エルフ野さんの正体はエルフだったのだ

「明日からオリエンテーションだからな。忘れ物、遅刻のないように」


 ホームルームが終わり、掃除をして今日の学校生活は終了だ。それにしても、オリエンテーションか。二泊三日で高校生のなんたるかを叩き込まれるらしいな。お手柔らかに願いたいところ。


 疲れたし寄り道もせずに家へと帰る。


「ただいまー」


 鍵を開けて中に入るも、誰も居ないので返事はなし。ま、習慣みたいなもんだ。リュックを椅子に置く。ネクタイを緩めてソファーでぐったり。


「ふう……」


 晩飯はどうするか。冷蔵庫には大した物はなかったな。かといってカップラーメンも気分じゃないし。出前取っちゃうか。


 ピンポーン。


 一瞬、身体が固まる。インターホン? 宅配なんて頼んだ覚えもないし、家まで来る人間に心当たりもない。とりあえずソファーから立ち上がってカメラに映る姿を確認する。


「エルフ野さん……?」


 心臓がドキリと音を立てた。何だ……? というより、何でだ? 何でこんなところにエルフ野さんが?


 ピンポーン。


 再びインターホンが押された。居留守しても仕方ないか……。玄関に向かい、ドアを開ける。


「あら、いらっしゃいましたか」

「えっと、何の用?」

「飲みに行きましょう!」

「え、飲みって……え?」

「さあ、行きますよー」


 いや、飲みにって……。ちょ、もう歩いていってるし。何なんだか……。


 急いで家の中に置いた鍵を取って、ドアを閉めてから後を追う。


「どこ行くんだ……?」

「まあまあ」


 追いついて聞くも、答えてはくれない。鼻歌交じりで気分が良さそうだ。学校にいるときとは少し雰囲気も違う気がする。


 歩道を歩き、駅へと続く信号を渡らずに逆を行くと下り坂になる。駐車場への入り口を通り過ぎて坂が終わると、エルフ野さんは細い道に入っていく。


「……どこまで行くんですかね?」

「ここです!」


 堪らず再度聞くと、エルフ野さんは立ち止まって指を差した。そこには赤い提灯にのぼり旗が立てられたお店。


「これ、居酒屋……」


 と言う間に店の中へと入っていった。飲みに、なんて言ってたけど、まさかね……。続いて中に入ると、空いたテーブルへ案内される。


「とりあえず生で。憂瀬さんはどうします?」

「えっと……お冷で……」

「畏まりました」


 水の入ったコップとおしぼりを置いて店員さんが戻っていった。


「あの、生ってビール?」

「そうですね」

「そうですねって……。高校生はまだ飲んじゃダメなんだが……」


 店員も何をしているのか。止めるところじゃない? エルフ野さん制服着てるよ?


「私、こう見えても九十歳なんです」

「九十って、え……?」

「憂瀬さん、あなたは私のことをどう思われますか?」

「どうって……」

「例えば、この耳とか?」

「長いです、ね……」

「人間離れしていると?」

「……はい」

「エルフ野という名前はどうですか?」

「それは……」

「ふむ、少し違和感がある程度のようですね」


 そう、違和感だ。うまく言えないのだが、何かがおかしい。


「エルフという名称はご存知でしょう?」

「そりゃあ……」


 様々な創作物に出てくる名前だ。長命で耳が長い……。


「エルフ野から野を取るとどうなりますか?」

「エルフ……」


 ってエルフ? いや、なんて名前をしてんだよ。エルフ野って……。というか、何で今まで気がつかなかった……?


「私、本物のエルフなんです」

「本物って……」


 言われてもな……。


「お、きましたね」


 さきほど頼んだビールが運ばれてきた。


「それではいただきましょう。……ぷはあ! うまい!」


 ……ビールを飲んでいる同級生を目の前にしたときの反応の仕方がわからない。しかもエルフとか言い出す始末。


「その耳は、本物ってこと?」

「当たり前じゃないですか」


 エルフ野さんが顔を傾けると、耳がひとりでに動いた。


「まだ信じていませんね」

「信じていないというか……」


 信じられないというか……。


「あ、注文お願いします」


 エルフ野さんは通りがかった店員を呼び止めて注文を始めた。俺も腹は空いている。メニューを眺めるが、つまみが多いな……。焼き飯とからあげでいいか。


「やはり、こちらはいいですね」

「こちらって?」

「こちらの世界、ということです」

「世界……。こことは別の世界、異世界みたいなのがあるってこと?」

「そういうことです」


 マジか……。


「……その異世界に行くことはできないのか?」

「できます」


 ……マジか。


「ですが、その穴を開かないようにするために私がここにいます」

「……どういうこと?」

「あちらとこちらが繋がるのは良くないことなんです。その穴を探すのはあちらよりこちらのほうがやりやすいので、派遣されて来た、といわけです」


 つまり、余計なことをしているのか……。異世界へ行けるチャンスを潰されていると。


「こちらの人間があちらへ行っても死ぬだけですよ」

「死ぬ……?」

「こちらの世界には存在しない魔素というものがあちらにはあります。あちらで生きる生物には魔素を魔力として変換できる器官があるので問題はないのですが、その器官のないこちらの生き物には毒にしかなりません」

