大誤算

「おやこんにちは神戸さん」

「あっどうも、こんにちは沢田さん」


休日の昼間庭の木の枝を落としていたら、近所に住む沢田さんに声をかけられた。


「散歩ですか?健康的でいいですね」

「いやあ少しでも運動して老後に備えようと思いまして」


私も沢田さんも同年代だ。老け込むには早いが、先の事を意識せずにはいられないそんな時期にいる。


「立派ですよ、私の親父も最後の方は歩けなくて寝込んでましたから」

「なるべく妻に迷惑かけたくないですから、ただでさえ支えてもらいっぱなしで」

「愛ですねぇ」

「いやはやお恥ずかしい」


沢田さんは照れ臭そうに鼻の頭を掻くと、それではと言ってまた散歩に出掛けていく、ああして人を思いやって始める趣味は中々に有意義に思える。


そう言えば、お向かいの西川さんは趣味にゲームソフトを遊び始めたと話していた。私が子供の頃遊んでいたゲームとは随分と様変わりしていて、手を出しにくいだろうと考えていたが、西川さんは息子さんと組んでeスポーツの大会に参加したと聞いた。


息子さんとの共通の趣味を持ったことで、会話も弾み関係性がぐっと近づいたと喜んでいた。


新しいことに挑戦することに年や時代も関係ないものだと思いしる、沢田さんも西川さんもとても立派に見えた。




「なるほどねぇ、それで何か始めたいの」


私は思いきって妻に相談してみる事にした。私一人で考えるより妻の意見を聞いた方が良いと思ったのだ。


「そうなんだ、何かいい考えはないかい?」

「前向きで素敵だけど、何か関心を寄せるものはないの?」


無趣味な人間が最初に躓くところだ、何かを始めたい気持ちが先行して何に興味があるのかを疎かにしてしまう。


「そこが難しいんだ、切っ掛けや取っ掛かりが欲しくて、何か思いつかないかい?」


我ながら他力本願が過ぎるのは承知だが、私の乏しい発想では中々心惹かれるものが見つからない。


「私も色んな事に手を出してみたけど、結局身に付いたのはお花くらいだったわ」


妻は公民館で開かれたカルチャー教室で華道と出会ってからすっかりと魅入られて、今では人を集めて会を催したり先生を呼び込んだりと精力的に活動をしている。花の奥深さまでは分からないが、妻の飾る花はとても美しくて可憐だ。


「あなたが気に入るか分からないけど、これやってみる?」


そういって妻は持ってきたのはミニチュアアートの製作キットだった。


「これどうしたんだい」

「テレビで見かけてね、可愛いからやってみたくて買ってみたけど、思ったより小さくて嫌になっちゃって仕舞ってたの」


箱を開けて説明書を読んでみると、組み上げたときに小さな家が出来上がるらしい、パーツからは想像がつかないが、私にこんな繊細な事ができるだろうか。


「自信はないけどやってみるよ、何事も始めてみなければ分からないからね」

「よかった、これが上手くいかなくてもまた一緒に考えてあげるから、気楽にやってみてね」


妻に礼を言い、パーツを机の上に広げて組み立てを始める。手を動かしていると、幼少の頃プラモデルを作るのが好きだったことを思い出した。


思春期はやりたいことや目指すものがコロコロと変化する、そんな折りに私のプラモデル好きも過去となり忘れ去られていたようだ、完成に近づくにつれ童心が呼び起こされていく、私は夢中になって手を動かしていた。




「私は今ミニチュアアートの個展が開かれている会場に足を運んでいます」


カメラに向かって女性のキャスターがハキハキと元気よく喋っている。


「こちらの会場に展示されているミニチュアアートとお花は百歳を越える夫婦が共同で製作された物なんです」


カメラは細やかで丁寧なミニチュアアートと大胆なのに主張しすぎることのない花を撮していく。


「それでは素晴らしい作品の作家先生にお話を伺いたいと思います」


カメラをキャスターと老夫婦に向けると、インタビューが始まった。


「ミニチュアアートを始める切っ掛けは何でしたか?」

「私がね、無趣味だったものだから妻に相談したんです、何かいい物は無いかって、そうしたらミニチュアアートの製作キットをくれてそれが切っ掛けでした」

「どうしてこのお歳まで続けられたのですか?」

「妻がね私を有名にしてくれたんです、出来上がったものにあれも欲しいこれも欲しいと自作して付け足していたら、妻がこの作品を発表しようって言ってくれたんです、その時に私は妻の飾る花が好きだったもんだからそれと一緒になら良いって言ったんです、そしたら花とミニチュア完成度が高いってネットで評価されたんです、仕事も来るようになって続けられることができました」

「二人三脚で作り上げられたのですね」

「そうです妻が居なければ今の私はありません、ただ老後のためにと思って始めた趣味がまさか百を越えた今でも続いて、尚且つ作家として認められるとは思っても見ませんでした」

「ここまでの規模になるとは夢にも思わなかったと?」

「勿論、一個人の趣味ですから、しかしこうして沢山の人を楽しませることが出来るようになったのは嬉しい大誤算です」

「素敵なお話を聞かせていただきありがとうございました」

「こちらこそありがとうごさいます」


会場のパンフレットの最後のページにはこんな一文が載っている。


何かを始めるのに遅いも早いもない、一人一人のときめきがいつか思いもよらない大輪の花を咲かせることもあるのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る