♯75 おーとーせよ(魔王の憂鬱7)



 気配の数は八つ。


 どれも壁や屋根を挟んだ向こう側にいやがる。

 こちらから一息に仕留めにいけないのと同時に、あちら側から直接しかけてくるのも難しい場所取りだ。


 ……一体何を考えてるのか。


 とりあえず相手がどう出てきて、こちらが何をするにしても、レフィアや子供がいるこの状況はあまりよろしくない。


「あれ? 勇者様?」


 レフィアの隣にいる子が呟く。

 その呟きで、レフィアも気付いたようだ。


 ……気付くの遅せぇよ。

 これだけボサボサのむっさいボッサン、一目でそれと気付いてくれ。


「っ!? トルテ? 何でお前がレフィアさんとっ」

「ボッサン! 二人を別の場所へ連れて行け! ここは俺が何とかする」


 むしろ一人の方がやりやすい。

 レフィアには勇者がついていれば、……まぁ大丈夫だろう。多分きっと。


「おまっ、……ってそうか。心配するだけいらん世話だったな。すまん。まかせる」


 何かアレだよな。

 コイツ見てると、何だか出来の悪い兄貴をもった弟の気分になってくる。


 嫌いじゃないんだけどな。


 勇者がレフィア達を追い立てて、場を離れる。

 つらつらとくどい説得をしなくて済んだ。


 何だか一応の信頼はされてるみたいだ。

 勇者が魔王を信頼するとか、それはそれでまた奇妙な話ではあるが、今はありがたい。


 場に残ったのが俺だけになった途端、周りを取り囲む雰囲気が変わる。


「ここで殺気が混じるとか、……どういう意味だよ、そりゃ」


 イラッとして逸る気持ちを、押さえ込む。

 勇者が場を離れた途端に殺気が混じるって事は、つまりはそういう事だろう。

 勇者と事を構えるつもりは無いが、俺一人であれば口封じの為なのか何なのか、ついでに始末する気でいやがる。


 おもしろい。

 とことん舐めてくれるか。この俺を。

 

 勇者とレフィア達が遠ざかるって言うのに、俺を取り囲んでいる気配に動きはみられない。

 元から俺が目的だったのか?


 ……それは無いな。


 気配が現れたタイミング的に考えると、コイツらの狙いが俺や勇者でないことは分かる。


 レフィアか、レフィアの隣にいた子供か、多分そのどちらかがコイツらの狙いだと思う。……素直に考えればレフィアだろう。内殿に忍び込むのはリスクが高いと見て、外殿にでてくるのを待っていたか。


 ターゲットが俺に変わったなら変わったで、むしろそっちの方が助かるんだが、さて。


 身を屈めて、奥へ向かって走り出す。

 こういう不穏な輩は、出来るだけレフィアから遠ざけておくに限る。

 俺にターゲットを移したんなら、しっかりと付いて来てくれないと困る所なんだが……。


 案の定、取り囲んでいた気配が動いた。


 見失われては困るので、速度はあえて押さえ目にして場を移す。この、微妙な加減が難しい。


 適当な場所を選んで立ち止まる。

 けど、相当広いなこの外殿。

 中央神殿とやらのほとんどが外殿なんじゃないか?


 相手の出方を待っていると、取り囲んでいた気配との距離が狭まり、ようやく姿を見せる。


 ……。


 ……。


 いや、無いだろ。それは。


 黒い……。

 どいつもこいつも頭から足の先まで黒ずくめ。


 俺の服も黒一色だから、黒ずくめ達に囲まれる黒ずくめという構図になってしまった。

 何もかもが黒過ぎる。

 差し色ぐらいは入れて来いよな……。


「……酷い絵面だな、これ」


 蝶銀仮面をつけている分だけ、俺の方がマシだと思いたい。

 黒けりゃいいってもんじゃないぞ?


 地味な方の黒ずくめ達が一斉に動いた。

 中々に動きが鋭い。

 それなりに訓練はされているらしい。


 タイミングを揃えて一気に距離を詰めてくる。

 身のこなしも洗練されていて、無駄な動きも見られず、八人が八方向から同時にナイフで突いてきた。


 一息で仕留めようとするのは悪くないけどな。

 それじゃあ……、遅いんだよ。


 正面の相手に向かって、踏み出す。

 もちろん、もう速さを押さえる必要はない。


 ダンッと石畳の地面を踏み込んで、抜剣する勢いそのままに相手の手元を切り払う。

 相手の行動を十分に見てから動いても、俺が切り払う方が早い。


 ガキンッと鈍い金属音を立てて、払われたナイフが石畳の上で跳ねた。


 腕をすっぱりと落とすつもりだったが、寸前の所で避けられた。……そう簡単には行かないらしい。

 続け様に腰をぐるりと回して捻り、ナイフを落とした黒ずくめに回し蹴りを叩き込んで吹き飛ばす。


 背中に威圧を感じて身体を外に捻る。

 本来であれば俺の背中があったであろう空間を、三人が同時にナイフで突き抜いた。

 回転の反動が乗っているので、そのまま三人まとめてぶちかます。


 一瞬俺を見失ったのか、手前の一人が動作に逡巡してたので、膝裏を蹴り抜いて地面に叩きつけておく。

 一人分儲けた気分だ。


「さて。あと三人か。誰に事情を聞けばいいんだ?」


 そこそこ訓練されてはいるがこの程度か。コイツら全部ひっくるめても勇者一人の方が強いぞ、多分。


 なるほど。勇者がいる間は手を出してこないハズだ。


 予備動作を見せずに、三人の内の二人がナイフを投射してきた。

 ……そういうのは上手いのな。


 飛んできたナイフを難なく弾いて、逃亡しようとしているもう一人の側まで、一呼吸で間を詰める。


「お前から聞く事にするわ」


 まったく動きが見えていないのか、あらぬ方向に注意をむけているソイツの左腕をガシッと掴む。

 ……逃がす訳ないだろ?


