エルフ野さん(JK)の飲酒事情

長谷川ヘルム

這いよるエルフ野さん

 誰もが一度は空想したことがあるだろう。剣と魔法が織りなすファンタジーな異世界や、現代で影ながら繰り広げられる魔法に特殊能力での戦い。もしくは地球を離れ、宇宙へ旅立ちオペラを奏でるような一大スペクタクル。心を躍らせ、言葉通り夢にまで見た数々の物語。


 しかし、いつもでもそんなことはしていられない。年を取るにつれ、現実という考えたくもない、逃れることの出来ない壁が現れるのだ。


 小学生なら存分に夢見るのもいい。中学生でもまだ大丈夫。高校生ともなると少し、将来への不安が顔を覗かせ始めるだろうか。


 それでも突き進むのであれば、それは立派な現実になり得る。漫画家や作家など、様々なクリエイターに通ずる道。


 俺には到底真似できない。絵も描けなければ四百文字程度の作文でさえ、ひいひい言いながら一週間はかかるのだ。


 頭の中では世界を股にかけた大騒ぎの大冒険も、恥ずかしがり屋なのか現実には出てこようとしない。だから俺は漫画や小説、アニメを楽しみつつ、現実を見据えながら生きていくしかなかった。


 だが、完全に夢を見ることを止めたわけでもない。いや、止められないとでも言うべきか。


 目の前に突然光る鏡が現れたのなら迷わず飛び込むだろうし、それが巨大なゲートであっても一目散に駆け込む所存だ。ネットゲームであれば、謎の少女が十字架を持ったモンスターに追いかけられていたら後を追うし、ゴーストが現れれば撃ち殺す。道を走るトラックは眺めるに留まるが。


 詰まるところ、現実には夢がなさすぎるのだ。例えば宝くじを買えば三億円が当たる可能性が生まれる。確かに一見して夢があるとも言えるし、もちろん当たればうれしいだろう。しかし、いくらお金があったとしても異世界にはいけないのである。日常に続く現実的な夢、それで妥協というか、満足するしかないということ。


 贅沢言うなとお叱りを受けそうだが、人間というのはかくも強欲な生き物でありまして。そう思ってしまうのも現在の俺が日常を送るに際し、不足不満がないからなのかもしれない。


 ともかく、中学を卒業しても俺はどこか夢見がちでくだらないことに思案を巡らすような、どこにでもいる珍しくもない少年なわけだ。


 日常を非日常になんて変えることもできない。誰か俺を非日常へと連れ出してくれないかなと、ただただ人任せな、ともすれば他力本願な、そんな心待ちにする心持ち。


 だったのだが、人生何が起こるかわからないとはよく言ったもので。それは偶然なのか必然なのか。出会ってしまったのだから仕方がない、というのは後ろ向き過ぎるか。


 高校に入学してから、俺の日常は非日常へと少しだけ寄ることになったのだ。






「うーん……」


 姿見に映る俺はどこか制服に着られているような、垢抜けない印象。この冴えない顔がダメなのか? 不細工ではないと、そう自分では思うのだが……。まあイケメンでもないわけで。ラブレターなど都市伝説と言えるぐらいには鬱屈している。


 表情か? 二マッ、と笑顔をしてみるも、この違和感よ……。笑顔ってこんなにも難しかったっけと思ってしまうのが少し悲しい。


 それにこのネクタイだ。窮屈でしょうがない。スーツ姿のサラリーマンも大変なんだなというのが高校生になってわかった。そのうち慣れるんだろうか。


「さてと、行きますか」


 身だしなみは大事だが、いつまでも自分の姿など見ていてもどうにもならない。ナルシストでもないし。


 中学のときとは違い、学校指定の鞄はなかったので新しく買ったリュックを背負う。授業はないのでなんとも軽い。


 外に出ると心地のいい陽気が身体を包んだ。ゴミを捨ててきた帰りだろうか、隣に住むおばさんへ軽い会釈に挨拶をしてマンションを出る。人の居ない、公園のある広場を横目に歩道を歩く。信号を渡ってしばらくすると駅に到着だ。


 朝の通学通勤時とはいえ、ここ泉中央駅は終着駅であるため座るのは容易。三駅先の森ヶ丘駅まで十分ほど揺られながらうとうとする。駅に着いて電車を降りると同じ制服姿がちらほらと。ネクタイの色が違うのは学年が別ということか。


 駅を出ると広がる、まだ見慣れていない街並みに少し緊張する。ここから学校へは平坦な道を歩いて五分程度。この学校へ進学を決めたのは立地条件がいいから、というだけの平々凡々な理由に過ぎなかった。あまり熱心な学生とは言えないのだろうが、俺の学力よりは少し上のところだったので頑張って勉強はした。結果的に熱心な学生ではあったな。


 そして、目的地が見えてきた。レンガで造られた門構えには歴史を感じさせられる。そこに埋め込まれたプレートには泉里学園の文字があった。いずがくとか略して読んだりするのだろうか。


 昇降口前では大きな紙が張り出されており、その前に人だかりが出来ていた。何だと思い見てみると、どうやらクラス発表らしい。入学式のときにクラスのプリントはもらったから、二年と三年用か。


 校舎に入り、自分のロッカーを確認。靴だけではなく教科書などを入れられるスペースがあるので、辞典などは置いておけということだろう。今時、家ならスマホにパソコンで調べられるしな。紙の辞典の必要性よ。


