斬られ役、招かれる


 133-①


「貴様ぁぁぁっ!!」

「何て事してくれたんだよ!?」


 魔王軍の兵士は死んだ。


 エルフ達は激昂げきこうし、弓を引き絞った、鋭いやじりを備えた矢は真っ直ぐに武光の心臓に向けられている。


「わーっ!? ちょっ、落ち着け!! 話せば分かる!!」

「問答無用!! かくなる上は貴様らの首をねて魔王軍に引き渡す!!」

「悪く思うなよ……俺達が生き延びる道は他にない!!」

「ひーっ!?」


「待ちなさい、セリオウス!! ヴィゴロウス!!」


 武光目掛けて矢が放たれようとした正にその時だった。

 純白のローブをまとい、神秘的な雰囲気を持った美しい女性エルフが姿を現し、矢を放とうとしていた二人のエルフを制止した。


「な、何故貴方様が……ソフィア様!?」

「ソフィア様……ど、どうしてこんな所に……!?」


 二人のエルフの狼狽うろたえぶりを見るに、ソフィアと呼ばれた女エルフはどうやら高貴な身分の者らしい。


「その者達を殺してはなりませぬ」

「しかし、この者達は魔王軍の兵士を……って待て、貴様ら!! 何処へ行くつもりだ!?」


 長髪の青年エルフ……セリオウスの視線の先では、武光がぐったりしているナジミを『よっこいしょ』と背負い、逃げ出そうとしていた。


「えっ? あっ、いや……何かお取り込み中みたいですし、ちょっとウチの貧乳巫女が体調崩してるもんで……全然お構いなく!! それじゃ、失礼しまーす……って、おわーーーっ!?」


 短髪の青年エルフ……ヴィゴロウスが、その場からこっそり立ち去ろうとしていた武光の足元に矢を撃ち込んで逃亡を阻止した。


「逃がすかこの野郎!!」

「ダメです、殺してはなりません!!」


 二本目の矢をつがえたセリオウスとヴィゴロウスの兄弟を、再びソフィアが制止した。


「ソフィア様、何故です!?」

「セリオウス、あの男をよく見なさい。あの黒い髪……大賢者様の仰っていた《予言の男》かもしれませぬ」

「まさか、あの男が……って、オイ!!」

「おわーーーっ!?」


 セリオウスは、またしてもこっそり逃げだそうとしていた武光の足元に矢を撃ち込み、武光の逃亡を阻止した。


「いや、ちょっ……マジで勘弁してくれや!! 俺らはこの森から出たいだけやねん……って、おわーーーっ!?」


 セリオウスは、またしても逃げだそうとした武光の足元に矢を撃ち込み、武光の逃亡を阻止した。


「貴様が本当に大賢者様の仰っていた予言の男ならば、尚更この場を立ち去らせるわけにはいかん!!」

「だーかーらー!! 仲間が今大変な事に……って、おわーーーっ!?」


 セリオウスは、またしても(以下略)


「お前らなぁ……ええ加減にせえよコラァァァ!! 話聞けや!! 何のために耳デカイねんアホ!! ダ◯レンジャーかシ◯ケンジャーか知らんけどなぁ……こっちは今それどころちゃうんじゃボケーーー!!」


 全く聞く耳を持たないエルフ達に、とうとう武光がキレた。そして、またしても足元に矢を撃ち込まれて武光は即座に『すみませんでしたっっっ!!』と謝った。

 そんな武光と武光に背負われているナジミを守るべく、ミトとリョエンの二人がエルフ達の前に立ちふさがった。


「ここは私達が足止めします!!」

「武光君はナジミさんを連れて安全な場所に!!」

「分かりました……頼みます!!」


 武光は小さく頷くと、エルフ達に向かって思いっきり『あっかんべー』をした。やる事がまるで子供である。


「あ〜ばよ〜銭◯の父っつあ〜ん……なんつって!!」


 武光は にげだした!


