ポチ

「という訳で、2週間泊めて下さい」

「無理」

 取り付く島もなく即答。僅かに開けた隙間を即座に閉めようとした赤星へ、北斗は慌てて足を挟みながら「待って待って、お願いします」と懇願した。

「手離せ、お前の自業自得だろ。さくっと兄貴に謝って来いよ」

「……俺、間違った事はしてないし」

 ムスッと口を尖らせた北斗に、赤星は心底面倒臭そうに頭を掻きながら扉を開け放った。

 上下黒のTシャツにジャージとシンプルな格好の赤星は、風呂上がりだったのか濡れた髪をガシガシとタオルで拭きながら「めんどくさ」と顔を顰めた。

「はぁ……話くらいなら聞いてやる」

「赤星くん! いや、赤星様!」

 目をキラキラと輝かせた北斗に、赤星は「調子いい奴」と毒づきながら室内へ戻った。その後を追い「お邪魔します」と言いながら靴を脱ぐ。

 壁や家具、ほとんどが黒で統一された赤星の部屋は、同い年とは思えないほど落ち着いた雰囲気を放っていた。

「へぇー綺麗っていうか、物が少ない」

「お前の部屋、汚そう」

 そんな事ないとすかさず反論するも、赤星は生返事のまま洗面所へ向かった。微かな物音の後、洗濯機の稼働音が聞こえた。

 ひとまず衣服や充電器など必要最低限のものを詰め込んだ鞄とギターケースを隅に置き、ベッド脇に敷かれたカーペットの上にちょこんと座り込んだ。

 北斗達の部屋とは違い、大量の漫画や小説、CDやゲームといったものは置かれていない。ただ寝て起きるだけの部屋、という印象だった。

 退屈じゃないのかなと考えながら部屋を見回していた時、タンスの上に立てられた写真立てが目に付いた。

 高身長の男性と恰幅の良い女性、そして嫌そうな顔をする赤星の腕を組む女性の姿が写真に写っていた。家族写真だろうか? それにしても……と考えたところで「勝手に物色すんな」と後ろからそれを取り上げられた。

「赤星くんの家族? 仲良いんだね」

「そりゃどーも。

 ……それで? お前何で俺のところ来たんだよ。同じ【オチコボレ】の連中とか、どこにでも転がり先はあったろ」

 流石鋭いなと呟きながら、北斗はギターケースを手に取った。赤星はその間にもタンスの上に写真立てを置き直し、ベッドに腰を下ろした。

「【オチコボレ】の皆も、花条も凪紗もいい奴なんだよ。だからこそ、きっと俺と兄貴を仲直りさせようと間を取り持ってくれる」

「それが嫌だから、俺か?」

 赤星が不親切だと肯定するようで複雑だったが、北斗はぎこちなく頷いた。

 赤星は他人と必要以上に関わらない。青沼と北斗、それから同じ【レットウセイ】の花条以外と親しげに(と言ってしまっていいのかは微妙だが)談笑している姿は見た事がなかった。北斗とましてや話した事のない湊斗の仲を取り持つ、なんて面倒な事はしないだろう。

