モーセの奇跡

「食べるのが好きって言ってたけど、エルフ野さんは好きな食べ物とかあるの?」

「エルフ野さんどんな髪の手入れしてるの?」

「エルフ野さんどこに住んでるの?」


 休み時間になればエルフ野さんの周りに人が集まる。つまり、俺の後ろなわけで……。えらく人気者だな。エルフ野さんがゲシュタルト崩壊してきそうなので席を立つと、そこへすぐにクラスの女子が座った。やれやれだ……。


「よう、大変だな」


 どうしようかと教室を移動していると声をかけられる。確か名前は……。


「上森中の田所たどころだ」

「同じく上森中の篠田しのだね」


 真面目に自己紹介を聞いていなかったので改めての紹介は助かる。中学のときからの友達同士だろうか。


「下池田の憂瀬だ」

「下池田っていうと、ヤンキーが多いとか聞いたことがあるな」

「昔はそうだったとか聞いたことはあるが。同級生で髪を染めてたのも数人程度だったぞ」

「へえ、そんなもんか」

「僕のは地毛だからね」

「ハーフ、にしては日本人の顔立ちだな」

「ひいおじいちゃんがドイツの人なんだ」


 髪の毛を引っ張り、篠田はそう言った。確かに自然な茶髪な気がするな。


「親は黒髪なんだけどね」

「隔世遺伝とか先祖がえりみたいなもんか。ちょっと格好いいな」

「でも、エルフ野さんには負けるなあ」

「いやいや篠田よ、そもそもあんなのと比べるのが間違いってもんだ」

「張り合うつもりもないよ」


 どうやらお仲間に入れてもらえるらしい。自己紹介の第一関門に続き、第二関門も無事突破できそうだ。エルフ野さんのアシストのおかげか。


「二人はエルフ野さんに群がらないのか?」

「男が行ってみろ、下心丸出しじゃねえか」

「何人か男もいるみたいだが」

「あれは身の程を知らない馬鹿野郎か、もしくは舞い上がって訳がわからなくなってるやつだ」

「それを眺める俺たちは?」

「高望みをせず、女神と同じクラスになった幸運を享受するに留まる紳士だな」


 田所は両手を合わせ、エルフ野さんに向かって拝み始めた。ただの馬鹿にしか見えない。


「でも隣を歩くだけでも気後れしてしまいそうだよね」


 篠田はそれなりに顔が整っているように見えるんだがな。あまり自分を高く評価していないのか。出会ったばかりでなんだが、田所にレベルを下がられているのかもしれない。


「ちょっと気になったんだが、エルフ野さんって特徴的な耳してるよな」

「耳ってお前……。そんなとこに目をつけるとかどんだけマニアックだよ」

「ここから見た限りじゃ普通だと思うけどなあ」


 普通、か……。


 チャイムが鳴って休み時間が終わった。


 次は部活動紹介を見て、帰宅だな。






「くぁ……」


 今日から授業が始まったとはいえ、初日の授業となれば内容もないようなもので。欠伸を小さく抑えながら外を見ると、昨日に引き続きいい天気。ろくにノートも取らないであっという間に昼休みを迎えた。明日から頑張ろう。


「二人は弁当か」

「そうだね」

「憂瀬は購買に行くつもりか?」

「まあな」

「初日から行くとはチャレンジャーだな。覚悟しておけよ」

「俺、パンを買えたら腹一杯になるんだ」

「腹いっぱいになるほど残ってればいいけどな」


 じゃあなと別れて廊下に出る。購買が一階と考えると教室が三階にある時点で相当のペナルティーなんだな。厳しい世の中だぜ。


「うわあ……」


 こりゃあ、昼飯抜きも覚悟しておかないとダメか……? めっちゃ多い。弁当じゃないやつらがこんなにもいるとはな。横の食堂を覗いてみても、状況は同じか……。次からは学校へ来るときにコンビニかどこかで買っておかないとなあ……。


 その時、横で風が吹いた。顔をそちらへ向けると、ブロンドの髪が流れて長い耳が根元から露になった。


「……エルフ野、さん」


 つい、名前を小声で呟いてしまった。


「はい?」


 彼女は立ち止まり、身体を半分こちらへ向けて顔を傾けた。


「あ、いや、なんでもない……」


 にこりと笑顔を残し、購買前の人だかりに進んでいった。すると、彼女を避けるように道が割れて、奥へと入っていった。


「ええ……」


 なんだ、これは……。おかしいよな、今のはどう考えても……。案外いけるのか、と思い真似してみるも横の生徒に嫌な顔をされた。はい、ごめんなさい。


 何だったんだか……。


 うーん、諦めるかなあ……。人だかりを眺め、教室に戻ろうとしているとエルフ野さんが戻ってきた。その腕にはいくつものパン。何個食べる気だ。


「憂瀬さん」

「え、はい」

「私、パンで両手がふさがってしまっていて」

「……そうみたいですね」

「飲み物を代わりに買っていただけないでしょうか?」

「ああ、いいよ」


 いきなり話しかけられてびっくりした。自販機は空いているようだ。


「どれにする?」

「ミックスジュースでお願いします」


 俺も飲み物だけでも買っていくか。お金を入れて、ミックスジュースといちごミルクを選びたいところだが、何となく恥ずかしいのでカフェオレにしておく。


「えっと」


 渡そうとしたけど、その手にはパンがいっぱいいっぱいなわけで。


「教室まで持って行くよ」

「ありがとうございます」


 教室に戻って中に入ると、様々な匂いが漂っていた。主に腹が減るやつ。


「エルフ野さん、そんなに食べるの?」

「そうなんです」

「食べるの好きってそういうことかー」

「一緒に食べない?」

「はい、お願いします」


 戻ってきたエルフ野さんを見て女子の集団が捕獲にかかった。エルフ野さんは空いた机に持っていたパンを置いてこちらへ向いたので、ミックスジュースを渡す。


「これ、代金の代わりです」

「いいのか?」

「はい」

「ありがとう。助かる」

「こちらこそ、ありがとうございました」


 手渡されたのは焼きそばの挟まったパン。その時、手が触れる、というより握られた。


「……なるほど」


 なるほど……? そのままエルフ野さんが机へと振り向いたので、周りの怪訝な顔をする女子から逃げるように田所と篠田のところへ行く。


「どういうことだ」

「何がだ?」

「エルフ野さんといちゃいちゃしてただろ?」

「いちゃいちゃってなあ……。パンと飲み物を交換しただけだって」

「わかった。それじゃあそのパンと俺の弁当を交換しよう」

「何でだよ。というか、お前の弁当もう半分しかないだろ」

「無事に買えたのかと思ったんだけど、交換って?」

「ああ、すごい人だかりだったから俺は諦めたんだが、エルフ野さんはそこに楽々入っていったんだよ」

「そりゃあエルフ野さんだからな。周りのやつらが遠慮するのも当然てもんだ。俺でも道を開けるね」


 遠慮って感じじゃなかったと思うんだけどな……。


「それで、人だかりから出てきたエルフ野さんは両手でパンを抱えていて飲み物を買えないから、代わりに俺が買ったんだ」

「その飲み物とパンを交換したんだね」

「そういうこと」

「……俺も明日から購買に行くか」

「何でだよ。かーちゃんの弁当をありがたく食っとけ」

「お前にやる。俺、購買の前でエルフ野さんを待ち伏せするんだ」

「待ち伏せって、気持ち悪いやつだな……」

「気持ち悪くない。純粋と言え」

「どこがだよ」

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