エルフのお役立ちアプリ

 着替えなどを入れたバッグを持って校庭に並ぶ。ざわざわと、少し騒がしい朝。遅刻をする輩はいなかったようで、点呼は無事に終わった。


 それから、学校の敷地内に止められたバスへクラスごとに乗り込んだ。座席は生徒に決められる権限はなく、教室での席順と同じく名前の順番だ。そして、俺の隣はエルフ野さん。


「何かと縁がありますね」


 縁、ねえ……。家が隣になったのは偶然でも何でもなさそうだけどな。よく考えなくても、気がついたら引越ししてたとか恐怖以外の何ものでもないわけで。魔法に耐性とやらがあって良かった。


 嫉妬の目が怖いので、エルフ野さんとはあまり会話もせずに窓から外を眺めて時間を潰そう、と思っていたら肩に重みが。すーすーと聞こえるのは寝息か……。昨日は結構飲んでいらしたみたいですからね。他の人と同じように扱えとは言われたけど、高校生で酒を飲まれてもな……。


 騒がず慌てず落ち着いて。俺が悪いわけではない。エルフ野さんのほうから攻撃を仕掛けてきたのだ。だがしかし、他のクラスメイトには何を言っても通じないだろう。こちらも目を閉じて、寝たふりをするしかないのである。






 パシャリ。


 何だ、と思い目を開けると前の座席からこちらへとスマホを向ける田所。


「……何をしてんだ?」

「くっくっく、エルフ野さんとのツーショットは頂いた」


 普通に寝ていたようだ。寝起きにこいつの顔というのは気分が下がるな。特にそのにやけ面が。


 バスはすでに止まっており、窓から外を見ると生徒が歩いている。目的地であるホテルに着いたらしい。


「……ばら撒くとか止めろよ。俺の命が危ない」


 すでにファンクラブが出来ていてもおかしくないからな。そうなれば俺は要監視対象だ。いつの間にか闇に葬り去られる可能性もある。


「そんなことしねーよ。お前の顔部分を切り取り、そこに俺の顔写真を入れ込むことでエルフ野さんとのツーショットを実現させるんだよ!」

「……」


 何を考えてんだか……。


「んじゃ、エルフ野さんを起こしてさっさと来いよ」


 そう言って田所はバスを降りていった。すでに全員が降りてしまっているようだ。


 寝ているエルフ野さんを放置していくとか、意外に薄情なクラスメイトたちだな。起こすのもためらわれるとか? それとも寝起きのエルフ野さんを警戒したか。機嫌が悪い人とかいるよな。


 起こすか、と思ったところで頭がずれて俺の太ももにエルフ野さんの頭が落ちた。ドキリとして周りを見るが大丈夫、見ている人はいない。


「……ほら、エルフ野さん、着いたぞ」

「……」

「起きてくださーい」

「むむう……」

「っておい! そんなところに顔をうずめるな!」

「む?」


 むくりと体勢を立て直すエルフ野さん。


「目的地に着きましてございますよ」

「そうでしたか。あら、皆さんがいませんね」

「もう降りたからな。早く行こう」

「わかりました」


 バスから降りたときの視線が痛い。しかし、立派なホテルだな。海が近いらしいが、水着を持ってくるようになど言われておらず。まあさすがにこの時期に入りたいとも思わないけど。気合を入れるために泳いで来いとか言う体育会系の学校じゃなくて良かった。温水プールなら歓迎だが。


 荷物を持って、初めに向かうのはホテル内の広い会場。そこで入館式が行われた。特段仰々しいものではなく、それが終われば部屋に荷物を置いて昼まで少しの間休憩だ。


そこは畳の四人部屋で中々悪くない。旅行なんて久しく行ってなかったけど、非日常気分を味わえるこの感覚はいいな。


「うわー、海が見えるよ」

「オーシャンビューってやつか」


 申し訳程度だが。


 バスの時と同じく、部屋のメンバーも生徒に決められる権限はない。篠田が同じ部屋なのでちょっと気楽だが。この機会に後の二人とも仲良くなっておこう。備え付けのお茶を入れて、ご趣味は、なんてありきたりの質問をしていると昼食の時間になる。


