斬られ役、異世界を征く!!


 179-①


「オオオオオッッッ!!」


 魔王が袈裟懸けに刀を振り降ろす!!


「……っ!! でやぁぁぁぁぁっ!!」


 リヴァルが躱し、瞬時に袈裟懸けに斬り返す!!


「……ッ!! フンッッッ!! ウォアアアアアッッッ!!」


 魔王も負けじと上体を振って斬撃を躱すと、即座に水平斬りで反撃し、身体を半回転させて躱したリヴァルに対し、間髪入れずに追撃の真っ向斬りを繰り出した!!


「ぐぅ……っ!!」


 リヴァルがショウシン・ショウメイを頭上に掲げて魔王の真っ向斬りを受け止める!!


 ここまでの攻防……僅か3.18秒。


 電光石火の剣戟けんげきに、人々は息を呑んだ。もっとも、当の武光とリヴァルはこれでもメチャクチャ速度を落として動いているのだが。


 ……全力で動くと観客の肉眼では捉えられなくなってしまう。


「ぐっ……おおおおおっ!!」

「クッ!!」


 リヴァルが魔王を押し返した。両者は再び距離を取り、攻防が再開される。


 元々、剣だけでの殺陣だった《武光スペシャル》に、幾多の戦いを乗り越え、神々の力を借りて大幅にパワーアップを遂げた武光の身体能力と様々な術を織り交ぜ、更に勇者の血と魔王の血を併せ持ち、神々の力に匹敵する力を持つリヴァルと共に演じる《超・武光スペシャル勇者ブレイブメン神力ゴッドパワーエディション》は、観客全てを圧倒し、目を釘付けにした。


 剣と剣が激しく火花を散らし、様々な術が飛び交う凄まじい戦いだったが……遂に決着の時が来た!!


 観客達の視線の先では、勇者リヴァルが、悠然と立つ魔王に対し、剣を杖代わりに片膝を着き、肩を激しく上下させていた。


「はあっ……はあっ……!!」



 ……最後の長台詞ながゼリフである。



 こればっかりは、神々の力があろうが、勇者や魔王の血が流れていようが、そんなものは何の役にも立たない……最後の最後は己の力をたのみとするしかないのだ!!



「勇者リヴァルよ……ここまで良くやったと褒めてやろう!! だが……所詮、人間如きが我を倒す事など絶対に不可能なのだ……貴様の抵抗は全くの無意味ッッッ!! だが、貴様の抵抗は無意味でも、貴様の死は決して無意味ではない……何故なら!! 貴様の無残な死は……この地の全ての人間共に魔王の恐怖と絶望を刻み付ける事となるからだ!! さぁ、人間共よ……勇者の無残な死を前に、恐怖し、絶望するが良い!!」


 武光はイットー・リョーダンを右脇に構えて駆け出した。


 ここで大事なのは……『斬られに行かない』という事だ。


 自分が斬られるのが分かっているからと、『斬って下さい』と言わんばかりに、最初から刀を振りかぶって突撃するのはド素人のやる事だ。

 斬られ役の仕事とは、ただ単に『斬られる事』ではない……あくまで主役を『全力で斬りに行って、その結果返り討ちに遭う』事で主役の強さと格好良さを引き立てる事なのだ。


 最初から斬られに行っていては、観客を唸らせるような迫力は生まれない。斬られに行くのではない……斬りに行くのが斬られ役の仕事なのだ!!


 ギリギリまで引きつけ、武光はイットー・リョーダンを大上段に振り上げた。


「死ねえええええい!!」

「斬魔……輝刃ッッッ!!」


 人々が見守る中、勇者と魔王の影が交差した。


 勇者は水平に、魔王は真っ向唐竹割りに……互いに剣を振り抜いた姿勢で、まるで彫像のように身動みじろぎ一つしない。


「…………ぐっ!?」


 勇者がガクリと膝を着いた。両者の戦いを見ていた人々は悲鳴を上げた……だが!!


「馬鹿……な……我が……人間如きに……ガハッ!?」


 魔王が、どうと倒れた!!