 ダイヤル式の鍵が配られているため盗まれる心配はなし。こんなとこから誰も盗まんとは思うが。これじゃラブレターも入れられないな。別に期待してないけど。


 上履きに履き替えて階段を上がる。中学の時もそうだったけど、高校でも一年は三階で二年が二階、三年が一階の教室らしい。新参者には苦労をさせろの精神か。


 俺のクラスは五組。扉には名前の書かれたプリントが貼られていた。教室に入ると大人しく座っている生徒もいれば談笑している生徒もいるようだ。中学からの友達がいれば、憂鬱にならずに済むんだけどな。


 窓際の最後尾の席、から一つ前の席に座る。やはり、俺は主人公ポジションにはなれないらしい。ため息が出る。窓から校庭を意味もなく見下ろして時間を潰していると、チャイムが鳴った。


 いつの間にか教室に空いた席はなくなっていた。談笑していた生徒も席に座り、教室が静かになる。こんなのも数日すれば騒がしくなるんだろうな。


「おはよう」


 扉が開いて入ってきたのは男前な雰囲気のある女性。肩に出席簿を置いてる辺りがね。確か、古園先生だったっけか。


「静かだな」


 結構、と言って教壇に立つ。


「休みはいないようだな。さて、入学式に続いて始業式がこの後ある。退屈な時間かもしれんが、これも学生の務めだ」


 退屈だと言うのならなんとかして欲しいところだけど。面白くする方向ではなく、意味のない集会を減らす方向で。まあ始業式はなくさなくてもいいが。入学式と始業式をごっちゃにするとかね。中学のときは始業式の後に入学式だったような気もする。


「始業式の後はお決まりの自己紹介だからな、覚悟しておけよ」






「ふう……」


 よっこいせ、と自分の席に着く。校長の話は相変わらず長かった。全国の校長はスピーチの長さで競い合っているんじゃないかと疑いたくもなるほど。生徒から見ると校長が働いているところはスピーチ以外に見ることもないし。気合が入ってしまうものなのだろうか。


「それじゃあ、始めるか」


 自己紹介か……。無難に済ますつもりではいるが、何故にこうも緊張してしまうのか。そもそもこんな大勢の前で自己紹介をしたことなど俺の人生において数回しかないのだ。慣れろというのが無茶というもの。


 年を取ればこのつるつるの心臓にも毛が生えるのだろうか。そして、頭は比例してつるつるに。いや、父親はハゲてないし大丈夫と信じよう。


「その前に、私も改めて名乗っておこう」


 そう言って先生が黒板に名前を書き始めた。


古園ふるぞのしのぶだ。担当教科は国語、今は現代文を教えている。部活動の顧問はしていないが、これから任される可能性もある。歳は二十八で、他の先生方に比べれば若い部類だからな。周りからのプレッシャーを受け流しているところだ」


 先生になっても歳の差で苦労させられるのか。なんだか未来に希望がないな。


「趣味は何もしないこと」


 ちょっと共感できる趣味だ。


「あんまりテレビは見ないが、年末なんかの大きい番組は見たりするな。音楽もそういえば最近聴いてないか。映画はたまに見に行く。こんなところか。学校でわからないことがあれば気軽に聞くようにな」


 ここで彼氏はいるんですか、なんて質問をするやつはいないらしい。大人しいクラスで助かる。


「次はお前らだ。窓際から名前順にいくか。前に出て黒板に名前を書いくこと。名前と顔を一致して覚えてもらえ」


 少しざわっとする。前に出るのかよ……。難易度が跳ね上がったな。一人目が前に出て黒板に名前を書き始めた。


 でも言うことは変わらない。名前と趣味、ぐらいか……?


「上森中学出身です」


 なるほど、出身校も言うと。後は言うこともないよな……。停止した頭で自己紹介が終わるごとに軽い拍手をしていると、すぐに俺の番が回ってきた。


 ただの自己紹介だ。落ち着いてやれば何の問題もない。ひっひっふーの呼吸で落ち着け。席を立って黒板に自分の名前を書く。


「下池田中学出身の憂瀬ういせ榎彩かさいです。趣味は読書。よろしくお願いします」


 こんなもんだよな、うん。軽い拍手をくれたので自分の席に戻って座る。そして、心の中で特大のため息をついた。


 後は他のクラスメイトの行方を見守るだけ。パンチのある自己紹介をするやつとは距離を置くか考えておかないとな。次の生徒が前に立つ。


「海外からきたエルフ野ルルネシアです」


 金髪、というよりはブロンドと言いたくなるほどの見事な髪色だ。腰より長い髪の毛もどこか現実離れした印象を受ける。エルフ野ルルネシアという名前も外国からきたということなら納得だな。


「趣味は食べること、でしょうか。日本語は問題なく話せると思います。ですが、日本に不慣れということも事実です。何か間違ったことをしてしまったときには、指導していただけると助かります。皆様にはご迷惑をおかけすることも多々あるかもしれませんが、何卒よろしくお願い致します」


 一際大きな拍手が教室内に響いた。俺も気が付けば軽く、ではなく大きな拍手をしていた。


 エルフ野さん……いや、よくある名前、か。何か違和感があるような気が……しない。そう、しないな。美人すぎるからだ。こういう人を見れば誰だって何かしらの感覚を持つものだ。特徴的な長い耳がチャーミングで……長すぎないか? いや、長くは、ない、のか……?


 エルフ野さんが席に戻っていく、そのときに目が合った。笑っていない目。こちらを覗き込んでいるような、吸い込まれそうな、妙な感覚。


 額から汗が流れた。


 そういえば、今日は暑いな。

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