火竜将、言葉を失う


 125-①


 リュウズは言葉を失い、思わず剣を取り落としそうになった。


「こ、黒竜翁様!? な……何を言っておられるのですか!?」

「あん? お主は誰じゃ?」

「わ、私はリュウズと申します……不肖、火竜将として火竜族を率いております!!」

「リュウズ……はて? ああ、そうか……ワイバーんの孫娘じゃな!!」

「違います!! ワイバー殿という方は存じあげませんし、そもそも私は男です!!」

「おお、そうかそうか……立派な娘っこになったなあ!! ワイバーは元気にしておるか?」

「いや、だから違います!!」

「ふむ、そうか……ところで……お主は誰じゃ?」


 リュウズはがっくりとひざをついてしまった。


「……ハッ!? しまった、四天王最強のこの俺が膝を地に……リ、リヴァル=シューエン、今のは……」

「私は……何も見ていないッッッ!!」

「……恩に着る」


 伝説の男と言えども、やはり老いには勝てぬのか。このままでは残り少ない体力をツッコミで使い果たしてしまう。万が一にも『ツッコミ過ぎたせいで体力を使い果たして死ぬ』などという事になれば……



 『竜人四天王の面汚し』

 『四天王最強(笑)』

 『魔族史上初のツッコミ死に』



 ……ほか多数


 自分に着せられるであろう数々の汚名を想像し、リュウズはぶるりと身震いした。


 ならん……それだけは断じてあってはならん!!


「……む? き……貴様はぁぁぁぁぁッッッ!?」


 苦悩するリュウズをよそに、リヴァルの存在に気付いたゼンリュウは、叫びを上げていた。


「こ、黒竜翁様、如何いかがなさいました!?」

「その顔、忘れはせん……忘れはせんぞ!! 我が角を斬り落とした宿敵……勇者アルトよ!!」


 『古の勇者』にして、アナザワルド王国・初代国王の名で呼ばれたリヴァルは、戸惑いを隠せずにいた。

 またか……そう言えば、巨竜まめ太も自分の事を古の勇者、アルト=アナザワルドだと勘違いしていた。それ程までに自分は古の勇者に姿形が似ているのだろうか?


 一方、リュウズはリヴァルの事を古の勇者と思い込んでいるゼンリュウを見て、頭を抱えていた。


 ダメだ、目の前の人物は、ほうけてしまって、もはや伝説の男ではなくなってしまっている……古の勇者など、遥か昔に死んでいるというのに……

 リュウズは悲しげな目で老竜人の背中を見つめ、リヴァルに話しかけた。


「リヴァル=シューエン……」

「ああ、ここから立ち去ってもらえ。例え魔族と言えど、もはや武人でない者を手にかける剣を私は持ち合わせてはいない」

「……恩に着る」


 人間と言えど、この漢の剣にならば、敗れても恥にはなるまい。リヴァルの言葉にリュウズは小さく頷くと、背後からゼンリュウに進言した。


「……黒竜翁様、この場はお退きください」


「……黙れ」


「は?」

戯言ざれごとならば、相手を選べ……小僧、このわしを黒竜 “王” 、災厄のゼンリュウと知って口を利いているのか……?」


 振り向いたゼンリュウは先程までとは別人だった。全身に凄まじい威圧感を纏っている。


「行くぞ、勇者アルトよ……ぬぉあああああああああっっっ!!」

 

 ゼンリュウの姿が変化してゆく。


 全身の筋肉が膨れ上がり、漆黒の鱗に覆われてゆく。

 両腕にはまされた鎌の如き爪が伸び、

 背中には三対六枚の翼が生じ、

 尻からは先端に棘を備えた太く長い尻尾が生え、

 頭部は前後に伸び、鋭い歯が並ぶ。


 竜身化を超える、超竜身化をも更に超えた、真の竜身化……その領域に辿り着けたものは長い竜人の歴史上、ただ一人しかいないと言われる《真竜身化しんりゅうじんか》によって、ゼンリュウは雄々しき黒き竜へと変貌を遂げた。


 黒き竜は天を裂き、地を震わすかのような、凄まじい咆哮を上げた。


 もはや、次元が違う。手の震えが止まらない……全身から放たれる圧倒的威圧感の前に、リュウズは圧倒され、言葉を失った。


 リュウズは悟った。伝説の黒き竜の王……災厄のゼンリュウが数百年の時を超え、今ここに蘇った事を!!

 

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