ノーツナ缶ノーライフ

 オリエンテーションも無事に終わり、週末の休み。結局ただの勉強合宿だったな。朝はラジオ体操から始まり夜まで勉強漬け。そして、最終日の三日目にはテストを受けさせられた。しっかり授業を聞いていたやつとさぼっていたやつを見分ける作戦か。やられたな。


 新しい学校生活も始まって肉体的にも精神的にも若干の疲れを感じられたので、目覚ましもせずに一日寝こけてやるぜ、と思っていたのだがインターホンの音に起こされてしまった。


「お酒を飲みましょう!」


 ドアを開ければこれだ。薄々予感はしていた。ただし、今日は色々と持参してきたようで。両手に袋を引っさげてのご来訪。部屋に入り、テーブルにその中身が広げられた。


「知ってるかもしれないけど、俺、飲めないんだが」

「ご安心ください。ジュースも買っておきましたので」


 なるほど、それは気が利くな、とでも言えばいいのだろうか。でも、だし巻き卵やからあげを見ているとお腹は空いてくるものだ。冷凍していたご飯をレンジで温めて食べるか。


「それ、俺も食べていいのか?」

「もちろんです」


 となると、こちらからも何かを提供せねばなるまい。手間がかかるものはめんどうだから却下。ツナでいくか。戸棚を空ければ十個以上のツナ缶が山の如しだ。アイラブツナ缶。ノーツナ缶ノーライフ。ツナ缶さえあれば俺は生きていけるのである。


 だが、このままでは芸がない。お皿に移して、マヨネーズと塩を少々。そして、わさびを投入だ。ツンとくる風味は食欲をそそること間違いなし。そうだ、タマネギもあるからみじん切りにして入れるか。


「はい、ツナマヨわさび」


 エルフ野さんは謎の頷きを返すと、割り箸で少しつまんで食べる。


「っ!」


 目を見開いたエルフ野さんは、すでに開けていた缶ビールを口につけた。


「ぷはあ、うまい!」

「ツナマヨわさびが? それともビール?」

「どちらもです!」

「そうですか」


 これでまた一人ツナの魅力に捕らわれたな。俺はエルフ野さんが持ってきたからあげを頂く。


「うん、美味しい」


 揚げ物も自分じゃ作らないからなあ。


「これは弁当屋で買ってきたやつ?」

「ええ、そうです」


 さすがプロ、一味違う。そういえば、この間チラシが入ってたっけ。今度頼むか。


「この家は憂瀬さんがお一人で住んでいらっしゃるのですか?」

「今はな。父親が海外に単身赴任に行ってたんだけど、事故に遭ったみたいで。心配した母親もついてっちゃって、そのままだ」


 不思議なことに男女が一つ屋根の下にいると新たな生命が生まれるらしいと聞く。弟より妹がいいな。


「お父様はご無事だったのですか?」

「足の骨が折れた以外は大丈夫だったみたいだ」

「そうでしたか」


 冷静に考えるとエルフ野さんと二人きりか……。ああ、だし巻き卵が美味しい。


「そういえば、何でわざわざ隣に越してきたんだ?」

「それはもちろん、憂瀬さんとお酒を一緒に飲むためです」

「へえ……」


 相手間違えてない? 高校生なんだけどな。


「お酒を飲むとあちらのことをうっかり話してしまうことがありますので。そういう話も気兼ねなく出来る相手というのは貴重なんですよ」


 うっかりね……。一人で飲めばいいんじゃないか、というのは言っちゃダメなんだろうな。異世界の話を聞けるのであれば酒飲みの相手をするのもやぶさかではないが。


 そもそも、異世界の話を聞いた俺に対して普通の人間と同じように接してくれ、としか言ってこない時点でそれほど深刻に考えてはいない気もする。まあ誰かに話したとしても頭のおかしいやつと思われるか。もしくは、そういう行動に移らないから放置されている可能性。俺が異世界のことは話そうもんなら粛清まったなし?


「他にエルフ野さんみたいに異世界から来てる人はいないのか?」

「いますよ。詳しい人数は話せませんが、穴の発生しやすい場所ごとに担当者がいます」


 結構いるのかな。非日常は意外と日常のすぐそばに隠れていたらしい。


 他も苗字はエルフ野さんなのか? 目の前に居るエルフ野さんは九十歳とか言ってたっけ。年齢だけで考えるとものすごい年上だよな……。敬語で話した方が良かった? でも今更だしな……。同級生として見るように言われたし、別にいいか。何となくさん付けはやめられないが。






「ん……」


 ……寝てしまっていたか。壁にかかる時計を見上げる。


「七時……」


 朝から何時間酒飲みに付き合わされていたんだってな。


「ふっ、はあ……」


 テーブルに突っ伏していたからか、身体がばきばきだ。まだ眠いのは起き掛けだからだろうか。カーテン越しに差し込む光が意識を目覚めさせていく。


「……光?」


 まさかと思ってスマホを確認すると、十九時ではなく七時の表示。


「……」


 なんてこった……。本当に何時間寝てたんだよ……。まさか、ジュースと言いながらお酒を飲まされていたとでも……? いや、今はそんなことどうでもいい。今日は学校だ。


「エルフ野さん! 起きろ!」


 目の前で突っ伏すエルフ野さんを揺すって起こす。


「んむー……」

「朝の七時だから! 学校に遅刻するって!」

「遅刻、ですか……? それはいけませんね……」


 むくりと起き上がるも完全に寝ぼけた顔をしている。とりあえず、放っておいて自分を優先しよう。エルフ野さんなら遅刻しても許されるだろ。


 軽くシャワーをしておくか。八時までに家を出れば遅刻にはならない。ちょっと焦ったけど、一時間もあれば十分だ。


 着ていた服を洗濯機へ放り込んでシャワーを浴びる。


「ふう……」


 ようやく頭がすっきりしてきた。


 休みの日には特段することもないし酒飲みに付き合うのはいいが、これからは気をつけないと……。というか、もしエルフ野さんが一人で飲んでたら確実に遅刻コースだったよな。魔法でごまかせるものなのかどうか。


 シャワーを止めて頭を泡々しているとドアの開く音が聞こえた。暖められていた風呂場の空気が俺を置いて我先にと逃げ出していく。


「あら、憂瀬さん入っていらしたんですか?」

「……」


 そしてドアの閉まる音。


「シャワー使わせてもらいますね」


 入ってきてるし……。何この状況。もしかしてまだ酔っ払ってます?


「っ……!」


 お湯をつけようとしたのか俺の身体に何かが触れた。あまりのことにどう行動すればいいのかもわからない。身体が固まってしまう。いや、興奮してとかそんなんじゃなく、身体全体がね。目にまで泡がかかてしまっているのは幸か不幸か。


 シャワーの音が響き渡る。跳ねたお湯が身体にかかった。落ち着け俺。じっと嵐が過ぎ去るのを待つんだ。


「頭流しますか?」

「あ、はい……」


 髪の毛を切りに行く以外で他人に頭を洗ってもらうなんてな、とか言ってる場合じゃない。されるがままになるしかない自分が悲しい。


「はい、綺麗になりましたよ」

「ありがとうございます……。じゃ、じゃあ俺はこのへんで……」


 南無三。風呂場を後にする。


「ふう……」


 朝から大忙しだな……。脱ぎ散らかされた衣服を横に身体を拭く。


「やれやれだ」

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