「……あのさ、赤星くん。

 長くなるんだけど話、聞いて貰ってもいい?」

 赤星はうんともすんとも言わなかった。だが、話し出せば時折「へぇ」だの「ふーん」だのと素っ気ない相槌を打ちながらも、頷いたりしながら耳を傾けてくれた。

 畑山の事、異端者弾圧であった事、罰則の事、そして兄と言い合いになった事。それらを話しながら北斗はケースからギターを取り出し、弦を弾いた。

 事切れるまでの間、不格好ながらも歌った『夕日が沈む頃』。そのメロディーを奏で、涙ぐみながら話し終わった時。赤星の第一声は「長い」だった。

「俺は畑山慶がどんな人間か知らねぇし、お前の行動は全部見てたから抜粋してよかった。

 それから、悪いけど俺は兄貴の意見に一票だな。お前は無鉄砲すぎる」

「うっ……おっしゃる通りです」

 ぐうの音も出ず、体を縮こまらせた北斗に赤星は「でも」と前置きをした。

「俺がもしお前だったなら、同じ事をしたと思う。

 ……だから、やっぱりお前に一票」

 そう言ってニッと笑った赤星に、北斗は目を瞬かせた。不意に目からボロボロと溢れ出した涙に「ご、ごめん」と慌てて謝りながら俯けば、頭にポンと何かが乗っかった。

「赤星くん……?」

 ぐしゃぐしゃと真顔のまま北斗の頭を掻き乱した赤星は、突如ふはっと噴き出すように笑い出した。

「駄目だ……やっぱお前、似過ぎ……!」

 ゲラゲラと腹を抱えながら笑う赤星に珍妙な生き物を見たような顔をしながら、北斗はふと自らの頭を撫でる彼の手付きに疑問を抱いた。

「赤星くん、もしかして妹居る?」

「は? 何で?」

 何か手が優しかったからと答えると、赤星は呼吸を整えながら「弟なら居た」と答えた。

「けど、今は居ない。姉貴が1人だけ」

 姉貴……恐らく写真の中で赤星の手を引っ張っていた女性の事だろう。これ以上追究していいものか、写真立てをチラチラ見つめる北斗に赤星は呼吸を落ち着かせながら開口した。

「写真の中の家族と血縁はない。実の弟は別の家に引き取られてそれっきり。まだ小さかったからな、多分俺の事も覚えてない」

 複雑な事情に足を突っ込んでしまった事を瞬時に理解し、北斗は慌てて「ごめん」と頭を下げた。「いーよ、青沼にも話してる事だし」と赤星は何食わぬ顔でケロッと告げていた。他にもまだ根深い事情を抱えているように思えたが、あえてそれを抉る事はせず。北斗は赤星に「ところで、俺が何に似てるの?」と問い掛けた。

「近所に住んでるポメラニアン。見つけたら飛び付いて来るとことか、キャンキャンうるせーところとかそっくり」

 ポメラニアン……。高校デビューと称し、黒からオレンジに髪を染めて以来、しょっちゅう母親や花条を始めとした友人達に呼ばれた例えだった。母親曰く「あんたが犬っぽいからよ」と言われたが、自分ではよく分からない。頭を左右に捻った北斗に、赤星は手の平を差し出した。

「仕方ねぇな。行く宛てのない馬鹿のために、2週間泊めてやるよ」

「本当!?」

 勢いよく身を乗り出し、赤星の差し出した手を取ろうとした北斗に、彼は「ほらポチ、お手」と声を掛けた。

「ポチ……?」

「近所に住むポメラニアンの名前」

 俺、犬じゃねぇからと北斗は掴みかけた赤星の手を慌てて突っ撥ねた。



 2020.06.16

 北斗が湊斗の元を飛び出して2日後。

 体育館で防衛軍の指示に従い、着々と訓練を行っていた赤星に神妙な面持ちをした湊斗が「赤星、今いいか」と声を掛けた。柔軟を行いながら赤星は「何、脱走した犬の事」と問い掛けた。

