第1章 ソウヤ、ジヨウ、クロー、レイファ 「主役はオレだぜ!」 3
ウェンハイたちの飛行ルートから、3つのアローの内、1つを目指していることが推測できる。
ジヨウは大回りして別のアローを目指すルートを選択した。ジヨウらしい理知的な判断からなる堅実で最適なルートだったが、相手は上手ではなく、2、3下手だった。
『ジヨウにぃ。ウェンハイチームに見つかったみたいだよ~』
トリプルアローのアローに取り付く前に、トリプルアロー本体の上部からウェンハイたちが現れたのだった。ジヨウ機の索敵システムがウェンハイたちを捉えたのは、レイファ機よりほんの数瞬早いだけだった。
ウェンハイたちはイノシシのように猪突猛進してからアロー下部を根元まで直進した。トリプルアローの中心となる六角形の本体を潜り抜けてから上部に出た。そして、ジヨウたちの向かっているアローの先端へと直進してきたのだった。
いくら指揮機のもつ高性能索敵システムでも、トリプルアローの陰になっていたウェンハイたちの動きは捉えきれなかった。
『バカな・・・。なんでだ?』
ドキュメントにあるトリプルアローの設計図をジヨウが確認する。
設計図から想定できる敵の待ち伏せポイント近くは、慎重に飛ぶため速度が落ちる。それか、敵を待ち伏せするためトリプルアローに取り付くとジヨウは推測していた。
しかし、ウェンハイたちは全速力でトリプルアローの周りを飛行しただけだった。
弾丸状態で飛行を続けていることから、トリプルアロー周辺の偵察ではない。
ジヨウには彼らの意図する目的が掴めなかった。
それはそうだろう。
理論の人ジヨウには、ウェンハイたちが単に大シラン帝国軍が誇る巨大移動要塞”トリプルアロー”の周囲を飛行したかっただけというの理由には、到底たどり着けない。
『ふむ、語るに落ちたとはこういう事だぞ、ジヨウよ。本当は戦いたかったのだな?』
『そんな訳あるか!』
「ウェンハイはオレの獲物だぜ。ヤツはオレが叩く」
『そんな美味しいこと許せんな。我がやるぞ。諦めるが良い』
『勝手に決めるな!!』
「何だ? ジヨウもウェンハイを倒したいのかよ」
『そうじゃない。トリプルアローを目指すのが優先だ。避けきるんだ』
「ムリだぜ。タイミング的にも、オレの気分的にも」
ソウヤの声に緊張感の欠片もない。あるのは巧妙に隠されている戦闘意欲だけだ。
ジヨウチームとウェンハイチームは、互いに攻撃可能な戦闘領域へと踏み入る。
『いいか、一撃離脱だからな!』
離脱を諦めたジヨウは、有無を言わさぬ強い口調で念を押した後、一呼吸置いて吼える。
『斬り拓け!!』
3人の返事が見事に調和する。
『『「承知」』』
ウェンハイたちは四方に散開し包囲殲滅を画策する。しかし、ワンテンポ動きが遅れた機体があった。
ジヨウはその機体に狙いを定め、ソウヤとクローを突撃させる。
他の3機は、レイファの大型レーザービームライフルで牽制し、距離を保たせる。
レイファの装備はスナイパー仕様なので、アタッカー仕様より攻撃距離が長く精密射撃が可能な装備だ。しかし、俊敏さではアタッカー仕様に敵わない。
そのためレイファ機を護るため、装甲が厚く盾を装備しているジヨウの隊長機が付き添っている。
遭遇戦だったので、ウェンハイたちは戦術も何もなく、ただ戦闘へと突入したようだった。ソウヤたちのように指揮官がいて、自在に幾つものフォーメーションを駆使して戦闘できるチーム相手には無謀といえる。散開したのも、個々に動いた結果のようだった。
なんだかんだ言っても、ジヨウの指揮センスはゲーム参加者の中では一つ頭が抜け出ている。ソウヤとクローに狙われた機体は上下方向から、レーザービームで貫かれ撃破された。
撃破して空いたスペースを、ジヨウチーム4機は通り抜けアローの先端に取りつき迎撃態勢を整える。
戦況が不利になったウェンハイチームは、このまま遭遇戦を続けるほど愚かでなく撤退していった。
『開始15分で撃墜数1か・・・まずまずの戦果だ』
「マジかよ・・・?」
『ソウヤ~。どうしたの~?』
「撃墜ボーナスが・・・、クローに付与されてる・・・」
ゲーム情報用サブディスプレイには、自チームが撃墜した相手の表示されるようになっている。そこにはゾンギーと表示され、そのすぐ下にクロースの名前があった。
『フッハッハハハ。それは貴様の実力が不足している所為だぞ』