「カレーかあ」


 ちょっとテンションの上がってしまう自分が情けない。カレーにハンバーグ、スパゲティは鉄板だからな。そしてテーブルも部屋のメンバーと同じ。強制的に友達の輪を作らせにきてるな。正直ありがたい。


「この後は授業みたいなことするんだったか?」

「みたいだね。普通の授業をするのかな」

「授業の進め方みたいなのだと、昨日と変わらないよな」


 と思っていたのだが、似たような授業でした。こうなると何で昨日からオリエンテーションを始めなかったのかという疑問が湧いてくる。大人の事情ってやつか。


 淡々と授業は進んで終わった。夕食はビュッフェ形式で、それが済むと風呂に入って一日目が終わる。わざわざホテルに着てまですることかと思うのはすれすぎだろうか。クラスの男全員で風呂に入るのはこんなところじゃないとできないが。






 ドアの開く音が聞こえた。時刻は深夜というほどでもないが、他の三人は寝静まっている。俺も意識が途切れる五秒前。おそらく生徒が寝ているか先生が確認しにきたのだろう。ドアが閉まる音が聞こえた。


 今日にグッバイしようとした瞬間、人の気配に身体が固まる。誰かが布団から起き上がった音は聞こえなかった。そして、布団を踏みしめる音が続く。え、何……? 誰か入ってきたのか……? めっちゃ怖いんですけど……。


 ……。


 どうすることもできない。目をぎゅっとつぶって寝てますアピール。


「ぐふっ……!」


 えっ……。俺の布団の上に何かがのっかってきた……? めっちゃ怖い。けど、勇気を振り絞ってうっすらと目を開ける。すると、そこには驚くほどの美人な顔があった。


「……エルフ野さん?」


 この人何してんの? 違う意味でびっくりした。


「さあ、起きてください」

「いや、起きてくださいって……」


 エルフ野さんがそのまま部屋を出て行くので、少し迷ったがついていく。部屋で寝ている三人が起きる様子はなさそうだ。どんだけ熟睡してんだか。


「……どこ行くんだ?」


 廊下に灯りは点いているが人気はなし。先生に見つかったら説教ものだな。あまり目を付けられたくはないのだが。そして、誰かにこの状況を見られても言い訳のしようがない。


「外です」

「……」


 俺はどこに連れて行かれるのか……。まあ全力で拒否しないあたり、俺も何かを期待しているのか。異世界から来ているぐらいでないと、こんな状況で出歩いたりもしまい。あるとすれば、告白、とか……? ないな。


 階段を下りて一階まで行くが、誰も見当たらず。教師陣もオリエンテーションで生徒がうろうろするなんて思ってもいないか。悪しき前例とならぬよう、見つからないように注意を、っと!


「エルフ野さんこっち!」

「何ですか?」


 静かに手を引いて廊下の陰に隠れた。玄関から誰かが歩いてきている。


「誰だこんな時間に……」


 先生、ではなく生徒のようだ……。同じ学年に不良ちゃんがいるのか……。今後のために誰か確認をしておきたいが、ここからでは顔が見えない。


「ほら、行きますよ」

「え、ちょっと……!」


 通り過ぎて行ったとはいえ、まだ不良ちゃんは近くにいる。


「認識阻害です。目の前で踊り狂いでもしない限り気づかれません」

「魔法ってやつか……」

「そうです! 魔法はすごいんです!」

「あ、ちょっと、声が大きいかな……」

「これでも気づかれませんよ」

「へえ……」


 女子風呂に入っても気づかれなさそうだな、と考えてしまうのは男の性。女でも男風呂には入ってみたいものなのだろうか。聞く相手がいないから一生の謎になりそうだ。


 外に出ると風がエルフ野さんの髪を揺らした。少し前まで寒かった気がするんだけどな。四月にもなればこんなもんか。ここ例年を思うとあっという間に暑くなっていきそうだ。季節が夏と冬だけになるのも近いな。