「犬……?」

「察し悪いな、お前の馬鹿弟だよ」

 ハッと息を呑んだ湊斗に、赤星はやっぱりかと小さく呟いた。

「その、北斗がどこに居るか……」

「俺のところに転がり込んでる。堅物兄貴とはまだ口聞きたくないってさ」

 そこで会話終了と思われたが、湊斗は「頼みがある」と切り出した。神妙かつ複雑そうなその顔に、赤星は即座に「やだ」と切り捨てた。

「お前等の兄弟喧嘩を何で俺が取り持たなきゃなんねーんだよ。自分でやれ」

 素っ気ない赤星の対応に委縮しながら、湊斗は「北斗は部屋に居るのか」と問い掛けた。どうだったかなと思い出してすぐ、赤星はやんわりと首振った。

「今日は帰り遅いんじゃね」

「何処かに出かけてるのか?」

 例のお友達の葬式。

 そう言い捨て、赤星は「はい、会話終了」と告げた後、閉口した。



「黒瀧北斗くん……よね」

 焼香を上げ、足早に立ち去ろうとした北斗を呼び止めた女性に彼はあっと声を上げた。

 文化祭の時に一度会った事があった、畑山の母親だった。目が真っ赤に腫れ上がっている母親に、北斗は慌てて「この度は、本当に」と言葉を濁らせた。

「北斗くんと一緒にバンドを組むんだって、慶の口癖だった。夢ばっか見てないでちゃんと進路考えなさいとか、あの子につい言い過ぎて喧嘩になっちゃって……。

 それで、朝早くに家飛び出しちゃってからそれっきり……まさか喧嘩別れするとは思ってなくて」

 喧嘩の末、朝早くに家を飛び出した。恐らく北斗と公園で会った日の事だろう。

 思い出したようにまた涙を零し、ハンカチを目に押し当てた畑山の母親に北斗は込み上げるものを押さえながら、深々と頭を下げた。

「俺、あの時……あの場所に居たのに、何も出来ませんでした。

 俺がもっと早く着いていたら……俺にもっと力があれば、慶は助かったかもしれない。慶の仇を撃つ事も……出来ませんでした」

 ごめんなさい、ごめんなさいと複数回に分けて謝罪を述べた北斗に、畑山の母は鼻を啜りながら小さく笑った。笑った時に出るえくぼが畑山と瓜二つだった。

「防衛軍の方からお聞きしたの。慶が亡くなる前……歌を歌ってくれたって。

 慶、貴方の歌とギターが大好きだって、家でもしょっちゅう話してたから。きっと、最期は幸せだったと思うの。

 あの子は本当に、北斗くんの事が大好きだったから」

 すいませんと掠れがかった声が漏れた。何度それを呟いて、目をいくら拭ってみたってそれは収まる気配はなく。やがて立っていられずに座り込み、迷子になった子供のように泣き喚いた北斗の背を、畑山の母親は彼が泣き止むまでずっと擦ってくれていた。



 葬式会場を出ると、バケツをひっくり返したような雨が厚い雲から降り注いでいた。寮までそう長い距離でもないし、大丈夫だろうと歩き進めていたが、とうとう足が重くなってしまい、倒れ込むように歓楽街の路地裏に座り込んだ。

 乾き切った目からはもう、涙は一滴も出ない。真っ赤になった目と鼻を擦りながら、北斗は止む気配のない雨空を見上げた。

 これから一体どうしたらいいのか、どうするべきなのか。そんな強大な問題がズシンと体にのしかかり、上手く身動きが取れない。

 このまま雨粒に打たれ、溶けて消えてしまえればいいのに。そう自分らしくもない事を考えた時、隣でガサゴソと物音がした。

 傘が掛けられた段ボールの中には、薄汚れた子猫と子犬が入っていて、目をキラキラと輝かせながら北斗を見上げていた。

「……酷い飼い主も居たもんだな。お前等だって、ちゃんと生きてるってのに」

 白猫とポメラニアン。赤星との会話を思い出し、北斗がゆっくりとポメラニアンの頭を撫でた時だった。

「……黒瀧」

 聞き覚えのない声に肩を揺らしながら顔を上げて見ると、そこには北斗同様ずぶ濡れになった黒宮が立っていた。手にはペットショップの袋が提げられている。初めて声聞いた、と半ば驚きながら北斗は「黒宮くん、何で」と首を捻った。

「今、訓練の時間じゃ……」

「全員身が入ってないから解散。訓練にもならなかった」

 袋から缶詰を取り出し、黒宮は猫と犬に餌を与えた。空腹だったのだろう、ガツガツと夢中でそれを貪る二匹を眺めながら、北斗は段ボールに掛けられた傘を指差した。

「もしかしてこの傘、黒宮くんの?」

「嗚呼。……鳴き声聞こえて、行ったらそいつらずぶ濡れになってたから」

 黙々と餌を食べ続ける二匹を見る黒宮の目は優しい。動物、好きなんだろうか。……いやでも、前に写真見せた時はそうでもなかったよなと考えながら、北斗は周囲を見回した。煙草の吸殻やごみが放棄され、ドブのような匂いが立ち込めている路地裏はいい環境とは言えない。