「そんな訳あるか! オレは2発ヒットさせたんだぜ。テメーは1発だろうが」
『ソウヤよ、貴様に師範の言葉を伝えてやろうぞ。実戦での負けに言い訳は無用だ!』
そんな2人の会話を聞いて呆れた・・・。いや、いつものことなので、諦めたようにレイファとジヨウが呟く。
『・・・はぁ~』
『・・・バカ2人だな』
ウェンハイチームと邂逅の後、アロー先端の手近な開口部から、ソウヤたちはトリプルアローへと安全に侵入を果たした。
中は真っ暗闇で、ビンシー6の頭部と腹部の指向性ライトで前方を照らす。そして足首付近から、足元全体を無指向性ライトで光を浴びせる。
これらの灯りだけが視覚的な頼りだった。
だがソウヤとジヨウには関係ない。彼らは索敵システムの各種センサー情報から、ほぼ精確に周囲の状況を把握できるからだ。そのため前衛をソウヤ、後衛をジヨウが受け持っている。
『はぁ~・・・大きいね~』
周りを照らしながら感想をもらしたレイファに、ジヨウが説明を始める。
『設計図によると、ここは戦艦を電磁カタパルトで発進させる場所らしいな。このカタパルトは、大シラン帝国軍の全長1.2キロある大型戦艦”ベイジー級”ですらカタパルト発進可能とある。しかもだ。カタパルトは一つのアローに8つあって、3つのアロー全部使えば、30分で駐留している3個艦隊・・・つまり300隻が発艦を完了する。移動要塞が時空境界突破航法で移動すれば、艦隊も一緒に運べる。つまり遠征の進軍速度が数倍にもなるんだ』
時空境界突破航法は、まず移動元と移動先の時空を繋いだ境界を顕現させる。その境界を突破し、移動先の時空で境界を脱出する。
ただし、数十光年を一瞬にして越えられる時空境界突破航法にも欠点がある。それは境界顕現する際、移動先の正確な位置を指定できないことだった。移動先の顕現位置が500万キロメートルぐらいずれるのは良い方で、目標地点から1000万キロメートルずれることもある。
ちなみに、太陽系の太陽の直径は約139万キロメートルぐらいある。
数十光年の移動からすれば、1000万キロメートルのずれは微々たるものなのだが、艦隊運用では無視できない距離になる。時空境界突破航法で境界脱出したあと、1個艦隊の集結に数時間かかるのが普通である。艦隊数が増えれば、当然集結時間が増加することになる。
トリプルアローによる移動は、時空境界突破航法における艦隊運用の弱点を克服できる。
『しかも、トリプルアローには時空境界突破航法用のシステムを3基も積んでいるんだ。帝国軍では、オセロット王国攻略の切り札と考えているらしいな』
時空境界突破航法装置の連続運用は技術的に不可能である。そのため、大抵の宇宙船は距離を稼ぐためと、故障にも備える意図で2基の時空境界突破用システムを搭載している。
しかし帝国軍の宇宙戦艦ですら、時空境界突破航法用をシステム3基積むことはない。巨大移動要塞が突破できるぐらいの時空境界を顕現させるには、時空境界突破航法装置も巨大になる。
隣国にあるオセロット王国攻略にかける大シラン帝国軍の本気度が伝わってくる。
『ふむ、素晴らしい要塞だということは理解したぞ。それにしても詳しいな、ジヨウよ』
「ドキュメントに書いてあるみたいだぜ」
『なんだと! 我を騙していたというのか?』
『嘘は吐いてないだろ』
無駄口を叩きながらも、4機は周囲の警戒を怠らず、ゆっくりとアローの内部を進んでいる。
『いいや、あたかも初めから持っていた知識であるかのように説明したジヨウに非があるぞ。我は、謝罪の気持ちを点心として所望する』
「なるほど・・・オレもクローの気持ちが良くわかる。クローを支持するぜ」
『ウチも支持するよ~』
『お前らは、クローじゃなく点心を支持してるんだろ』
『仕方ないよ、ジヨウにぃ~。多数決なんだから~』
入り口から25キロ付近で、肩と腰にある前方向ジェット推進装置をコントロールして、宙にビンシー6を停止させた。
そこはアローと本体との接続部近くで、巨大な耐圧耐衝撃ゲートが、頑なに行く手を阻んでいる。艦隊旗艦のベイジー級宇宙戦艦でも余裕をもって通れるようにと、ゲートの設計がなされているからである。
『ここは我に任せろ!』
巨大ゲートを前に、興奮気味のクローが口を開いた。
ソウヤは、小気味よく参加を表明する。
「オレもやるぜ!」
レーザービームライフルをビンシー6の大腿部に近づけると、収納されていた可動式ホルスターが現れ、電磁ロックにより固定される。
両腕の前腕部装甲からチェーンソーブレードが出現しチェーンが高速回転を始め、瞬時に刃が霞み一本の両刃剣となる。
ビンシー6の背中のジェット推進が唸りをあげ、ソウヤ機とクロー機がゲートに取り付いた。
『やめろ。時間の無駄だ』
やめろと言われても急には止まらない。そして徐々に、チェーンソーブレードの刃が巌のようなゲートに食い込んでいく。
「なんでだジヨウ? 刃は通用してるぜ」
チェーンソーブレードは、耐圧耐衝撃ゲートとの熾烈な戦いに勝利しつつあるようにみえる。
それでも、チェーンソーブレードには絶対に勝利できない理由があった。
ジヨウが端的に答えを告げる。
『長さが足りない』
ソウヤは間抜けな声をだし、クローは顔全体に疑問詞を浮かべる。
『2人とも間抜けな顔してる~』
レイファもソウヤと同じように、サブディスプレイに全員の姿を表示しているのだろう。
『設計図によると、20メートルの耐圧耐熱耐衝撃ゲートになっている』
ビンシー6に装備されているチェーンソーブレードは、長さが約6メートル。
つまり、絶対にゲートを貫通できない。
『何故、早く知らせなかったのだ。貴様はソウヤの間抜け面を拝みたいがため、我まで巻き添えにしたというのか?』
『止めたのに、やめなかったんだろ』
ジヨウは冷静に回答しつつ、マルチタスクで動いていた。
巨大ゲートの右端の下部に移動し、ビンシー6の右人差し指を壁際の穴へと突き指す。指先から接続部が露出し、トリプルアローの外部接続回線に繋がった。
これで要塞内部のネットワークと直結したことになり、多くの情報にアクセスできる。勿論ゲートを開くことも可能だ。
しかし要塞操作の大部分は、司令室からの命令でないと操作できないようになっている。
情報収集を開始したジヨウは、エキサイトし始めたソウヤたちの論争を聞き流し、操縦席で操作画面の表示をキーボードにしてタイピングする。
このゲートから可能なトリプルアローの操作範囲を探っているのだ。
それから暫くして、前触れもれなくアロー内の四隅のライトが点灯した。
「くっ・・・罠かよ。やられたぜ!」
レイファ機は、壁際に詰めてカタパルト射出口に大型レーザービームライフルを向ける。
ソウヤ機とクロー機は背中合わせになり警戒した。
しかし索敵の要であるジヨウは、キーボードを操作していて警戒を怠っている。
『いや、罠じゃない。どうやら、俺たちより先にトリプルアローを占拠したチームがいるみたいだな』
ジヨウがサブディスプレイから顔を上げずに、キーボードを操作しながら答えた。彼の額には、うっすらと汗が滲んでいる。
『我らは、ウェンハイチームにしてやられたということか・・・』
『う~ん~? ウェンハイたちの攻撃には、そういう意図はなかったと思うよ~』
「その意見には賛成だぜ。ウェンハイが、そこまで考えて動く訳ない。ヤツはバカだぜ」
ソウヤの口調は辛辣だった。そしてクローは冷静にウェンハイ達を侮る。
『うむっ、確かに無理だろう。ウェンハイだけでなく、ズンサン、ゾンギー、エンラでも不可能に決まっているぞ。そう、つまりは偶然の産物・・・。さて、我らはどう動くべきか・・・』
「どうする、ジヨウ?」
『ちょっと待て、短距離高速通信をオープンするんだ』
オープンすると、トリプルアローとビンシー6の戦闘が映し出された。メインディスプレイは8分割になり、様々な方向からの映像で、戦闘の様子が手にとるようにわかる。分割されたディスプレイの表示が切り替わるのは、ジヨウがウェンハイたちを追尾設定したからだろう。
『これは・・・どういうことなのだ?』
驚愕の声をあげたのはクローだった。ソウヤ唸り、レイファは口に手を当てていた。そして、ジヨウだけが冷静だった。
4人が目にしたのは、トリプルアローの圧倒的な対宙砲火だった。
その対宙放火からウェンハイチームが逃げ惑っている。ソウヤたちとの遭遇戦で1機削っているが、もう1機足りない。
敵機の情報表示用サブディスプレイをみると、エンラの上に二重赤線があり、下にコキンマルとあった。
『コキンマルチームとウェンハイたちが戦っている・・・。いや違うな・・・。コキンマルチームが一方的にウェンハイたちを的にしている、との表現が正確だな』
