♯147 託された命(剣聖の慟哭8)



 魔物商とは堅気の生業に非ず。


 天道に背きて魔物を購おうとする者あらばこれを売り、人形に近しかば、邪淫の意趣にてこれを差し出さん。

 斯様にあらば、どれも表に並べられる品々とは程遠きもの。それ故に、これらを商う者達もまた、無頼の者ばかりにござる。


 初端から押し込むつもりでござれば、かかる者達との問答もまた無用。


 檻舎の場所を知り得たるは、風体よろしからざる者達の溜り場の奥にあり。一気呵成にて事を終えんと拙者は、そこに飛び込んだのでござる。


 元より戻る意思無かば、面体を覆う必要も無し。


「剣聖てめえっ、どういうつもりだっ!」


「っ押し通ぉぉおおおるっ! 命惜しくば引っ込んでござれっ!」


 一歩踏み入らば忽ちの内に、荒くれ者どもにて囲まれてしまうは至極当然。どれも腕っぷし一つにて、荒場修羅場を潜り抜けてきた豪の者達たりなん。

 されどその中に、リンフィレット殿の至高の美技に及び至る者などいる道理もござらん。


 逃げる者まで追うつもりも、その暇もござらん。

 ただ、立ち塞がる者あらば、躊躇う事無くこれを斬るだけにござる。


 過日の失態があればこそ、あくまで気を静に。

 多勢に無勢たりとて何も遮る者こそ無し。

 さながら、無人の野を進むが如くにござる。


 鬼の子といえど眉目秀麗たる二人にござる。

 人の欲目とはげに浅ましきもの。

 後生大事に隠し捕らえたる様子にもござれば、行けども行けども、その姿を見つける事が出来ぬ始末。


 それでも何とか、一番奥に隠されていた檻を見つけたのでござるが……。


「……どういう事にござるか、これは」


「し、知らねぇっ! た、確かにいたんだっ! 確かにさっきまでは、ここにいたんだってば! う、嘘じゃねぇっ! 嘘じゃねぇんだぁっ!」


 叩き伏せた男の案内でそこに来てみれば、檻はすでに開けられ、二人の姿はどこにも見当たらなかったのでござる。


「拙者を謀るつもりであらば、容赦はせぬでござるよ」


「し、しねぇよっ! そんな事ぁしねぇって!」


 喚く男に刃を向ければ、いっそ顔を青くさせてさらに困惑している様子。討ち入ってここまで至るに辺り、一刻の時さえもかけてござらん。


 ……さにあらば、知れずどこかへ連れ去ったというよりは、騒ぎに乗じ、二人が自らの力にて脱出したとみるが妥当にござる。


 さすがは鬼の子。その手際には感心もいたすが、所詮は齢七つと四つ。無我夢中たればかかる備えも乏しかろうに、どこまでも逃げ切れる道理もござらん。


「た、確かにビックリするぐらい綺麗な兄妹だったが、見た目のいい魔物の子供なら、ここの他にも沢山用意があるっ! い、いねぇもんは仕方ねぇが、旦那の好みで他の……っ、あぐぅおっ!?」


「……聞くに耐えん。黙るでござるよ」


 勘違いしてペラペラと捲し立てる男に苛立ちを感じ、胸ぐらを力まかせに掴み上げれば、男も黙るより他無し。


 ……このような輩がいるからっ。


 ふと込み上げる怒りに我を忘れそうになり……、どうにか寸前の所で、それを飲み込んだのでござる。


 ここでこの男一人を殺した所で、何がどうとなる訳でもござらん。二人がこの場よりすでに逃げているのであれば、すでに用も無し。


 このような輩に関わって時間を無駄にするよりも、今はいち早く二人を追わねばならぬでござる。


 逃げてまだ間もないのであれば幼き二人の事、それほど遠くへ逃げおおせられる道理もござらん。

 拙者は男を殴り付けて気を失わせ、即座に檻舎より飛び出したのでござる。


 行く道は東か西か、二つに一つ。

 まっすぐに町から出ようとすれば東へ向かうが筋。されど拙者はそこで西を、……選んだのでござる。


 西へ向かい、大辻を渡った所にかかる橋の上。

 目を背けてはならぬ、この場所へ。


 拙者はそこで立ち止まり、しばしの黙祷を捧げ、しかる後に、手に持つ荷物袋と小太刀を一振り、橋の下へと投げ込んだのでござる。


「……半刻程時を稼ぐでござる。様子を見て、西の閑地より町を出られよ。あそこならば、誰に見られる事もなく外へと出られよう」


 拙者の声に応ずる者は無し。

 されど明らかに動揺した気配を、足下から感じてござった。


「無事外に出られたのならば、日の沈む前に、その先の村にあるカセユキ亭という宿屋を頼るでござる。そこの主人であれば、頼るに足りる御仁でござる故、今後の行く末を得る事も出来よう……。生き延びるのでござる」