「この子達、保護出来ないかな……」

「寮じゃ無理だろ」

 そうだよねと肩を落とし、北斗は中身が空になっても器を執拗に舐め続ける犬と猫に目を向けた。かと言って、ずっと此処に置いておく訳にもいかない。北斗の決断は早かった。

「よし、聞いてみよう黒宮くん!」

 誰に。そんな黒宮の素っ頓狂な言葉の後、おかわりを要求するようにポメラニアンがわんっと鳴いた。



「駄目だ。元の場所に返して来い」

 取り付く島もなく、即答。泊めてくれと頼み込んだ時の赤星と重ね合わせながら、北斗は「何で駄目なんですか」と生徒会室で異を唱えた。話したい事があるからと銀塔・金敷を呼び出した先の生徒会室で、濡れ鼠の北斗は段ボール箱を抱えながら負けじと食い付いた。……黒宮は何故か北斗の後ろに縮こまり、隠れている。

「レインボーブリッジの件での謝罪が聞けるとでも思ったら、犬猫飼わせろなんて頭湧いてんのか。分かったら返して来い」

「お願いします、ちゃんと面倒見ますから!」

 駄目だと一刀両断する銀塔と必死に懇願する北斗に、金敷は「親子みたいな会話ね」と微笑ましくそれを見守っていた。

「こんなに可愛いのに……この雨の中、可哀想じゃないですか」

 そう言って北斗はしっぽを左右に振りながら銀塔を見上げるポメラニアンと白猫を見せた。

 銀塔の眉がピクリと動き、ゆっくりとポメラニアンに手を伸ばし掛けた姿に金敷は「リヒちゃん、本音出かかってる」と忠告した。

「……とにかく、駄目なもんは駄目だ」

 パッと手を引っ込め、咳払いをしながら首を振った銀塔に黒宮は「ほら、行くぞ」と北斗に声を掛けた。すっかり肩を落とした北斗が退室する寸前、銀塔は「珍しい組み合わせだな」と声を掛けた。