「……なんとかならない?」

「なりません。憂瀬さんであれば、ほかの人間よりも長く生きられる可能性はありますが」

「そうなのか?」

「あなたは魔法に対する多少の耐性があります。本来であれば、認識阻害の魔法により私の耳が長いこと、などに対して疑問を覚えることはないはずなんです」

「魔法か……」

「あまり強く魔法をかけると、それはそれで害を及ぼしてしまうことになるので様子を見ていました。しかし、周囲との認識のずれにより私の魔法が破られてしまう可能性があったため、こうして直接お話をすることにしたのです」


 いきなり異世界だなんだと話をされてもな……。本当の話だと思ってもいいのだろうか。耳が長いのは作り物でもなく、本当のようだが。学校で他の生徒が気にしない時点でおかしかったか。


 それに、魔法ときた。


「で、エルフ野さんが別の世界からきたって話を聞いた俺はどうすればいいんだ?」


 認識阻害、だったか? 異世界から来たことを隠しているということなんだろう。信じる信じないを置いておいたとしても、それを知ってしまったことになる。


「どうもしなくていいです。ただ、私を他の人と同様に扱ってくだされば」

「……それだけ?」

「いまのところは」


 少し含みはあるが、いらんことを言うなってだけか。異世界と聞いて興奮していた心臓も、行けば死ぬと言われれば萎縮してしまう。長く生きられる可能性と言われても、そんな曖昧で判然としない情報では困るのだ。死んでもいいから異世界へ行きたいと思えるほどの熱意はとうに失われていた。


「あちらへ行きたいと、そう顔に書いてますね」

「無事に行けるのならな」

「私には理解できませんね。こんなに美味しい食べ物飲み物があるというのに」


 エルフ野さんは運ばれてきた料理を食べ、ビールを傾けた。


「ぷふー! うまい!」


 おっさんかよ。


「料理一つを取っても、こちらとあちらには歴然とした文明の差があります。綺麗なトイレがどこにでもあるなんて、考えられませんよ。こちらで暮らすことの何が不満なのですか?」

「不満、なんてものはないけど……」

「私がこちらへ来るためにどれだけ苦労したか。あちらではエルフは肉も魚も食べてはいけないし、お酒も飲んではいけないという馬鹿げた教えがありますからね」

「こっちだといいわけ?」

「誰にも咎められませんので」

「へえ……」


 そんな理由で、と言うのは簡単だがエルフ野さんにとっては大事なことなのだろう。酒はともかく肉も食べられないんじゃな。


 俺が異世界に行きたい理由は何だろうか。実際に異世界が存在し、死ぬ気でなら行けるかもしれないと。しかし、行けたとして頼る人がいなければどうにもならない気がする。現実であれば、都合よく助けてくれる人などそう現れることもない。そもそも言葉が通じるのか。


「日本語って向こうで通じる?」

「通じません」

「そうか……」

「私はあちらで日本語を勉強してきたので、一部のエルフであれば通じることもあるかもしれません」


 一部、か……。都合よく言葉が通じるとしてもだ、トイレは綺麗な方がいいよな。飯も美味しい方がいい。魔法もおそらく俺には使えないんだろう。魔素だかは毒でしかないというのであれば。


 異世界に行きたいというのが理解できない、か……。確かに、現実的な部分を考えてしまうと魅力は落ちる気がする。結局のところ、自分に都合のいい世界で暮らしたいと、ただそれだけだったんだろうか。


 食事を終えて、店を出る。昼もそうだったけど、エルフ野さんはやはりよく食べるな。すらっとした体型なのに、どこに消えてんだか。


「おごってもらって良かったのか?」

「問題ありません。こちらで活動するための資金はもらえていますので」

「ありがとう」

「いえいえ」


 今日は一日が長く感じるな。


「あれ、駅の方に行かないのか?」


 帰り道、てっきり電車を使うのかと思ったのだが。


「私の家はこっちです」


 そう言い向かったのは俺の家が入るマンション。


「……」

「ここが我が家です」

「いや、お隣さんじゃん……」


 え、どういうこと……?


「そこ、別に住んでる人がいるんはずなんだが……」

「私が一人で住んでますよ?」

「ええ……」

「では、お休みなさい」

「……お休み」


 エルフ野さんが部屋の中に消えていった。表札がエルフ野になってるし……。お隣さんはどこにいったのか……。


 あれだな、考えないようにしよう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます