斬られ役、魔剣を語る


 103-①


 ジャトレー達がイットー・リョーダンの修復作業を開始してからおよそ一時間後、武光はナジミに怪我の治療をされながら、こっぴどく叱られていた。


「もう!! あれほど『無茶しないでください!!』って言ったのに……血だるまじゃないですか!?」

「す、すまん……」

「武光様に万が一の事があったら私……私……」


 今にも泣き出しそうなナジミを見て、武光はつとめて明るく言った。


「平気平気!! 俺は今まで何百回と斬られてきたけど、一回も死んだ事無いし」

「それ……お芝居の話でしょう!?」

「ははは……」

「笑って誤魔化そうとしてもダメです!! 少しは反省してください!! 今度無茶したらもう治してあげませんからね!?」

「そ、そんな事言うなよ……よっ、ナイスバディ!! 絶世の美女!!」

「おだてたってダメです!! わ、私は……怒って……怒って……ぶふっ!?」


 武光の へんがお!

 つうこんの いちげき!

 ナジミは ふきだした!


「……ちょっ、止めてください、何でいきなり変顔するんですか!?」


 不意打ちの変顔を喰らったナジミは、堪えきれずに噴き出してしまった。怒る気力がすっかり削がれたナジミは、大きな溜め息を吐いた。


「もう……全く、仕様のない人ですね……さぁ、治りましたよ!!」

「いつも悪いな……心配かけて……お前には感謝してる」

「……そういう事は変顔のまま言わないでください……もう!!」


「…………へへ」

「…………ふふっ」


 顔を見合わせ、クスクスと笑い合っている二人のもとに、ジャトレーがやってきた。


「……武光殿」

「あっ、ジャトレーさん……イットーの修復作業の方はどうなんです!?」

「うむ、今はお主らが集めてくれたオーガの角を《灼熱炉しゃくねつろ》で加熱しておる所じゃ」


 ジャトレーが言うには、まずはオーガの角を液状になるまで溶かした後、細長い筒状の容器に移して撹拌かくはんするらしい。

 そうすると、比重が軽い不純物は表層に浮かびあがり、比重が重い不純物は底に沈むので、それを急速に冷却して固めた後、容器から取り出して、不純物が溜まっている上の端と下の端を切り落とす……この工程を何度か繰り返して純度を極限まで高めた所で刀身の作成に入るのだそうだ。

 灼熱炉がオーガの角を溶かす程の高温状態になるまでには、今しばらく時間がかかるので、ジャトレーは、灼熱炉の監視を弟子に任せて、武光の様子を見に来たのだ。

 ジャトレーは、つい先程まで血まみれで息も絶え絶えだったはずの武光がすっかり元気になっているのを見て、思わずうなった。


「ううむ……あれほどの大怪我が見事に治っておる。これが……アスタトの巫女だけが持つという癒しの力か……それにしても凄い」

「いやー、それほどでも……えへへ」


 しきりに感心するジャトレーを見て、ドヤ顔で無い胸を張るナジミであった。


「ところでジャトレーさん、一体どうしたんです?」


 武光が聞いた瞬間、ジャトレーは両膝を地に着き深々と頭を下げた。


「ええっ、ジャトレーさん!? ちょっ、どないしたんすか!? 顔を上げてくださいよ!!」

「すまなかった武光殿!! 儂が魔穿鉄剣なんぞを渡したばかりに……!!」

「いやいやいやいや、怪我したんは俺が弱いからですって!! 仮に、この剣渡されてたのがミトやったら怪我せんかったでしょうし……」

「……しかし、お主は魔穿鉄剣に宿る怨念に取り憑かれて、オーガの群れに単身突撃したとナジミ殿から聞いておる」

「あー、その事なんですけどね。多分……魔穿鉄剣に宿ってるのって怨念なんかとちゃいますわ」


 武光の思いがけない言葉に、ジャトレーとナジミは首を傾げた。


「確かにこの剣で戦ってる間は、何かこう……魔穿鉄剣の意志みたいなもんが流れ込んでくるんです。俺も最初は怒りや憎しみかと思てたんですけど……どうも怒りとか憎しみとはちゃうっぽいんです」

「では、何だと?」

「うーん、何やろ……強いて言うなら……そう、あれは『歓喜と感動』かなぁ?」


 武光の答えはジャトレーとナジミには理解し難いものだった。歓喜と感動……怒りと憎しみからは程遠い、むしろ正反対と言っても過言ではない。


「武光様、どうして魔穿鉄剣から流れ込むものが怒りや憎しみではなく『歓喜と感動』だと?」

「だってあの時と全く同じやったし」

「あの時……?」

「お前と初めて会った舞台……あの時の舞台な……俺の七年の時代劇俳優人生の中で初めての主役やったんや。七年もの間、斬られて斬られて斬られ続けて、刀のさびになり続けてた俺が、ようやく日の目を見られる……別に斬られ役を下に見てるわけやないし、自分なりに誇りを持って斬られ役やってるつもりやけど……それでも、やっぱり嬉しくて嬉しくて発狂寸前やった。この剣を持った時に流れ込んできた気持ちは……あの時感じた気持ちと同じやねん」


 そう言って、武光は傍らに置いてある魔穿鉄剣に視線を移した。


「よくよく考えたら、コイツは……作り主の無念を晴らす為に生み出されたのに、無念を晴らすどころか、その作り主にさえ忌み嫌われて、封印までされて……めちゃくちゃ鬱屈うっくつしまくりやないですか、そんなん」

「武光殿……」

「コイツにとって、鬼共との戦いは、自分を生み出してくれた人の無念を晴らし、己の存在意義を示す為の……待ちに待った晴れ舞台なんです……そうやんな?」


 武光の問いかけに応えるように、魔穿鉄剣が小刻みに震えた。その様はまるで咽び泣いているかのようだった。いや……魔穿鉄剣は確かに泣いていた。理屈ではない、ジャトレーとナジミは、それを肌で感じた。


「ま、この剣……ジャトレーさんが思ってるような悪い剣じゃないっすよ、きっと!!」

「武光殿……」


 武光がジャトレーの両肩に手を置き、顔を上げさせていたその時、街の様子を偵察に行っていたミトとリョエンが大慌てで戻ってきた。


「大変よ、武光!!」

「どないしたんや!?」

「オーガ達が、中央広場にこの街の住人達を集めて……『貴方が出て来なければ全員、むごたらしく殺す』と言っています!!」


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