 リンフィレット殿達の為に探し求めた伝の中にありて、ふと耳にしたある情報。町よりやや離れた場所にありて、行き場を失い、行き詰まった者達を受けいてれてくれる宿屋……。


 そこまで辿り着く事が出来れば、……もしくは。


「……どうか、生き延びて、……欲しいでござる」


 共に行かんとすれば必ず人目に着くでござる。

 魔物商に雇われたゴロツキは元より、連絡を受けた国の兵士達も、すぐさま追っ手となりえよう。

 ここはどうしても先に二人を、町から逃すより他無いと、そう考えての事でござった。


 敢えて人目を引く為に、東の辻へと向かおうとした時にござった。


「……剣聖。死ぬなよ」


 ただ一言。


 ……ただ一言だけ、橋の下より返答がござった。


 ボソリと囁くように呟かれた一言にござったが、拙者は背中越しに、確かにその言葉を受け取ったのでござる。


「……必ず、生き抜いてござれ」


 そのまま振り向きもせずに場を離れ、東の辻へと向かいたるに、すでにそこには追っ手が控えてござった。

 案じた通り魔物商の雇ったゴロツキに加え、国の兵士も連なっての大所帯にござる。


「いたぞっ! あそこだっ!」


「剣聖だけだっ、ガキ共がいねぇっ!」


 口々に怒号と罵声に喚きを上げ、走り寄るは武装厳めしき者達にて、なればこそ、遠慮のかかる余地も無し。


 拙者も腰の大小を抜いて両手に構えたるは、これを正面から受けて立つのみにござる。


「ゼン・モンドぉぉおおおっ、ここにありぃぃいいっ! 我が刃に一切の憂い無しっ! 死にたき者よりっ、我が前に出てこられよっ!」


 東の大辻にて敢えて大立ち回りを演じるは、西より逃るるを助くが為。

 拙者にとっての、一世一代の大役回りにござった。


「おおおぉぉぉおおおおおおーっ!」


 どれ程の者達と斬り結び、どれ程の者達を斬り捨てたのかは定かではござらん。ただ、無我夢中にて、剣を振るったのでござる。


 迫る刃を払いて、かかる人波を斬り開き。西へは一人たりとて向かわせぬと心に定め、一心不乱に刀を振り続けたのでござる。


 ……。


 ……。


 ようやく追っ手が途絶え、肩で息をしながらも満身創痍の身を安らげたのは、東門より町を出で、夕闇がどっぷりと暮れた頃にござった。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」


