経験豊富なお姉さま

「失礼しまーす」


 職員室の扉を開けて中に入る。勝手知ったる場所でもないのでちょっと緊張。あまり通い慣れたいところじゃないんだが。ここへ頻繁に来るのなんて問題のある生徒ぐらいだろうし。それか優等生か。なるのなら後者だな。


 古園先生は、っと。いたいた。


「先生」

「憂瀬か、どうした?」

「部室の鍵を返しに来ました」

「何だ、もういいのか」

「ちょっとこれから校外活動に行ってきます」

「早速だな。何をしに行くんだ?」

「猫探しです」

「そんな相談事がきたのか。猫なんて中々見つからんぞ」

「ですよね。でも、やれるだけやってみようと思います」

「くれぐれも面倒ごとは起こさないようにな」

「はい。それと、部員になりたいという生徒が現れました」

「ほう、それはまた物好きなやつもいたもんだ」


 まあこっちから誘ったわけだが。エルフ野さん一押しの生徒なもんで。


「念のためこれを何枚か渡しておこう」

「入部届けですか」

「一人一枚は配られているはずだがな。自由に使え」

「ありがとうございます」


 それでは失礼しました。職員室を退散して昇降口でエルフ野さんと乃真路の二人と合流。


「乃真路、これ」

「入部届け?」

「書いて古園先生に出しといて」

「わかったわ」


 それから靴に履き替えて校門を出る。


「とりあえず、ついてきてもらえるかしら」


 そう言って、乃真路はいつもの駅へ行く道とは逆の方向へ歩き出した。


 下校時間とは少しずれた時間帯。下校する生徒の数はまばらだ。


「お、こっちにたこ焼き屋なんてあったのか」

「帰りに食べてる生徒を見かけるわね」


 そういえば帰りに買い食い禁止なんて校則ないもんな。結構そこらへんはゆるい学校だ。休み時間に校外へ出ることは禁止されてるけど。それがなければ昼飯にたこ焼きもいけるにな。


 そして、乃真路が入っていくのは建物同士の間にある狭い路地。もちろん人気などあるわけもなく。猫はいそうだけど。


「ここでいいかしら」

「ここ?」


 通り過ぎるのかと思いきや、ここに用があったのか。不良にしめられる場所としか思えないんだが。


「やっぱり乃真路は不良だったのか」

「どうしてそうなるのよ」


 乃真路は腰から下げていた小さいポシェットをごそごそと漁りだした。


「……」


 明らかにおかしい光景が目の前に。ポシェットの大きさは手首までが入る程度。しかし、乃真路は上半身を少し曲げてそのポシェットに肘の部分まで腕を突っ込んでいた。


「それ、どうなってるんだ?」

「ん? ただの魔法の鞄よ」

「……そうか」


 そう言われると、そういうものかと納得するしかない。魔法ってやつは考えるだけ無駄なのである。


「はい」


 ポシェットから出てきたのは黒いマント。それを手渡された。広げると膝下まであって長い。首元で留められるようになっているらしい。何のコスプレだ。


「エルフ野さんも使う?」

「もちろんです!」


 同じマントを手渡されたエルフ野さんはどこかうれしそう。そして、三枚目のマントがさらに出てきた。やつのポシェットは化け物か。


「これ、着ろってことだよな?」

「ええ、そうね」


 おそらく魔法に関するアイテムなんだろう。見せてくれるって言ってたしな。おしゃれとか言い出したらちょっとどうしていいかわからない。


 着用して身体を見回す。学生服に合わせるとアンバランス感が否めない。でもちょっとテンションが上がる。そういう魔法?