 慌てて手に持つナイフで斬りかかろうとして来るが、体勢が良くない。間合いが遠すぎる。

 届かないハズの刃が鈍い音を立てて振り抜かれる。


 瞬間、掴んだ腕から抵抗が消えた。


「……なっ!?」


 思わず我が目を疑う。

 コイツ、……左腕を自分で斬り落としやがった!?


 思ってもみなかった大胆な行動に、追走の一歩目を踏み出すのが遅れてしまった。

 虚をつかれ、たたらを踏んでいる間に周りから一斉に気配が消える。


「あっ……。くそっ!」


 戸惑いはほんの一瞬だった。

 けれど、その一瞬の隙に周りにはもう誰もいない。


 ……。


 逃げられた。


 ……判断から行動に至るまでが早すぎる。

 少しは戸惑ったり悩んだりしろよな。


 まるで白昼夢でも見ているかのようだ。

 夢でない証として、手元には切り落とされた左腕が残されている。……蜥蜴じゃないんだから、こんなもん残していくなよ。


 盛大な肩透かしを食らった気がする。

 こういう時は感情のやり場に困る。

 ……くそっ。


 状況から見て、ヤツラの狙いはレフィアだった。

 だが、俺と勇者がその存在に気付いた為に障害の排除を優先したんだろう。勇者に襲いかからなかった分だけ冷静な判断が出来るんだろうが、ならばなぜ俺には襲いかかって来たのか。……事前情報の有無だろうな。

 それでも敵わないと知るや否や、左腕を切り落としてでも逃げに徹する所は実にやりにくい。

 生き物としての人間味が足りてねぇぞ。


 まず間違いなく、一定の規模の組織的な匂いがする。そいつらが何の目的でレフィアを狙ったのか。

 そもそも、本当にレフィアを狙ったのかどうか。


「逃げられたのはマズったな……」


 勇者に何て言おう。


 目の前の現実をどうやって誤魔化そうかと悩んでいると、不意に空気が振動する感覚を覚える。

 何か仕掛けられていたのかと、警戒を強めた。


 ガシャンっと、耳元で何かが繋がる音が聞こえ……。


「あろーあろー。こちらシキちゃん。おーとーせよ」

「ぬぅおっ!? な、何だ!?」

「お? 聞こえとるがね。重畳重畳」

「……シキ?」


 ……。


 ……。


 は?


 突然かけられた声に頭が混乱する。

 周りをぐるりと見渡すが、もちろん誰もいない。


 ……いない、よな?


「そろそろそっちに着いとりやーすと思うての。何ぞ困っとらせんか、一度は様子も聞いとかんとかんでな」

「……追い出しておいてよく言う。どこに行くとも言ってないんだから、聖都にいるとも限らんだろ」


 この場にいないハズ……、うん。いないハズのシキの声だけが、すぐ耳元で聞こえてくる。こちらの声も聞こえてるらしく、普通に会話が成り立っている。


 声の伝遠術? ……にしても、どこから?

 魔王城から聖都まで?

 ……そんな長い距離を保てる術なんてあるのか?


「わんしゃどことも言っとらせんがね。ほうか。聖都にいらしやーすか。ほうかほうか。日数的にもすぐさま真っ直ぐに向かいやーしたんな」

「……どこだ。どこから話してる」

「魔王城だがね。その仮面に伝声の機能も付加されとやーしてな。魔力の補充はマオリ殿自身から充填されとりやーす。調子はええだな」


 ……これかっ!?


 蝶銀仮面に指で触れてみる。

 これだけ距離があって、ここまでクリアに会話が出来るなんて。……またすげぇもん作りやがったな。


 さっきの何かが繋がる音は、これに魔力回路か何かが繋がった音だったのか……。


「さすがにまったく連絡取れんよーになるのも困りやーすでな。何かあったらこれでやり取りすりゃええだて、マオリ殿は安心して嬢ちゃんを側で見守っとりやせな」

「……素直に礼を言いづらい雰囲気だが。すまんな。迷惑をかける」

「はっはっ。おんしゃはまだ若い。自分を抑え過ぎるのも程々にしとかんとかんて。おんしゃにはわんしゃらがおらっせる。もっと安心してまかせやーせ」


 単に叩き出された訳ではなかったのか。

 心配をかけていたようで、正直申し訳なくなる。


「……すまんな。シキ」

「今は公務から外れとる。そこはシキちゃんでマオリ殿」


 ……。


 ……。


 90過ぎじゃなかったか? お前。


「……シキちゃん。さっそくだが一つ聞きたい」

「何だん? 何でも聞いてくれやーせな」

「仕事にミスした時はどうしたらいい?」


 持つべきものは信頼できる仲間だな。

 実にありがたい。


 しばらく考え込んだ後、シキは一言だけ言って通信を切った。


「自分のケツは自分で拭く」


 ……はい。ごめんなさい。 





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