 すでに大小は刃こぼれと血脂にてただの鉄の塊と化し、手足と言わず身体全体が、鉛のように重く感じてござった。


 あと一息。


 紙きれ一枚分の幸運にて、拙者は生き延びたのでござる。


 その場において崩れるように倒れこんだ拙者は、もう小指の欠片さえも動かす事が出来ぬほど、酷く疲弊してござった。


 されど胸中を苛むは、西に逃れた二人のお子の事ばかり。


 日を明し、多少なりとて動けるようになるやいなや、拙者も二人を追い、西へと向かったのでござる。


 町を迂回して西に向かい、件の宿屋にはどうにか辿り着けたのでござるが、そこに二人の姿はすでに無かったのでござる。


 聞けば二人は宿の主人に優しく迎え入れられはしたものの、追っ手が来れば迷惑をかけると言い残し、必要なものを用立ててすぐさま旅立ったとの事。


 そこでようやく拙者も、二人がどうにか無事に逃れる事が出来た事に、安堵を感じたのでござる。


 すぐさま二人を追おうとした拙者を、主人が呼び止めたるに、二人から拙者へと残していったものがあるとの事。

 一体何をと訝しむ間に渡されたのが……。


 ……漆塗りの木箱にござった。


 ……。


 ……。


 それから拙者は、二人の後を追い続けたのでござる。


 時に見失い、時にすれ違い。

 かかる追っ手を打ち払いて、二人を狙う者達を陰に日向に退けながら、されど二人の姿は見えず。


 歯痒さに身を捩りながらも拙者は、懸命に二人の行方を探し続けたのでござる。


 そうこうする内に、リンド王国滅亡の話を聞く事もござった。魔物に襲われ、瓦礫の下に滅んだとの事。

 生国の滅亡に際して、かすかに感じる感傷もござったが、そこはすでに捨てた場所にござる。思いを馳せるも、哀しむ資格など拙者には、……無きように思えてござった。


 されどリンド王国が滅亡した事により、吟遊詩人達の関心が、リンド王国が敢えて広めた物語に向いている事を聞き及んだのでござる。


 リンド王国が自国の国威宣揚の為に敢えて流した物語とは即ち、拙者のこれまでの、魔物退治の話にござった。


 ……その中に、リンフィレット殿の話も含まれていたのでござる。


 その話の中に出てくるリンフィレット殿、……鈴森御前の描写は、とても聞くに耐えない程に酷いものでござった。


 曰く、奇怪なる幻術にて男を誑かし食らう、冷酷無慙れいこくむざんなりて醜悪奸邪しゅうあくかんじゃなる鬼女たりて、剣聖の一刀のもとに討たれるも最期は惨めに足掻き死に、剣聖の正気を狂わせたとの事。


 ……事実無根にも程があるのでござる。

 それは一体、どこの誰の話でござるのかと。


 リンド王国の拙者に対する憎悪をこれでもかという程に、リンフィレット殿へと被せてあるかの如くでござった。


 そのまま捨て置く事も出来ず、自らがその剣聖である事を名乗り出て、大枚をはたき、伝わる話の改変を願い出たのでござる。


 そして、これを利用しない手はござらん。


 話の中に鈴森御前の娘の事を入れてもらい、それを大きく広める事により、二人の情報を得やすくしようと考えたのでござる。

 

 されどそのまま二人の特徴を流しては却って二人が危なくなるも道理。そこで一計を案じ、リーンシェイド殿の容姿はそのままにアドルファス殿の事は伏せ、一人で逃げているとしたのでござる。


 容姿として目につくはリーンシェイド殿の方でござるが、話の中では一人とて現実には兄妹二人。

 リンフィレット、リーンシェイドの実名も伏せ、名を鈴森御前、鈴影姫としたもその為。


 当の本人である拙者自らの語りにて伝えられしその話は殊の他、時の吟遊詩人達に受け、思惑以上に急速に広まったのでござる。


 それによってもたらされる情報をつぶさに拾い集め、か細き線を頼りながら、拙者はようやくにして、二人の元に辿り着く事が出来たのでござる。


 リンド王国にて別れて後、8年が経ってござった。


 時間が、……かかり過ぎたのでござる。


 無情にも過ぎた8年の月日は、拭いきれようも無い程に深い、人に対する憎しみを、二人に刻み込んでしまっていたのでござる。


 ようやくにして……、ようやくにして見つけ出した二人にござったが、拙者は、声をかける事が出来なかったのでござる。


 出来るだけ手を回し、二人が隠れ潜む場に人を寄せ付けぬようにするが精一杯にござれば、……これ以上、二人を人の世界にいさせる事にも限界があると、そう感じてござった。


「剣聖殿で……。間違いないですかな?」


 セルアザム殿が、拙者に声をかけてきたのは、そんな風に思案にくれている時にござる。


 一目にて、十分にござった。


 身にまとう歴戦の気迫、一見穏やかに見えるその内にこもる、絶対的な強者の力。


 この者……、人に非ず。


「そう身構えないでいただけますか。貴方を殺すのは一つ、問いに答えていただいてからにしたいのです」


「……足掻くだけ無駄にござるな。拙者に、何をぞ問うつもりにござるか」


 込められた殺気は、今までに感じた事もないようなものにござれば、覚悟も半分、すくむ身体に意思をぞ込めて相対したのでござる。


「聞く所によれば、リンフィレット殿、……あなた方の言う所の鈴森御前でしょうか。かの者を討ったのは剣聖殿、あなたなのだとか。……それは事実なのでしょうか」


 そこでセルアザム殿の口から出た名前は、思いも寄らぬものでござった。


「何故、リンフィレット殿の事を……」


「スンラの手より人の世界へと逃がれたリンフィレット殿を、こうしてお迎えに上がりました。ですが、あなたの手によってすでにこの世には無いと、……そう聞き及びましたもので。リンフィレット殿が人の手に討たれるなど、早々信じられる事ではありません。……それが事実なのかどうか、教えてはいただけませんか」


「……リンフィレット殿を迎えに、でござるか。……一体、何の為に」


 この者もまた、魔王スンラからの追っ手の一人であるのかと身構えた拙者に対し、セルアザム殿からもたらされたのは、驚愕の一言に尽きるものにござった。


「魔王スンラは、すでにいません。スンラ亡き後、新たに魔王になるべきお方に、是非ともお力添えをいただきたく、魔の国へお迎えする為です」


 ……その言葉にて拙者は、二人を託すべく相手をここに、見つけたのでござる。





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