「憂瀬さん、どうですか?」

「おお……めっちゃ似合ってる」


 おかしいな、女子の学生服だとマントがマッチしている不思議。あれか、ただし着る人に限るってやつ。乃真路の方を見ても超しっくりきてるし。いいんだ……俺はどうせ脇役ポジションなんだから。むしろ率先して脇役をやっていると言ってもいいね。目指せ名脇役ってな。


「それで、これには何の意味があるんだ?」

「人に気づかれなくなる魔法がかかったマントよ」

「へえ、エルフ野さんの魔法と同じやつか」

「そうですね、やってることは同じなんだと思います」


 異世界ではなく、この世界にまで魔法が存在していたってことか……。何でもっと早くに教えてくれなかったんだ、と思うよりは今になってでも知れて良かったと思った方が精神衛生上いいか。


「乃真路、いや師匠、俺に魔法を教えてくれ」


 異世界の魔法は魔力の器官? とかいうのがないから使えないんだろうが、この世界の魔法となれば別だ。


「今度ね。それと、師匠はやめて」

「わかったよ師匠」

「おかしいわね。耳、付いてるのかしら?」


 よし、ちょっと気合を入れて黒猫探しをするか。へそを曲げられないようにご機嫌を取っておかないと。魔法のためなら火の中水の中だ。スカートの中はさすがにセクハラが過ぎるから勘弁して欲しい。見せてくれるのであれば望むところだけど。


 乃真路はまだポシェットを漁っている。


「ふと思ったんだが、マントを着ている二人の姿が見えるのは魔法の抵抗力? があるからでいいのか?」

「そういえば不思議だったのだけれど、憂瀬くんはそういう体質だったのね」

「珍しいのか?」

「ええ、それなりに。珍しくもないのなら同業者からですら気づかれにくいマントにする必要があるわね」


 同業者か……。そんなに多くはないんだろうな。マントを着たやつなんて見たことないし。ハロウィンぐらい?


「あった」


 またえらいもんが出てきたな……。


「箒か……」

「エルフ野さん、これは?」

「いります!」


 お、もう一本出てきた。箒といってもよく見る先が平べったい物ではなく、昔ながらというか、いかにもなやつ。まさかとは思うが……。


「これで飛ぶ、とか?」

「当たり前じゃない」


 当たり前か……。魔女っぽいっちゃあぽいが、あまりにも現実離れしすぎというか……。まあいまさらだ。


「俺の分の箒は?」

「憂瀬くんに乗れるとは思えないのだけれど」

「なるほど、俺も思わんな。そしかして、置いていくとか言う?」

「私の後ろに乗せてあげるわよ」


 こんな箒一本で空を飛ぶとか、安全性は大丈夫? シートベルトもないんだが。


「というか、何で箒?」

「意味なんてないわ。人の指が五本なのと同じようにね」


 よくわからない例えをおっしゃる。


「さあ、行きましょうか」


 乃真路がそう言うと、身体が浮いた。


「浮いちゃったよ……」


 ほんの十センチ程度だが、間違いなく浮いている。こう目の当たりにすると違和感がすごいな……。


 しゃがんで、浮いて空間ができた場所に手を動かしてみても支えるものはない。


「覗かないでもらえる?」

「え? ああ……ごめん」


 そうか、スカートを穿いていらっしゃいましたね……。


 乃真路は箒を平行にして、そこに腰掛けた。エルフ野さんの方もすでに浮いて、同じ体勢を取っていた。


「えっと、俺はその後ろに座ればいいのか?」

「ええ、そうね。またがるといいわ」


 こ、こうか……?


「それじゃあ」

「うおっ!」


 風が勢いよく身体を突き抜けた。地面からはみるみるうちに離れていき、あっという間に建物を追い越した。


 超怖い。


「ちょっと、あまり強く抱きしめないでもらえるかしら?」

「え、あ、ごめん……」


 慌てて放すも、どうやってバランスを取ればいいのか分からずまた抱きついてしまう。


「悪いけど……」

「別にそれは構わないのだけれど、あまり力を入れないでね。初めてであれば仕方ないのだから。優しくしてあげるから大人しくしていなさい」

「……はい」


 経験豊富なお姉さまに全てをお任せします。


 しかし、怖いな……。別に高所恐怖症というわけでもないんだが……。ジェットコースターなんて目じゃないぜ。


 エルフ野さんの方を見ると、くるくると回りながら楽しげに飛んでいるようだ。スカートを穿いてやるには少々問題がありそうだな。マントで見えないけど。これからは上を向いて歩くことにしよう。

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