「ぐ……ぐわあああああっ!!」


 断末魔の叫びと共に、魔王が爆炎に包まれた。


 揺らめく炎を背に、勇者リヴァルがゆっくりと立ち上がる。立ち上がったリヴァルはショウシン・ショウメイを高々と掲げた。


「魔王シン……討ち取ったりッッッ!!」


 その日、アナザワルド王国は……歓喜の叫びに包まれた。


 179-②


「さてと……」


 神火術で起こした爆炎に紛れて撮影範囲からハケた(=退場した)武光は、かねてからの打ち合わせ通り、天映魔鏡を叩き割った。


 ……それにより、各地の空に映し出されていた映像は消えた。これで証拠は残らない。

 一世一代の大舞台を終えた武光は、皆を集めた。


「皆……ホンマにありがとう!! 最高の舞台やったわ!!」

「武光殿……っ!!」


 武光とリヴァルは固い握手をした。男同士である、余計な言葉など無くともそれで十分だった。

 ナジミ達は、割れんばかりの拍手を武光とリヴァルに送った。


「よし、じゃあ……皆で王都に帰還して盛大に祝宴をあげましょう!!」


 ミトの提案にナジミはうんうんと頷いた。


「良いですね、やりましょう!! アスタト神殿の子供達も呼んで良いですか?」

「もちろんよ!! リョエンさんもサリヤさんを連れてくると良いわ!!」

「はい!!」

「リヴァル戦士団の四人も、もちろん参加よ!! 良いわね? 断ったら処刑よ、処刑!!」

「はい!! 喜んで!!」

「……謹んで、お受け致す」

「参加させて頂きますー!!」

「は、はい!!」


「悪い……俺、参加出来そうにないわ」


 武光の言葉に、ミトは固まった。


「そんな……どうしてよ!!」

「もう……時間があらへん」

「えっ?」


 武光の視線の先には、元の世界へと繋がる穴があった。穴は人一人が通るのがやっとの大きさにまで縮んでいた。

 異界渡りの書に記された文字もどんどん薄くなり、紙自体も透けてきている。『魔王を倒す』という目的を果たしたと異界渡りの書が判断したのか、武光は、自身に宿った神々の力が急激に弱まってゆくのを感じていた。