トリプルアローの四方八方から、レーザービームが連射されている。要塞からのレーザービームは、スナイパー仕様大型レーザービームライフルの数倍の威力である。
連射されているレーザービームを避けるだけでも困難であるのに、多弾頭誘爆ミサイルまでもが雨あられのように発射されている。多弾頭誘爆ミサイルは、設定した距離までに敵に当たらないと、10以上の爆弾に分裂する。そして敵機が指定距離まで近づくと爆発するという機雷型ミサイルだ。
ウェンハイチームにとっての救いは、トリプルアローからの攻撃はあるが、宇宙戦艦やビンシーが発艦しないゲーム仕様になっていることだ。
あと少しトリプルアローに取り付くのが遅ければ、自分たちが同じ目に遭っていた。それは背筋がゾッとする、楽しくない想像だ。
「ウェンハイたち、やられそうだぜ。どうするよ? ジヨウ」
『だが、助けてやっても、その後、俺たちも同じことするんだろ』
「オレたちがやる分には、逆に気分がイイんだぜ」
口角をあげたソウヤの顔に、得意気な表情が浮かんでいた。
『ソウヤ~。悪い顔になってるよ~』
『うむっ、ソウヤは悪人だぞ。それで、ジヨウ。作戦はどうするのだ?』
「おいっ、オレは善人だぜ」
ソウヤの全力のツッコミを置き去りにして、ジヨウが作戦を伝える。
『ウェンハイたちに気を取られている隙に、コキンマルチームを殲滅する。その後、占拠したトリプルアローの戦力で、ウェンハイたちとセイデーチームも殲滅するんだ』
『ジヨウにぃまで、悪い顔になってるよ~』
「ふんっ、まったく悪人の鏡だぜ、ジヨウは」
『何を言う、我はジヨウの知恵を尊敬するぞ。さすがだ』
ジヨウの味方のような台詞を吐いたクローだったが、棒読みで感情が入っていなかった。
『ホントは~?』
レイファが、疑い成分100パーセントの声音でクローに訊いた。
それに対して、クローは平然と平板な口調で返答する。
『秘めた想いは、軽軽と他人に話すべきではないのだぞ』
『ふ~ん~』
「ほぉおー」
レイファの甘い声と、ソウヤの耳に心地よい透明な声のハーモニーが、どうすれば悪意の塊のような音を奏でられるのか。相当不可思議な現象だが、実際にレイファとソウヤで実現している。
『クローの秘めた思いは後にしろ。俺にはその想いを受け止める勇気はない。今はコキンマルチームがウェンハイたちとの戦いに気を取られている。チャンスなんだ』
鮮やかなキーボード操作で、ジヨウは短距離高速通信をクローズし、巨大ゲートをオープンした。
画面表示切替えで操作ボタンを表示させるより、キーボードでコマンドを打ち込む方がジヨウにとっては早い。ここ数週間のゲーム参加で、ジヨウはコマンドを暗記していたのだった。
『行くぞ!』
4機のビンシー6が巨大ゲートを抜けると、カタパルト発射口以上に広大な空間が姿を現した。
声をあげて驚きを表すレイファにクロー、唖然とするジヨウとソウヤ。
ソウヤは3人より早く驚愕から復帰し、ジヨウに提案する。
「あーっと・・・。ジヨウ、ゲートは閉めて行こうぜ」
先にトリプルアローを占拠したコキンマルチームとソウヤたちが戦闘状態になった際、もしくは勝利した直後、トリプルアローの防御が手薄になる可能性がある。
その隙に他の敵チームがアローに取りつき、ゲート内部に侵入されるかもしれない。
そこまで考えての発言ではないのだろうが、ソウヤは直感でリスクを回避する。
『・・・そうだな』
ジヨウは巨大ゲートの端にある外部接続回線装置へと、ビンシー6の指を挿入する。
『それでジヨウよ。殲滅作戦だが、どうするのだ? 交渉だったら我が受け持とうぞ』
クローたちを表示させているサブディスプレイに顔を向けず、コマンド表示ディスプレイに視線を固定したまま、ジヨウはキーボードでコマンドを打ち込みながら答える。
『作戦は単純だ。ヤツらが占拠している中央コントロールルームを跡形もなく破壊する。中央コントロールルームが使用できなくなると自動的にサブコントロールルームへと制御が移管される。俺たちは、最初から最後まで徹頭徹尾”戦闘”するんだ。揺さぶりや交渉は必要ないし、その余地は与えない。簡単だろ』
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