猫を抱きかかえ、乃真路に向かって差し出した。


「どうぞ」

「えっと……」

「にゃあ」

「大丈夫よ。それじゃあ、いくわね……」


 何が大丈夫なのか。エルフ野さんの腕から乃真路の腕へと猫は移動して、すっぽりと腕の中に収まった。


「……ちょっと臭うわね」

「にゃあ」

「わかったわ。帰ったらお風呂ね」


 今のは風呂に入らせろ、だな。

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