「そ、そんな!!」


 今にも泣き出しそうなミトを前に、武光は困ったような笑みを浮かべた。


「ま……斬られ役は、斬られたら邪魔にならんように、とっととハケるのが鉄則やし……勇者に斬られてこの世界からハケる時が来ただけや」


 そう言って、武光はミトの頭にポンと手を置いた。


「お前は怒るかもしれへんけど……俺にとってお前は可愛い妹みたいなもんやった……元気でな!!」

「……うん」

「カヤ、ミトを頼む。それと……お前の旦那やけど」

〔愛するイットー様のご意思を尊重致します〕

〔カヤ……すまない、僕は聖剣なんかじゃない。ずっと君を騙して……〕

〔良いんです、一緒に旅をして、貴方様をずっと見てきて確信しました。誰が何と言おうと、貴方様は……紛れもない聖剣でした〕

〔カヤ……ありがとう〕

「良かったな、イットー!! で、どうする?」

〔君と共に行くよ……相棒!!〕

〔ハーイ!! ハイハイ!! 私もご主人様と一緒に行きます!!〕

「よし、分かった。イットー、魔っつん、俺と一緒に来い」


 武光は、リョエンの方に向き直った。


「先生……先生には術を教えてもらったり、ピンチを助けてもらったり、世話になりっぱなしでしたね」

「そんな事ないさ、私も……武光君に苦悶の日々から救われた」

「先生……キサンさんと、仲良くしてくださいね?」

「ああ」

「あと、規則正しい生活もしてください。サリヤさんに怒られちゃいますよー?」

「ふふ、努力はするよ」

「テンガイも元気でな!!」

〔オマエモナー!!〕


 リョエンとの挨拶を終えた武光はリヴァル戦士団の方を向いた。


「ヴァっさん、ヴァンプさん、キサンさんにダントさん……皆、お元気で!!」

「武光殿も、お元気で!!」

「……うむ」

「また、遊びに来てくださいねー!!」

「いつか、また!!」


 武光はリヴァル達に頭を下げると、ナジミに向き直ろうとしたが……


「ねー、私には何か無いの?」

「あー、ヨミか……正直あんまり言う事無いんやけど……」

「オイ!!」

「分かった分かった。そやなー……もしもお前がこれから先、辛い事や苦しい事、悲しい事に直面したら、カライ・ミツナでの俺との日々を思い出して欲しい、そう……《回想・ホラー映画連続上映地獄》を!!」

「追い討ちかけんな!!」


 ヨミは苦笑いすると、ふぅと息を吐いた。


「まぁ良いわ、今度この世界に来る時は連絡を寄越しなさい、ぶち殺しに行ってあげるから」


 武光は『絶対連絡しねぇ』と思いながらナジミの前に立った。


「ほな、帰るわ……またな?」

「ええ、いつか……また!!」


 そう言って武光はナジミに背を向け、穴に向かって一歩、足を踏み出した。


「…………あっ、忘れてた!!」

「え? ……んむっ!?」


 武光はナジミを抱き寄せ、唇を奪った!!


「たたた、武光様!?」

「ふふん……ギャラとして貰って行く!! ま、最後くらい映画の主人公っぽい事してもええやろ?」

「もう、武光様の……バカー!!」


「ふふふ……じゃあな!!」


 武光は逃げるように穴に飛び込んだ。



 こうして、壮大なる勘違いの果てに、異世界に召喚された斬られ役は、元の世界へと帰って行った。



 ……斬られ役、異世界を征く!!



 これにて、一件落ちゃ──



「…………のぉぉぉぉぉーーーーー!?」


 消滅寸前の穴から、武光がヘッドダイビングで飛び出してきた。


「はぁっ……はぁっ……ま、間に合ったぁぁぁぁぁっ!!」

「た、武光様!? な……何で戻って来ちゃったんですか!?」

「な……何でもヘチマもあるかい!! あの穴全然違うとこ繋がってたぞ!? 何かやたらとSFチックやったし、穴から出た瞬間、タコみたいな宇宙人っぽいのに襲われるし……」

「あ、あれ……お、おかしいなー?」

「悪いナジミ、もっぺん穴を開きなおしてくれ」

「えっと……それが……その……」


 ナジミの目は泳ぎ、手は震え、額からは、それはもう滝のようにダラダラと汗が流れていた。武光は嫌な予感がしまくりだった。


「ごっ……ごめんなさいっ!! 出来ませんっ!!」

「何ぃぃぃぃぃー!?」


 ナジミの放った、『出来ません』発言に、武光は激しく当惑した。


「いや……出来へんって何でやねん!? 神様達の許可はもう貰ったやんけ!!」


 ナジミは半泣きで答えた。


「ご、ごめんなさいっ、異界渡りの書に使用されている紙は特別な物で……あれが最後の一枚だったんです。再び、異界渡りの秘法を行うには……異界渡りの書自体を作り出さねばなりません……」

「何……だと……」

「あの紙をもう一度作るには、光の神様と闇の神様とあと……」


 それを聞いた武光は、超特大の溜息ためいきいた。


「ハァー、しゃーないなぁー」

〔ああ、仕方ないね〕

〔仕方ありませんね、ご主人様!!〕

「仕方ないわね」

〔ええ、姫様。仕方ありません〕

「これは仕方がないですよ」

〔ショウガネェ ショウガネェ〕


「ナジミ……くで!! 異界渡りの書を作りに!!」

「は、ハイッ!! 武光様!!」


 こうして、壮大なる勘違いの果てに、異世界に召喚された斬られ役は、元の世界へと帰る為の旅を続ける羽目になった!!



 ……斬られ役、異世界を征く!!



 これにて、一件落着!?



(了)

 

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