 しかし、僅か数分後、武光とナジミはミト達の元へ戻って来てしまった。


「ちょっ、武光!? 何で戻って来るのよ、この馬鹿!!」

「ちゃうねんて!! 何でか知らんけど、走りまくってたらここに出てしもて……」


 戸惑う武光達をヴィゴロウスが嘲笑あざわらう。


「バーカ、ソフィア様が《惑いの結界》を張ったこの森を簡単に脱出出来るわけねーだろーが!!」

「逃げるのは無理って事か……ほんならしゃーないなっ!!」


 武光はナジミをそっと下ろすと、近くの木の幹にもたれかけさせた。


「はぁ……はぁ……た、武光様……」

「安心しろ、俺に……任せとけ!!」


 武光はエルフ達をキッとにらみつけ、エルフ達の前に進み出ると…………物凄い勢いで土下座した!!


「み……見逃してくださいっっっ!!」


 エルフ達にとってはあまりに予想外の行動だった。エルフの兄弟は呆気あっけに取られ、ソフィアは興味深そうに土下座している武光を見つめている。


「……それは一体何の真似だ!?」

「そうだ、お前には『戦士の誇り』ってもんはねーのかよ!?」


 我に返ったセリオウスとヴィゴロウスの兄弟は武光を罵倒ばとうしたが、顔を上げた武光がそれを一喝した。


「ガタガタぬかすな!! 今はそんなんどうでもええ!! 仲間がめちゃくちゃ苦しんでんねん……お前らと遊んでるひまは無いっっっ!! 何べん同じ事言わすねんボケ!!」


「くっ……」

「うっ……」


 セリオウスとヴィゴロウスの二人はたじろいだ。眼前の男は自分達に、みじめにひざまずき、無様ぶざまに地面に手を着き、みっともなく頭を下げている……どこからどう見ても自分達の方が優位な状況のはずなのに。

 そして、そんな二人を見て、ソフィアはクスリと笑うと、微笑みながら武光に語りかけた。


「良いでしょう、貴方達を私達の里に案内しましょう」


「何やとコラァァァァァ!! って…………えっ? マジで!?」

「ええ、マジですとも。お仲間の体調がすぐれないのでしょう? 私達の里で休ませると良いわ、腕の良い薬師くすしもいますし」


 それを聞いて慌てたのはセリオウスである。


「ソフィア様!? 何を……!?」

「あら? セリオウス、さっき貴方もそこの悪魔族とこの人達を里に入れようとしていたのではなくて?」

「先程とは状況が変わりました!! 先程はそやつの仲間の巫女が癒しの力を持っていると言うので、魔王軍の兵士を生かして返す為に……我らの住む森で魔王軍の兵士が死んだとあらば、魔王軍に目を付けられてしまいます!!」

「でも……今はこの辺一帯は魔王軍の支配下ですが、人間達がもう一度この地域を奪い返したら? その時に、この森で王国軍の兵士がエルフの一族に殺されていたとあれば、今度は王国軍に目を付けられてしまいますよ?」

「そ……それは……!!」

「なのでこうしましょう、もし魔王軍に目を付けられた時はこの人間達を下手人げしゅにんとして即座に魔王軍に突き出してやりましょう。人間達がこの地域を奪い返した時は、私達がこの森に迷い込んだ憐れな者達を手厚く保護したという事にして返しましょう。これならばどう転んでも言い訳出来ます」

「ぬぅ……そういう事であれば。ソフィア様……私はこの兵士の遺体を隠蔽いんぺいせねばなりませぬ。ヴィゴ、お前はソフィア様をお護りしつつ、里までこやつらを案内しろ」

「分かったよ兄上、お前ら……変な気を起こすなよ!?」

「ふふふ……大丈夫ですよヴィゴロウス、私の見た所……この人達は悪人ではありません」

「あ……ありがとうございます!! めっちゃ助かります!!」


 武光はソフィアに深々と頭を下げた。


「良いんですよ、こちらにはこちらの都合があるのです」

「こちらの都合……?」

「まぁ、それは追い追いお話ししましょう。今はとにかくお仲間を」

「は……はい」


 それからしばらく、武光一行はソフィアの先導で深い森を歩き続けて、遂に辿り着いた。


 エルフ一族の隠れ里、《カライ・ミツナ》に。

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