 エルフ野さんは行き先がはっきりとしているのか、迷わず歩道を歩いていく。もしかして、飲みに行くとか言いませんよね? ちょっと不安になってきた。


「お、桜だ」

「綺麗ですね」


 あなたのほうが綺麗です、みたいな気取ったセリフを言える男になりたいと思った高校生の春。年を取れば懐かしのあの頃になるのか。後悔しないように生きてはいきたいが、自制が働いてしまう悲しい高校生男子。全能感とは無縁だな。


「ここです」


 カーブを描く傾斜の緩い坂を上った先に鳥居が現れた。


「神社かあ……」

「ここの奥のはずなんですが……」


 そう言ってエルフ野さんはスマートフォンを取り出して何かを確認しだした。


 それにしても夜の神社って、何か怖いな。出そうっていうか……。まったく人気もなければ灯りもない。そういえば、お参りは夜にしないほうがいいとか聞いたことがあるな……。俄然怖くなってきた。


「おかしいですね……」

「何が?」

「穴のマークが消えてます」

「穴、っていうと異世界への?」

「はい」

「マークってのは?」

「穴が発生しかけている場所にマークが表示されるアプリがあるんです」

「アプリって……」


 何てもんを使って探してんだか……。


「ここへ来る前にはマークがあったはずなんです」

「なるほど、今見ると消えていると……。自然にその穴が消えることはないわけ?」

「ないこともありませんが、マークが表示されるのは比較的進行している状態なので、自然に消えることはないと思うのですが……」

「まあ、実際に消えてるんなら自然消滅ってことなんじゃないか?」

「そうなのでしょうか……。念のため、確認しておきたいと思います」


 エルフ野さんが階段を上がっていくので、後を追う。異世界の穴が開いたとしてどうなるんだろうな。ただ単に行き来できるようになるだけか? まあそれで死んでしまうんじゃ放っておくわけにもいかないよな。


 でも、向こうの世界の住人はこっちへ来ても死なないのか。エルフ野さん生きてるし。それなら向こうの世界にとって穴が開いたとしても迷子になるぐらいの影響しかなさそうだけど。


「エルフ野さんって何のために穴を塞いでんの?」

「お金のためです」

「……」


 えらく即物的というか何というか……。


「穴を塞ぐとボーナスがもらえて飲みに行けますので」

「お金ってこっちのお金ってこと?」

「その通りです。最低限の生活を送る資金は穴の監視任務ということでもらえるのですが」


 エルフ野さんにとっては贅沢をしたいって理由か。ちょっとイメージがまた変わったな……。親近感が湧いてきた。


「そもそも、何で穴を塞がないとダメなんだ?」

「世界のバランスが崩れるからです。あちらとこちらは本来交わるはずのない世界同士なのですが、あちらで大きな魔力変動が起こってしまい、その余波で世界が繋がってしまったのです」


 ふむ、よくわからん。


「バランスが崩れるとどうなる?」

「世界が混ざり合い、大崩壊を招くと言われています」

「大崩壊か……」


 なんとなく危なそう。つまり、向こうの世界にとっても穴は塞がないとダメってことか。


「やはり、異常はありませんね……」


 神社の裏手に回ったが、変わった様子はない。いや、かなり怖いんだけど。そもそも何で俺はこんなところに連れてこられたのか……。


「憂瀬さんにお見せしたいと思ったのですが、残念です」

「俺に?」

「ええ、先日お話をしたときに気にされている風でしたので」


 そんな物欲しそうにしてたか。異世界と聞かされればそうもなるよな。


「これで用は済んだのか?」

「そうですね。それではコンビニへ行きましょうか」

「何でコンビニ……?」

「せっかくですから。先ほどの桜が綺麗でしたので、お花見をして帰りましょう」


 お花見か……。コンビニ関係ある?


「お花見ではお酒に決まっていると、そういう風に聞き及んでいます」

「いや、どうだろうな……」

「さあ、行きましょう!」


 ……まあいいか。

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