「交流関係が広いのは美点だが、頼りになる兄貴の腰巾着はどうした? 問題児の黒宮とつるんでるようじゃ、次の【有限戦争】も結果は見え透いてるな」

 北斗は銀塔の煽り文句に答えぬまま、生徒会室の扉を乱暴に閉め切った。


「銀塔先輩の堅物、ケチ! それに何だよ、俺別に兄貴の腰巾着じゃねーし! 俺が黒宮くんとつるもうが【有限戦争】の結果には関係ないし!」

 ねぇ黒宮くん、と同意を求めるように彼の方を向いてすぐ北斗は「具合悪い? 大丈夫」と問い掛けた。

 顔が真っ赤だ。心なしかぼんやりとしている彼に「おーい黒宮くーん」と数回に分けて呼び掛ければ、ようやく正気に戻ったのか「あ、何でもない」と返答があった。

「ならいいけど……。それよりどうする? 元の場所には戻せないし、愛護センターとかは」

「そこは駄目だ。受け取り手が見つからなければ、いずれ殺処分される」

 殺処分。北斗が一番嫌いな言葉だ。こんなに可愛い生き物をどうして平気で殺せるのか、理解に苦しむ。

 それは絶対駄目だねと語気を強め、ならどうしようかと頭を悩ませた時。黒宮はあっと声を上げた。

「お前の母親。……獣医だって言ってたよな」

「え……あ、うん。言ったけど……」

 黒宮がその話を覚えていた事に半ば驚きながらも、北斗は慌ててスマートフォンを取り出し、“母さん”で登録された番号を鳴らした。


「北斗のお友達? うちのお馬鹿ポメちゃんと仲良くしてくれてありがとう」

「母さん! 俺犬じゃないから」

「あーら、そう? キャンキャン騒がしいところとか見た目とかそっくりよね、黒宮くん」

 蛍にそう問い掛けられ、黒宮はジッと北斗を凝視した。数秒経ってすぐ、顔を背けながら「はい」と肯定した黒宮に北斗はすかさず異を唱えた。

「黒宮くん、笑ってるよね!? 肩震えてるじゃん」

 笑ってないと震えながら訴える黒宮に北斗はムッと頬を膨らませた後、診察台に乗せられたポメラニアンと白猫に目を向けた。

「取り敢えずはうちの病院で保護してあげる。里親募集の張り紙もしておくけど、拾って来た責任は取ってもらうわよ」

 もしや多額のワクチン代や医療費を支払えと言われるのでは、と固唾を呑んだ北斗と黒宮に蛍はクスクスと笑いながら犬と猫の背を撫でた。

「定期的にこの子達の顔見に来る事。……約束できる?」

 蛍の提案に北斗は安堵の顔を黒宮に見せた後、勿論と大きく頷いた。問診票に記入をしながら、蛍は北斗の着ている喪服に目を向け「梓馬に借りたの」と問い掛けた。

「あ……うん。うちの制服白だし、【オチコボレ】の制服で行く訳にも行かなくて」

 そっかと相槌を打って会話は途切れた。窓には先程よりも強まった雨粒が叩き付けていた。



「いい里親見つかると良いな」

 未だ振り続ける雨の中、コンビニで買った傘を手に寮までの道のりを歩いていた北斗は黒宮の「そうだな」という相槌を聞き、ずっと思っていた疑問をぶつけた。

「黒宮くんって、動物好きなの?」

「は? ……まぁ、好きだけど」

 目をぱちくりと瞬かせながら答えた黒宮に、北斗は「なんだぁ」と息を吐いた。

「前写真見せた時、すっごい険しい顔してたから。もしかして嫌いなのかなって勘違いしてたよ」

「嗚呼、それは……」

 そう言い掛けたところで黒宮はピタリと立ち止まった。寮はすぐ目前にまで迫っているというのに、動き出そうとしない黒宮へ北斗は「どうしたの?」と問い掛けた。

「……また」

 額を押さえ、目を細めた黒宮の体がぐらりと揺れた。そのまま前に倒れ込みそうになった黒宮に、北斗は慌てて傘を投げ落とし、彼を助け起こした。

「黒宮くん!」

 彼から反応はない。すかさず呼吸や脈を確認し、気を失っている事を確認すると北斗は彼に肩を貸しながら寮までの道のりを歩いた。

 北斗より身長の高い彼を抱えながら寮までの道を戻るのは至難の業で、ようやく彼の部屋に辿り着いた頃、息は絶え絶えになっていた。動物の本や写真が沢山置かれている部屋に笑みを零しながら、北斗はベッドの上で気だるそうに目を開いた黒宮に「あ、大丈夫」と問い掛けた。

「部屋……?」

「急に寮の近くで倒れたから、部屋まで運んだ。勝手に入ってごめんね」

 ゆっくりと細められた目の下の隈は以前よりも濃くなっているように見えた。寝た方がいいと起き上がろうとした彼を止めるも、彼は弱々しく首を振った。

「……寝れない」

 うーんと頭を悩ませた後、北斗は「あ、黒宮くん待ってて」と部屋を飛び出した。赤星の部屋へ向かえば、北斗が持って来た漫画(軽音部をテーマにしたものだ)を読んでいた赤星が「ポチおかえり」と声を掛けた。「ギター取りに来た、また後で」と言い残し部屋を出れば、漫画を捲りながら赤星は「ポチ行ってらっしゃい」とそれを見送った。

 ギターを片手に戻って来た北斗に、黒宮は「黒瀧、俺人が居ると」と呟いたが北斗は「いいからいいから」と彼をベッドに押し戻しながらギターの弦を弾いた。そのメロディーに聞き覚えがあったのだろう。黒宮は「きらきら星」と問い掛けた。

「従兄弟の兄ちゃんが英語バージョン教えてくれたんだよね。日本語と歌詞がまるっきり違うらしくて。うまく歌えるかな」

 声のボリュームを押さえながら、ギターの弦をいつもより弱めに弾く。

「Twinkle twinkle little star, How I wonder what you are」

 ぐっと黒宮の目が細められた。

「Up above the world so high, Like a diamond in the sky」

 ウトウトとくっつき始めた上瞼と下瞼に、黒宮は「なんで、お前」と小さく呟いていた。

「Twinkle, twinkle, little star, How I wonder what you are……ごめん、俺二番の歌詞知らな」

 ギターを弾く手を止め、笑い掛けた北斗は黒宮の顔を覗き込み、やがて微笑を零した。

「良かった、寝てる」

 もう一度同じメロディーに乗せ、今度は日本語版の歌詞を奏でた。英語版の歌詞は次京羽に会えた時に教えてもらおう。そう考えながら、亡き友人が好きだと言ってくれたギターの音色と歌声はしばらくの間鳴り止む事はなかった。

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